第40話 死者風の軍勢の最後
「あば……あばばば……※♪√>◆??:―〇~……」
ウェネニーヴが純粋な女の子じゃないと知ったマシアラは、口から泡を吹き出して言語すら怪しくなる程のショックを受けていた。
もしかして、竜が両性だという事を知らなかったのかしら……?
まぁ、私もウェネニーヴに会うまでは知らなかったけど。
でも、その精神的ショックのせいか、奴の配下のアンデッド風ゴーレム達は、主の放心っぷりに連動するように動きを止めていた。
あ、これってすっごいチャンスじゃない!?
私とモジャさんは、急いでウェネニーヴの元に向かい、棒立ちになる敵を押し退けて彼女の救出に成功した。
「お、お姉ざまぁぁっ!」
ボロボロと涙を溢しながら、私の胸に顔を埋めるウェネニーヴ。
よしよし、怖かったわね。
命のやり取りをする戦場であっても、ここまで取り乱した事の無い彼女がこれほど動揺しているのだ。
あの
可哀想にと頭を撫でてやっていると、不意に後方からエルフ達の歓声が聞こえてきた。
「なんだ!? なんだか知らんが、急に攻撃が効くようになったぞ!?」
「マジか!マジだ!」
「理由はよくわからんが、とにかくスゴい好機だ!」
まるで粘土細工みたいに、エルフ達の弓や魔法でアンデッド風ゴーレムが破壊されていく。
今まで追い詰められていた憂さ晴らしをするようなエルフ達の容赦ない反撃は、マシアラの人形達の数をあっという間に減らしていった。
「俺は今のうちに、マシアラを倒してくる」
……そうね。
あいつが復活したら、また数で押されちゃうもんね。
私も行こうとしたけれど、モジャさんに止められた。
「お前さんは、ウェネニーヴを見ててやってくれ。マシアラがあの状態なら、俺一人で充分だ」
確かに、マシアラは顔面のあらゆる穴から汁を流して(どこから出てるのかしら……)放心しているし、いまだウェネニーヴは私の胸の中で震えている。
下手に置いていくと、暴れるかガン泣きしそうだし、放っておくわけにもいかないか。
「うん。それじゃ、モジャさんお願いね」
「おう!任せとけ!」
そう言うが早いか、彼は標的に駆け寄ると、蛸が絡み付くような立ち間接技を極めた!
あれもたぶん、『プロレ・スリング』の技なんだろうな。
◆◆◆
「オラァ!」
ギリギリとマシアラの体を、締め上げるモジャ。
蛸が絡み付くような姿から命名されたこの技、『クラーケンホールド』も、先程のバラバラに分離する術を出されては意味を成さない所だが、今の所その気配は無いようだ。
逃げられたら逃げられたで、次の手を準備しているモジャからすれば少し拍子抜けではあったが、またアンデッド風ゴーレム軍団に復活されてはたまらないので、これで一気に決めるつもりで再び力を込めた!
「そろそろギブアップするか?」
もはや、マシアラの体からメキメキと悲鳴をあげていない箇所はない。
後は、その口から敗北を認める言葉を聞き出すだけだ。
(もしくは……死人は死人らしく、大地に還ってもらうか、だな!)
このまま砕け散るにまかせるなら、それでもいい。
そう思っていたところ、ポツリとマシアラが何かを呟いた。
「……か」
「ああ?なんだって?」
「……なのか」
「あんだって?聞こえねぇだぁよぉ?」
ボソボソと呟くマシアラの声が聞き取りづらく、何度かモジャが問い返すと、ようやくアンデッドの問い掛けが聞き取る事ができた。
「ウェネニーヴたんは、男の娘だったんでござるか?」
「は?」
『男の娘』という聞きなれない単語にモジャは眉をしかめるが、とりあえず彼の知るウェネニーヴはそういった物ではなかったハズだ。
「よく知らんけど、あれは両性……男でも女でもあるってやつだな」
冥土の土産……といった訳ではないが、モジャは勝ちを確信した余裕からか、ウェネニーヴの性について答えた。
が、その答えを聞いた瞬間!
「!!」
マシアラの体から、間欠泉のようなすさまじい勢いで闇のオーラが噴き出した!
◆◆◆
突然、爆発音みたいな音と同時に、モジャさんとマシアラがいた辺りが黒いオーラに覆われた!
え、なに!?何が起こったの!?
