第67話 誓約の抜け道

「う……うう……」

 呻き声を漏らすラトーガCを注意深く見下ろしながら、ゆっくりと近付く。

 たぶん、ギックリ腰の激痛で戦闘には参加できないだろうけど、念には念を入れておこうかしら。


『ま、待って……こんな、やられ方は……』

 確かに、戦闘の決着としてはバカっぽいと私も思うわ。

 哀れみを誘う声色でラトーガCは慈悲を乞うけれど、ここで躊躇するわけにはいかない。

 農作業を手伝っていた経験上、「可哀想だからと瓜坊を見逃したら、立派な猪に成長して畑を荒らされた」なんて事が起こった例もあるように、後腐れがないよう、先を見越してきっちりドドメは刺さなければならないのだ。


 まぁ、こちらを殺しに来てるんだから、自分が殺られる覚悟もできてるよね?

 そんなわけで、暗殺者死すべし!慈悲はない!

 私は横たわるラトーガの腰を目掛けて、思いきり踏みつけを敢行した!

 良い子のみんなは、絶対に真似しちゃダメよっ!


『ツッッッッ!!11!!1!』

 声にならない悲鳴を上げ、ビクン!と釣り上げられた大魚みたいに大きく痙攣した後、ラトーガCはピクリともしなくなった。

 死んではいないけど、気は失ったみたいね……そんな事を考えていたら、不意にラトーガCの体がボロボロと崩れていく。

 ああ、前はウェネニーヴのブレスで吹き飛ばされて、どうなったかわからなかったけど、分身が消える時ってこんな感じなんだ。

 どうやら、ラトーガCは本体じゃなかったようね。

 そうなると、本物はレルール達と戦ってるA・Bか、王様達と戦ってるDってことか……。


「エアル様!お爺様方の助太刀をお願いいたします!」

 不意に、レルールからそんな声がかかった。

 確かに、例え私達が無事でも、王様達が殺されてしまったらこちらの負けだ。

 でも、向こうは二人のラトーガがいるのに、大丈夫なのかしら。


          ◆


『キャオラッ!』

 奇声と同時に、二人のラトーガは左右からの攻撃を放つ!

 その攻撃は新たな力を得たレルールの鎖によって防がれたが、尚も速く激しくなっていった!


 毒を塗った刃物を基本とした、遠中近の多彩な攻めに加え、本人同士による玄妙なコンビネーションは、まるで倍以上の敵と戦ってるのではないかと錯覚させられるほどだ。


 しかし、レルール神器使いも負けてはいない!


 モナイムの持つ天秤の《神器》は、新たに得た能力である、「能力の封印」とは逆の「潜在能力の解放」によって、仲間達の力を格段にアップさせていた。

 彼女自身の攻撃力は、相変わらず低いものだが、味方の強化という恩恵は、それを補ってあまりあるだろう。

 さらに、解毒魔法を使ってサポートに特化する彼女は、ラトーガにとって先に潰しておきたい駒であった。


 防御無効で衝撃を通す、鎚の《神器》はさらに進化を遂げ、今は使い手であるジムリの視界内であれば、打ち込んだ衝撃を何処にでも移動させてから発生させる能力を宿していた。

 その力を駆使して、ラトーガの足止めをしながら、同時に反撃を弾き落としていく。

 強化を使い続けるモナイムを援護しながら、ジムリの攻撃はジワジワとラトーガへダメージを与えていた。


 相手の頭部にクリティカルヒットすれば、いかなタフネスを誇ろうが意識を奪うルマッティーノの鉄球の《神器》。

 それは、さらに一定の確率で『即死』を招くという、凶悪なまでの能力を追加で付与されていた。

 執拗に頭部を狙う彼女の攻撃に、何か直感的な脅威を感じているのか、ラトーガもその一撃だけはかわし続けている。

 そして、それが暗殺者の猛攻を妨げる一因となっていた。


 そんな彼女達をまとめ上げ、時に攻撃の要、時に防御の中心となってレルールは鎖の《神器》を振るう。

 彼女の指揮の元、ひとつの生き物の如く統率と連携を繰り広げる《神器》使い達と、倍以上の人数による攻めを思わせる、ラトーガ達のコンビネーション。


 まったく逆のコンセプトでぶつかり合う二組の攻防は、さらに勢いを増していった!


          ◆


 ……うーん、なんだろう、あれは。

 レルール達もラトーガ達も、バカみたいに凄まじい統率と連携のとれた動きをしていて、付け入る隙などありゃしない。

 っていうか、私なんぞがヘタに参戦しようとしたら、レルール達の邪魔にしかならないんじゃないかしら。

 ここはレルールの要請通り、素直に王様達の援護に回った方が無難そうね。

 そう判断した私の耳に、当の王様達の怒号が飛び込んできた。


「駄目だぁ、もう死ぬ!マジで死ぬっ!」

「せめて、レルールが立派に成人する姿は見たかったぁ!」

 めっちゃ、弱音吐いてる!

 ラトーガDの猛攻を、なんとか凌いでいたお爺ちゃんズだったけど、さすがに限界が近付いているみたいだわ。

 私は意を決して盾を拾いあげると、すかさずラトーガと王様達の間に割り込んでいった!


