第52話 勇者の《神器》の力

 まるで戦場のような慌ただしさで、みるみる料理が無くなっていく。

 うん、こうも我先にと貪られると、作り甲斐があるわ。

 でも、できればもうちょっと味わって欲しいけど。


「そういやちょっと気になったんだけど、アニキは食べた物どうなってるんだ?」

 ガツガツと料理を口に運ぶ骸骨マシアラに、コーヘイさんが不思議そうに尋ねた。

 確かに、パッと見スケルトンのくせに食べた物がすり抜ける様子はない。

 配膳に忙しくて気にしてなかったけど、どうなってるのかしら?


「小生ほどのアンデッドとなると、食べた物は即座にからだに吸収され魔力に変換されるのでござる」

「へぇ、じゃあ口以外からでも食べ物を摂取できるのか?」

「いやいや、生前の業ともいうものでありましょうか……しっかりと咀嚼し『食ってるぜ!』と認識しないと変換できませんぞ」

 ふうん……でも、すぐに魔力になるなら食べ過ぎでお腹を壊したり、太ったりしなさそうで便利といえば便利かも。

 まぁ、スケルトンになりたい訳じゃないから、羨ましくはないけどね。


「ところでコーヘイ。お前さん、《神器》を呼び寄せてみたのか?」

「呼ぶ……?」

 モジャさんの問いかけに、コーヘイさんはキョトンとする。

 あ、もしかして《神器》が使い手の元に戻ってくる機能がある事を知らないのかしら?


「前にジャズゴとの戦いの後、俺が槍を現場に忘れた時に、その機能に気付いたんだ」

 忘れたっていうより、捨ててきたんだけどね。

 あの時は、槍の《神器》がすごく怒ってるような気がするくらい、勢いよく手元に戻って来てたっけ。


「ちなみに、私が盾を投げつけたりするのも、その機能があるからなんですよ」

「ほほぅ。それであんな、アメリカンなキャプテンっぽいアクションができた訳か……」

 誰の事を思い出してるのかは知らないけど、コーヘイさんはちょっと羨ましそうに私の盾を見ていた。


「しかし、あの天秤の《神器》使いによって、コーヘイの鎧は機能停止している可能性もありますぞ?」

「いえ、モナイムは小一時間ほどしか《神器》の能力を封じておけないと言っていました。まさか四六時中、力を封じている訳ではないでしょう」

 マシアラとウェネニーヴの話を聞いていたコーヘイさんは、「ヨシ!」と膝を叩いた!


「試しに、鎧を呼んでみよう」

 鎧が来るにしろ来ないにしろ、《神器》が有るか無いかでは今後に大きく影響するし、ダメ元でもやってみる価値はある。

 そう言って、コーヘイさんは立ち上がると、スゥ……と大きく息を吸った。


「来いぃぃ!ガァン〇ァァムッ!!!!」


 叫びと共に、空に向かって「パキィン!」と大きく指を鳴らす!

 いや、何その仕草?

 それと、ガンダ……なに?

 首を傾げる私達に、自分のいた世界でのおまじないだと、コーヘイさんは説明してきた。

 ふぅん、異世界には面白いおまじないがあるのね。


 さて、これで《神器》が彼の手元に戻ってくれば儲け物だけど、果たして……。

 なんにしても、しばらく時間がかかるかもね。

 ひとまずお茶でも入れようかと思っていたら、何かが空を切り裂いてこちらに向かって来るような音が耳に届いた。

 え!?ひょっとして、もう来たの?早っ!


 私以外にも、何かが飛来する音に気付いた皆は、そちらの方向に目を向ける。

「来ました!」

 私達の中で、いちばん目のいいウェネニーヴがそれ・・を発見した。


「間違いありません。バラバラになった鎧が、こちらに飛んできています」

 おおっ!それじゃあ、鎧の《神器》は封印されてなかったのね。


「皆、少し離れてくれ!」

 コーヘイさんの声に、私達は慌てて彼から距離をとる。

 確かに、高速で飛んできた鎧にぶつかったりしたら、シャレにならないわ。


「あ……」

 そうして離れたで距離をとった瞬間、もう私の目にも見えるくらいの距離に来ていた鎧が、まるで流星のようにコーヘイさんに降り注いだ!

 爆発でもしたみたいな、音と衝撃が周囲に響く!

 だ、大丈夫なのっ!?


 思ったよりもヤバそうな雰囲気に、私達がアワアワしていると、ゆっくりと土煙が晴れてきた。

 そして、そこから姿を現したのは……。

「ふぅ……」

 なぜか拳を突き出すようなポージングを決めたコーヘイさんが、小さく息を漏らした。


「おお!」

「無事でありましたか!」

 モジャさんとマシアラが、コーヘイさんの所へ駆け寄る。

「いやー、ちょっと心配だったけど、ちゃんと装着できました!」

 少し前まで、太っていて鎧が着れなかった事をやっぱり気にしていたのか、コーヘイさんは苦笑いしながら無事を伝える。

 まぁ、あれは結構みっともなかったもんね……。

 なんにしても、彼の装備を整えられたのは大きなプラスだわ。

 褌一丁より遥かに見映えも良くなったし、これならレルール達も見直すかもしれない。

 そんな事を思っていた時の事だった。


 ピィ~、ピィ~……と、遠くから笛の鳴る音が聞こえる。

 さらに、その音に呼応するかのように、四方八方から同じような笛の音が鳴り響いた。

 これは……なにか、村で山狩りとかやっていた時の様子に、似てる気がする。

 なんだか、悪い予感を覚えて警戒していると、遠くの山に光の柱が立ち上った!