なんて驚いていたら、
「ウェェェネニィィヴゥたぁぁぁんん!!!!」
地獄の底から響くような呼び声に、私の腕の中で少女がビクリと大きく震える。
げぇっ!マシアラが復活した!?
「……ぁぁぁああっ!」
「うわっ!」
さらに、何かが足元に飛んで来たかと思えば、さっきまでマシアラに技を極めていたモジャさんじゃない!
いったい、何があったっていうのよ!?
「わ、わからねぇ……『男の娘』だとかなんとか言っていたが、違うとわかったら突然……」
なにそれ?
よくわかんないけど、ウェネニーヴが純粋な女の子じゃなかった事にショックを受けてたのよね!?
彼女が両性な事に変わりはないんだから、復活してまた執着する要素はないんじゃないの!?
「仮に……」
荒れ狂う闇のオーラの中、マシアラが口を開く。
ははぁん、また自分で解説する気ね、こいつ。
「ウェネニーヴたんが女装しただけの『男の娘』であったなら、小生はあのまま朽ち果てていたでござろう……」
別に朽ち果ててもいいのに……。
私以外にも、この場の全員がそう思っていると、表情で知れた。
しかし、自分の世界に入っているマシアラは、そんな空気に気付くことはなく、言葉を続ける。
「しかし、両性……いわゆる『フタナリ』であるなら、セーフでござるっ!」
うん、力説されても意味がわからないっ!
「男がベースか、女がベースかで有りか無しかの判断が別れるって事か」
困惑する私に、モジャさんが解説してくれた。
なんで説明できるのかしらと思ったけど、そういえばこの人も
まぁ、なんかよく知らないけど、奴には奴なりの基準がある事だけはわかったわ。
「グフフ、ウェネニーヴたん……君の生えている
なんだかより一層、気持ち悪さに拍車がかかったマシアラが、ジワリジワリと近づいてくる。
何より、闇のオーラが復活したことで、再びアンデッド風ゴーレム達が生み出されようとしてるのがヤバすぎるわ。
「手の空いてる奴は、マシアラを狙え!」
後方からセイライの声が響き、彼の《神器》から放たれた矢とエルフ達の攻撃が、殺到する!
「フハハ、無駄ですぞ!」
しかし、マシアラはまたも自らの体をバラバラにして、それらをかわしていった。
いや、いくつかの矢は当たっている。でも、大したダメージを与えられてはいないみたいだわ。
「フフフ、こそばゆい攻撃ですな」
矢を引き抜き、マシアラはこれ見よがしに、ポリポリと傷口を掻いて余裕をみせる。
くっ!やっぱり、アンデッドには痛覚がないから、突き刺すような攻撃では、怯ませる事すら……ん!?
その時、私の脳裏に一つの可能性が浮かんだ。
「マシアラ……あなた、さっきウェネニーヴの胸を触った時に感想を言ってたわよね?」
「ん?」
唐突な私の質問に、マシアラはいきなりなんだ?といった顔をしたものの、すぐににやけてその感触を思い出すように宙に指を這わせる。
「グフフ……ええ、極上の感触でしたぞ」
ワキワキと蠢く骨だけの指に、ウェネニーヴは嫌悪感を丸出しにして、自分の胸を覆い隠した。
嫌な事を思い出させて、ごめんね。
でも、これでハッキリしたわ。
奴には、かなり弱いけど痛覚もあるし、触覚もある。
つまり、感覚が残ってるって事!
「ねぇ、ウェネニーヴ。今、あの毒を作れるかしら?」
「あの……毒?」
「あれよ、このまえ私に使った……淫毒だっけ?」
「ああ!『ガッチガチにお堅い聖職者も十八禁小説みたいに『らめぇ♥』って発情しちゃう淫毒』ですか」
「あー、うん。それ……」
あいかわらず、なんて酷いネーミングなのかしら……。
「出来なくはありませんが……」
こんな場所で私がそんな物を要求したことに、ウェネニーヴは困惑しているようだった。
「あの、お姉さま……ワタクシを慰めてくださるなら、こんな場所ではなく、夜のベッドで……」
「違う、違う!私達が使うんじゃなくて、
その言葉を聞いて、彼女はさらに混乱したような表情を浮かべる。
「お、お姉さま!まさか、あの骨野郎に性的興奮を……」
「そんな訳ないでしょ!」
私まで、変態の仲間入りをさせないでほしい!
って言うか、こんな時にそんな理由で使う訳がないでしょ!