「ここは私が防ぎますから、お二人は下がってください!」

「お、おう!」

「すまぬ……」

 息を切らせて、王様達は後ろに下がる。

 そうして二人との間に立ちふさがった私に、ラトーガDの攻撃が集中し始めた!


『分身を奇策を弄して仕留めたようけど、そんな手が何度も通じると思ってる?』

 思ってないわよ、そんなこと!

 ラトーガCを倒せただけでもラッキーだったのは、自分がよくわかってる。

 だから、今は無理に攻めるような真似はせずに、王様達や自分の身を守る事に集中するのだ!

 まぁ、防御に徹していれば、いずれレルール達が助けに来てくれるでしょう。

 ……なんて事を、考えてはいたんだけど。


「ひいぃぃぃぃっ!」

 泣きの入った悲鳴を上げながら、私は盾を振り回してラトーガの猛攻を辛うじて受けていた!

 彼女の攻撃の嵐は、息つく暇もないほどの激しさで、私をメインの標的にしながらも、時々、後方の王様達を狙ってくる!

 それらのフェイントを含めた鋭い攻撃は、とても私程度じゃ全部捌けはしない。

 ああっ!マジでヤバいわ、死ぬわ!


 それにしたって、毒瓶、毒霧、毒塗り短剣、刺突針剣、投げナイフ、ふくみ針、鋼糸などなど……まるで暗殺用アイテムの、バーゲンセールじゃないのっ!

 私ひとりを相手に、どれだけ殺意に溢れているのよ!

 すでに、体のあちらこちらは傷だらけで、【状態異常無効】の《加護》がなかったら、百回は死んでいたと思う。

 とはいえ、出血なんかで体力が限界を迎えたら、結果は同じことか……。


「な、なんか手伝える事はあるかっ?」

「か、回復魔法だけかけてもらえると、助かりますっ!」

「よしきた!」

 観戦モードに入っていた王様達から声に答えると、即座に回復魔法が飛んでくる。

 ありがたい……けれど、このままじゃ反撃の手だては無いし、レルール達が向こうのラトーガ達を倒す前に、こっちがやられてしまいそう。


 なにか……逆転の手はないかしら!

 走馬灯にも似た思考が高速回転する私の視界の端に、たぶん今の私と同じように必死の形相をしたウェネニーヴが、チラリと見えた。

 せめて、彼女が自由だったら……はっ!

 その時、再び私の脳裏に電流が走った!


「エイジェステリアっ!」

「はえっ!?」

 制約により、私とラトーガの戦いに手出しができず、傍観していた天使が、急に名前を呼ばれてすっとんきょうな声を出した。


「ど、どうしたのエアルちゃん!?」

「お願い、ウェネニーヴの影に刺さっている短剣を抜いて!」

「ええっ!そ、それは出来ないわよっ!?」

 そう、確かに天使は人間と魔族の戦い・・・・・・・・に介入できないとは言っていた。

 だけど……。


「大丈夫っ!だってウェネニーヴはなんだから!竜を解放するだけ・・・・・・・・なら制約に違反しないわっ!」


『はあぁっ!?!?』


 私の強引な解釈に、思わず部屋にいた全員が動きを止めた!


「直接、エイジェステリア達がラトーガとかを攻撃したら、そりゃ違反になるんでしょ。でも、捕まっている竜を解放するだけなら、何も問題はないじゃない!」

 我ながら、とんでもない詭弁だとは思う。

 だけど、エイジェステリアはニヤリと笑い、「なるほどね……」と小さく呟いた。


『チッ!』

 ラトーガDが、一瞬でも早く私を殺そうと迫る!

 しかし、それよりもエイジェステリアがウェネニーヴの動きを止めていた短剣を蹴りあげて、床から抜き放つ方がわずかに早かった!

 次の瞬間、ウェネニーヴの立っていた床が、勢いよく爆ぜる!


 爆発的な跳躍をした竜の美少女は、可愛らしい顔に凶暴な笑みを張り付けながら、自分の動きを封じた相手に狙いを付けた!

 炎を思わせる闘気を纏った小さな拳を握り締め、砲弾のような勢いでラトーガに向けて突っ込んでいく!


「ゴオォォォッ!!」

『っ!!!!』

 咆哮をあげながら飛来したウェネニーヴの拳をまともに食らい、悲鳴をあげる事すらできずに、暗殺者は床や壁に何度も激突しながらバウンドし続ける!

 最期に、私達の目の前に転がり落ちてきたラトーガDは、すでにラトーガだった物へと変わり果て、そのままボロボロと崩れていった。

 エ、エグいわぁ……。


「ふうぅぅぅ……」

 一撃でラトーガを倒したウェネニーヴは、大きな深呼吸を繰り返す。

 そうして、わずかに残ったラトーガDの残骸に向けて、一言だけ声をかけた。


「あなたの敗因……それはワタクシを先に殺しておかなかった事ですよ」

 ウェネニーヴの言葉に賛同するように……ラトーガDの最期の残骸は、パキン!と軽い音を立てて弾けた後、空気に溶けるようにして消滅していった。

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