第41話 それは紛れもなく奴さ
マシアラとその配下が、完全に灰となって消滅し、辺りに平穏が戻ると、今度はエルフ達の勝鬨の声が響き渡る。
その歓声に混じって、聞き覚えのある声の主が、私達を呼びながらこちらに駆けてきた。
「兄ちゃ~、皆さ~ん!ご無事ですたがぁ~!」
私達の元にたどり着いた、セイライの妹プルファが、勢いのまま抱きついてくる。
「ちょ、ちょっとプルファ!?」
「こら、お姉さまから離れなさい!」
感極まっているのか、プルファは聞く耳を持たず、ウェネニーヴ供も一緒に抱き締めてきた。
ど、どうしたっていうのよ!?
「多分、戦いが終わってテンションが上がってるんだろう。しばらくしたら、元に戻ると思うぞ」
テンション上がってるって……別に戦闘するのがはじめてって訳じゃないでしょうし、前に魔界十将軍のルマルグ達を退けた後は、こんなんじゃなかったわよ?
「エルフの国で、こんな大規模な戦闘をしたことがあるのは、長老達ぐらいのもんだ。若い連中が興奮しまくってても、おかしくはないさ」
「そうなんだ……でも、セイライは結構、冷静よね?」
「まぁ……俺はあっち側にいた時に、何度かでかい戦闘をしていたからな……」
あっち側……そっか、セイライは元魔界十将軍だもんね。
そんな風に話し込んでいたところに、戦いに参加していたエルフの一人が、私達に声をかけてきた。
「人間の客人方、中央から連絡が入りました。速やかに都の方へ戻ってください」
「現場の方はいいのか?」
「はい、後は我々が後始末をしていきますので」
何か手伝おうかというモジャさんの申し出を「いいから、任せとけっつーの!」といったノリで断り、エルフは仲間達の方へと戻っていった。
ふむ。なんにせよ、お呼びとあらば参上しましょうか。
「んじゃ、私がまだ案内すっから、着いできてくなんしょ」
そうね、エルフの森は案内無しじゃ絶対に迷うだろうから、お願いするわ。
はい!と元気よく答えたプルファの後に続き、私達は再び世界樹の都へと向かう事にした。
「!?」
「?どうしたの、ウェネニーヴ」
「いえ……何かいま、背中の辺りに動く物があったような気が……」
急にモゾモゾと体をまさぐる彼女に問いかけると、なんだか歯切れ悪い返答が返ってくる。
「虫でもいたのかな?」
「……かもしれません」
適当に服をパタパタと叩きながら、ウェネニーヴは小首を傾げた。
「エアルさ~ん、ウェネニーヴちゃ~ん。行きますよ~!」
立ち止まっていた私達より、少し先にいたプルファ達が手を振りながら呼び掛けてくる。
「ごめん、今いくわ」
私はウェネニーヴの手をとり、小走りでみんなと合流した。
◆
「こんたびは、ご苦労だっだない」
王都に戻った私は、さっそく世界樹の中の城に呼ばれ、そこで王様や長老達からお礼を言われた。
まぁ、襲撃の半分……いや、ある意味ほとんどが私達のせいだからなぁ。
あんまり感謝されても居心地がよろしくないから、気にしないでくださいと返しておく。
「さすがは天使に選ばれだ《神器》使い達だない。なんにすても、こごの若い衆が実戦経験を積めだっちゅうのは、ラッキーだったべさ」
実戦経験が積めてラッキー……それってつまり、近く戦いがあるって事?
「おうよ、あんたらが魔族どやりあう時には、俺達エルフも協力させでもらうべ」
おおっ!これはすごいわ!
万が一、魔族の軍勢が攻めて来ても、エルフの協力が得られれば対抗するのに大きな力になる。
いやー、今までは魔界十将軍が個別に来るだけだったから小数でもなんとかなったけど……ってあれ?
普通は、逆なんじゃないかしら?
なんであいつら、部下の軍隊も連れずに、単独で来るんだろう?