「あのね……」
ウェネニーヴに私の考えを耳打ちして教えると、ようやく彼女は納得してくれた。
「なるほど……試してみる価値はありますね」
「でしょ?それじゃあ、さっそくお願い!」
「はいっ!」
元気よく答えると、ウェネニーヴはマシアラの名を呼んで、こちらに注意を向けさせた。
「わざわざウェネニーヴたんの方からご指名いただけるとは、光栄の極みですなぁ」
「好きで呼んだ訳ではありません!これでも食らいなさい!」
喜び勇んで、小走りにやって来るマシアラの顔面に、ウェネニーヴは口で精製した毒を吹き掛ける!
彼女から放たれた毒液は、見事にマシアラの顔面にヒットした!
「オホホホ、ウェネニーヴたんにぶっかけてもらえるなんて、たまりませんなぁ!」
甘露、甘露と顔面にかかった毒を、マシアラは舐め取っていく。
うっわ……キモいなぁ。
やがて全てを拭いさったマシアラは、口元を押さえながら笑い声を噛み殺していた。
「どうやら、何かの毒物のようでござるが、小生はアンデッド。どれ程の劇毒でも、殺す事などできませんぞ」
無駄な事を……とマシアラは笑う。しかし、そんな事は百も承知。
「さぁて、もう打つ手がないなら……」
私達に近付こうと、一歩踏み出した所で、マシアラの動きが止まる。
「なっ……おぁ……これ、は……」
ガクガクと痙攣し始め、そのまま地面に膝をつくと、悶えるように苦しげな声を漏らし出した。
よし、どうやら効いたみたいね!
「おい、あいつ一体どうしたんだ?」
モジャさんと駆け寄ってきたセイライが、マシアラの異常を指して聞いてきた。
「ああ、ちょっとウェネニーヴの毒で、マシアラの感度を三千倍にしてやったのよ」
「か、感度三千倍!?」
そう、ウェネニーヴの淫毒『ガッチガチにお堅い聖職者も十八禁小説みたいに『らめぇ♥』って発情しちゃう淫毒』には、そういった効果があると彼女は言っていた。
毒そのものを《加護》によって無効化できる私には効かなかったけど、ウェネニーヴの胸を揉んで快感を得たりしていた、わずかながら感覚の残るマシアラには、バッチリ効いたようだ。
今のあいつは、風が吹くだけで絶頂するほど感度が上がっているはず。
そんな状態で攻撃を受けようものなら、アンデッドといえどタダではすまないでしょ。
「マジか……」
試しに、セイライがマシアラを射ってみる。
「あはぁん♥」
射抜かれたアンデッドは、苦しげであるけど悦びのこもった悲鳴をあげた!
「ま、まぁ……効いてはいるようだな。ちょっと気持ち悪いけど」
少し嫌そうな顔をしながらも、セイライは手応えを感じているみたい。
「ま、待ってくだされぇ♥い、今、攻撃なんてされたら、小生は……小生はぁ♥」
快楽と苦痛に身悶えし、ハァハァと息も荒くマシアラは懇願してくるけど、毒が効いてる間にケリをつけなきゃね。
手加減無用、慈悲はない!
「ら、らめぇ♥」
弱々しく抵抗を試みるアンデッドに対して、私達は一斉に襲いかかった!
「あっ♥ダメっ♥こ、こんなのしゅごいぃ♥しゅごすぎりゅうぅぅ♥」
袋叩きにされているマシアラの口からは、苦痛というより快楽に溺れてるような声ばかりがとびだしてくる。
ドンドン声量を増して、悶える様は、マシアラ自身が絶頂したいがために、わざと攻撃されてるんじゃないかと疑ってしまうほどだ。
「あっ♥もうらめぇ♥逝くっ、小生逝っちゃう♥」
限界が近いのか、何かに耐えるように丸くなっていたマシアラだったけど、ウェネニーヴの蹴りがたまたま奴の股間にヒットした瞬間!
「逝っくうぅぅぅぅっ!!♥!!!!♥!!♥♥」
一際大きな絶叫を響かせ、緩みきった恍惚の笑みを浮かべたまま、マシアラはバタリと倒れ伏した!
「あ……あへぇ……♥」
絶頂の余韻に浸っているようにも見えたけど、やがて限界を迎えたその体が、サラサラと灰になって砕け始める。
それは配下のアンデッド風ゴーレム達にも伝播していき、わずかに残っていた物や、復活しかけていた物も、すべてが崩れさっていった。
無敵とも思われた魔界十将軍の一人、『壊護』のマシアラの襲撃は、こうして幕を閉じたのだった……。
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