 さらに時計回りで次々とそれは増えて行き、私達を中心にして、まるで檻のように取り囲んでいく!

 やがて光の柱の出現が収まると、今度はその柱から薄い膜のような物が広がって、上空を覆い尽くした。


「これは……かなり強力、かつ広範囲な結界魔法ですぞ!」

 マシアラの言う通り、取り囲まれたこの状況からは、簡単に抜け出せそうもないわね。

 そして、こんな真似をする連中といえば、答えはひとつしかない!


「レルール達が……来る!」

 どうやら、彼女達はこの辺りに網を張っていたみたいね。

 それで、さっきコーヘイさんの鎧が飛来するのを発見して、この結界で逃げられないように閉じ込めたのだろう。

 たぶん、ここに現れるのも時間の問題だわ。


「コーヘイ、あなたの鎧にどんな能力があるのか、ワタクシ達に教えなさい」

 不意にウェネニーヴが、コーヘイさんに詰め寄った。

「あなたの《神器》能力が使えるかどうかによって、敵との戦いが有利になるかもしれません」

 うん、それもそうね。

 よく気がついたわ、ウェネニーヴ。えらい!


「……俺の鎧には、二つの能力がある」

 私がウェネニーヴの頭を撫でていると、意を決したようにコーヘイさんが呟いた。

 ほほう、守護天使の試練を乗り越えたモジャさんの《神器》も「擬態」と「伸縮」の能力がを宿してる。

 けど、最初から二つも能力があるなんて、さすがは勇者の《神器》ね。


「ふむ、それでどんな能力だ?」

「ウス!ひとつは、一瞬で鎧を脱ぐ事ができる能力です!」

 モジャさんの問いに、コーヘイさんは意気揚々と答える。

 でも、何その能力……。

 詳しく聞くと、ちょっとした爆発レベルの勢いで、鎧を脱着する事ができるそうだ。

 だけど、それって最終手段の自爆攻撃っぽくない?

ううん……微妙に使えなさそう。


「いや、慣れれば鎧の一部だけでも外せるんだぜ!?」

 私達の醸す空気に、コーヘイさんは一生懸命プレゼンするけど、それでも微妙な能力過ぎるわ……。


「それで、もうひとつの能力は何でござるか?」

 気を取り直して、マシアラがコーヘイさんに聞いた。

「はい、BGMです!」

 ……なんて?

 その言葉の意味がわからずキョトンとする私達に、彼は得意気に能力を説明する。


「ここ一番の決め時とか、気分が最高に盛り上がった時、その場の雰囲気に合う音楽が、どこからともなく流れてくるっていう能力さ!」

 なによ、その役に立たない能力は!?

 はっきり言って、意味がわからない。

 なのに、なんで彼はこんなに得意気に説明してるの!?


「……なかなかいい能力じゃないか」

「ですな。羨ましいですぞ」

 マジですか、あんたら?

 理解できない反応を見せるモジャさん達を、思わず凝視してしまう!

「いや、そんな決め時に盛り上がる音楽が聞こえてきたら、気分は最高になるだろ!?」

「左様。最高のパフォーマンスが発揮できそうですぞ!」

 う、うーん……理屈はわかったけど。

 やっぱり、役に立つとは思えないだよなぁ。

 これも、男女間の文化の違いなのかしら。


「……お姉さま、注意してください!」

 盛り上がる男性陣の姿に首を傾げていると、ウェネニーヴが警告の声を発した。

 その言葉に答えるように、森の奥から数人の人影が姿を現す。


「おひさしぶりです、エアル様。ご機嫌はいかがでしたか?」

 聖女と呼ばれるに相応しい、にこやかな笑みを浮かべてレルールは私に一礼する。

「勇者様もお元気そうで。……覚悟は決まりましたか?」

 そして私に向ける友好的な笑みのまま、コーヘイさんを断罪するような言葉を投げ掛けた。

 こ、怖い……。


「どうやら、別れ際のお言葉通り、勇者様を鍛え直したようですわね。有言実行を果たすエアル様のお力、さすがですわ」

 弛みきっていたコーヘイさんがちゃんと鎧を着ている事に、彼女は感心しているみたいだ。

 まぁ、鍛え直したのは、主にモジャさん達なんだけどね。


「そんな貴女様の努力を無駄にしてしまう事、本当に心が痛みますわ……」

 申し訳なさそうに言うレルールだけど、その言葉には確固たる決意が感じられる。

 やっぱり、話し合うって訳にはいかないのね。


「これ以上の言葉は、無用でございますね。さぁ、始めましょう」

 彼女の後ろに控えていた《神器》使い達と、囚われの魔族ライアランが前に出てくる。

 私達もそれらを迎え撃つべく、構えをとった。


「エアル様。必ず、貴女を私の物にさせていただきます」

 何か怖い彼女の言葉を合図にして、同じ《神器》使い達の戦いの口火は切られるのだった!

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