まぁ、マシアラみたいに単機でも軍勢を率いれる奴、単独行動してもおかしくないかもしれないけど。
もしかして、魔族の幹部ってアホなのかな……なんて考えに耽っていた所に、ゴホンという王様の咳払いの声が響いた。
「まぁ、そのなんだ……お前さんら、エルフと人間が協力して戦うなら、共に掲げる旗印が必要になんのはわがんよな?」
「旗印……つまり、救世主たる『勇者』って事ね」
「んだ」
私の言葉に、王様はコクリと頷く。
「あらゆる種族を纏め、先頭に立っでそれを牽引すんのが勇者だ。さっきの戦闘の前に話すたとおり、お前さん達が勇者ど和解すて、我々を引っ張ってくんねえど」
そうでなければ、纏まるものも纏まらないと、王様は締めくくった。
……まぁそうよね。
元々、私達 《神器》使いは、勇者のサポートをするのが役目なんだし、本来ならそれが正しい姿なんだろう。
私だって、勇者がハーレムとか言い出さなければ、逃げる必要なんて無かったもんね。
でも、マシアラとの戦闘前に説得された時にも思ったけれど、今の勇者の回りには美人がいっぱいいるだろう。
だから、私みたいなただの村娘は標的にならないと思うし、上手く誘導して魔界十将軍……ひいては、邪神を倒してもらえばいい。
そうすれば、《神器》ともお別れして、晴れて自由の身だ。
「とにがく、いま勇者の同行調べさせでっがら、少しこの都で休んでいぎっせ」
聞けば二、三日ほどで情報が集まるとの事なので、それまでプルファ達の実家に泊めてもらうことになった。
そうして彼女の家に向かういたんだけど……
「……悪いが、俺はここで抜けさせてもらうぞ」
唐突に、そんなことを言いながら、セイライが別の道に歩を進める。
「ちょっと、どうしたのよ?」
自分の家でもあるんだから、一緒に帰ればいいじゃない。まぁ、昨日は罪人扱いだったから家に入れてもらえなかったみたいだけど。
「フッ……俺は善と悪、両方に加担しちまった男。群れるよりも、孤独が性に合ってるのさ」
……ああ、そのキャラ設定を通すのね。
モジャさんは『勇者のピンチに、颯爽と現れる助っ人ポジションを狙ってる』なんて言ってたけど、どうやらマジみたいだわ。
「兄ちゃ……帰ってこねぇのがい?」
「ああ。じゃあな」
背を向けたまま手を振って、セイライは歩き出した。
「そっかぁ……兄ちゃの好物の『コヅ・スープ』も用意してあったんだげんじょなぁ」
残念そうなプルファの言葉に、セイライがビクッと固まった。
なになに?その『コヅ・スープ』って、そんなに美味しい料理なの?
「ああ、いろんな野菜どがを、ここでは珍しい貝柱の出汁を効かせたスープで煮込んだ、エルフの郷土料理だよ」
他所の地方では手に入りにくい具材なんかも使うらしく、エルフの国でも何かの祭事の時にしか食べられない料理らしい。
「へぇ~、それは楽しみね」
「うん、たっぷり作ってあっがら、いっぺぇ食べてくなんしょ」
ワイワイと料理の話で盛り上がる私達を尻目に、セイライは後ろ髪を引かれているのか、固まったままだ。
「兄ちゃ、やっぱし家に帰ってくっかよ?」
「っ……い、いらん!」
プルファの誘いに、振り向く事なくセイライは答えた。
食欲とプライド……どうやら勝ったのは、格好つけたいというプライドだったみたいね。
「精々……お前達だけで、楽しむといいさぁ!」
なぜか負け惜しみみたいな捨て台詞を吐いて、セイライは走り去ってしまった。
その時、流れていたのは涙だったのか、涎だったのか……。
多分、両方ね。
そんな訳でセイライとは別れたけれど、私達はそのままプルファの実家に向かい、ご両親から《神器》の試練合格とマシアラ討伐を祝ってもらった。
色々なご馳走と、そのレシピなんかも教わって、なんとも充実した時間を過ごす事ができたわ。
やがて夜も更けてきて、ウェネニーヴと一緒に寝室へ通されたんだけど、寝ようとした時にそれは起こった。
「ひゃう!」
急に変な声をあげて、ウェネニーヴが飛び上がる!
「どうしたの!?」
あまりの慌てっぷりに、彼女の側に駆け寄ると、なんとも不機嫌そうな顔で服をバタバタとさせていた。
「な、何か小動物か虫が服の中に入り込んだみたいで……きゃう!」
可愛らしい声をあげつつ、服に潜り込んだそれを排除しようと、ウェネニーヴはさらに懸命になって服をバタつかせる。
んー、エルフの家って天然の巨木をくりぬいたような作りだし、虫とかいてもおかしくないもんね。
よし、私が取ってあげよう。
「ちょっと動かないでね」
私はウェネニーヴをジッとさせると、彼女の服の中にソッと手を差し入れる。
「あっ……♥」
あ、ちょっとくすぐったかったかな?でも、少しだけ我慢しててね。
一瞬、ビクリと震えたウェネニーヴだったけど、なんとか耐えてくれている。
その間に、私は彼女の服の中を移動する何かを捕まえるべく、サワサワと身体中をまさぐった。
「あっ♥はぁん♥そこは……あぁん♥」
いや、変な声を出さないでよ。
彼女のきめ細かい肌を私の指が這う度に、ウェネニーヴはビクッビクッと体を震わせる。
そんなつもりはないけれど、なんかいけない事をしてるような気がしてかるから、やめてほしいわ。
「あっ♥ああっ……♥お、お姉さまぁ……ワタクシ、もう……♥」
顔を真っ赤にしながら、潤んだ瞳に情欲の炎を燃やすウェネニーヴ。
これ以上は、私の貞操がヤバいと思った時、私の指先にウェネニーヴの肌以外の物が触れた!
「見つけたぁ!」
気合い一閃!
素早く小動物らしき物を捕らえた私は、ウェネニーヴの服から一気に腕を引き抜く!
「ああっ……お姉さまぁ……♥」
「ちょい待った!ほら、もうあなたの服の中にいたやつは、捕まえたから!」
発情したウェネニーヴを、なんとか抑えて落ち着かせる。
「うう……またお預けですかぁ……」
残念そうな上目遣いで私を見ながらも、彼女は私から体を離した。
「ふぅ……それにしても、どんな動物が……」
私の手の中に捕らえている小動物の姿を確認しようとした時、私とウェネニーヴの表情が固まった!
開いた手の中のあったのは、スカスカの白骨死体!
しかもそれは、
そう、手の中にすっぽりと納まるサイズではあったけど、この形状は、まるで人間の白骨!
こんな物がさっきまで動いていたなんて……もしかして、昼間のアンデッド風ゴーレムの生き残り!?
これはヤバいと、反射的に握りつぶそうとした、その瞬間。
「おおっと、お待ちくだされ!」
聞き覚えのある声と口調で、ミニ白骨死体が手をあげた。
「ひゃああっ!」
驚きのあまり、ミニ白骨を放り投げると、それは華麗に空中で体勢を整えて床に着地した。
「グフフ、危ないではござらんか。小生でなくては、粉々になっていた所でしたぞ?」
その独特の話し方と、ウェネニーヴに向ける熱い視線。どうやら間違いない!
「い、生きていたのね……マシアラ!」
「ククク、小生に『生きていたのか』と問われれば、答えはNOでありますが……」
私を茶化すように答えると、マシアラはウェネニーヴの方を向いて、優雅に頭を下る。
「小生、ウェネニーヴたん……いや、ウェネニーヴ様にお仕えするために、地獄の底より戻って参りましたぞ!」
そう言って敬愛の目を向ける奴に対して、当のウェネニーヴは「いいから、死んでよぉ……」といった表情を浮かべていた。
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