第26話 『毒火』
「みんな、私の後ろにっ!」
声をかけるのとほぼ同時に、ウェネニーヴとモジャさんが私の背後に回った。
それを気配だけで感じながら、私は一歩踏み出してルマルグの放った火球を盾で受け止める!
「きゃあっ!」
盾とぶつかった瞬間、火球は弾けて周囲を炎で舐め尽くすように拡散していき、私は思わず悲鳴をあげた!
衝撃こそ大した事はなかったけど、飛び散った炎が周囲の木々に燃え移って、私達はあっという間に囲まれてしまう!
「うふふ……これで逃げられないわね」
獲物を弄ぶ猫のような笑みで、ルマルグは私達に近づいてくる。
くぅ……なんて炎の使い手なのかしら。
「もう一発、いくわよぉ!」
再び掲げられたルマルグの手に炎が宿る。が、次の瞬間、彼女の真横から飛来した不可視の衝撃波が、その炎もろとも周囲の炎も吹き飛ばしていった!
「なっ!?」
「えっ!?」
突然の事に、衝撃波が来た方向に顔を向けると、そこには別の場所で争っているはずのセイライとプルファが、弓を構えて並び立っていた。
ひょっとして、兄妹で和解できたの!?
「な、何をするのセイライ!」
「それは、こっちの台詞だぁ!」
非難しようとしたら、すごい剣幕で返されて、ルマルグ (と、つられた私達)はキョトンとしてしう。
「ところ構わず火を放たないでくださいよ!危うく、私まで炎に巻かれる所だったじゃないですか!」
言われてみれば、離れた場所にいた彼等の辺りまで炎は燃え広がっている。
二人は弓に矢をつがえない、弦だけの空射ちで衝撃波を発生させて、火を吹き消すというすごい技で、辺りの消火にあたっていた。
「あ、ごめんね……」
ショボくれて謝るルマルグに、セイライの愚痴は止まらない。
どうやら、彼女は予想どうりのかなりのポンコツ系らしいわね……。
日頃たまった鬱憤を晴らすような、セイライの怒濤のなじりを受けて、ルマルグはじわりと涙ぐんでいた。
……なんだか、敵ながら可哀想になってくるなぁ。
「ぐす……えぐっ……ごめんなざあい……」
「いいですね!今度はちゃんとやってくださいよ!」
「はぁい……」
べそをかいてこちらに向き直ったルマルグは、顔をグシグシと拭いて涙をぬぐう。
「あの……無理しないで、帰ってもいいんじゃないの?」
泣き張らした顔にちょっと心配になってそう声をかけると、彼女はキッと顔をあげた。
「ずいぶんと、優しい言葉を掛けてくれるじゃない……貴女が勇者じゃなければ、友達になれたかもしれないわね」
まぁ、私は勇者じゃないけれど、友達はどうなかなぁ……。
何て言うか、彼女はひどく面倒な人物っぽいし。
「悲しいけど、これ戦争なのよね!」
せめて骨は拾ってあげるわと、ありがた迷惑な事を宣言しながら、ルマルグの手から再び火球が放たれた!
セイライに叱られて反省したのか、大きさは最初の物よりだいぶ小さいけれど、連射が効く上にコントロールもずいぶんと正確になってる。
お陰で、盾で受け止めるのが精一杯で、反撃に移ることができない。
「くっ……」
「やるわねマイ・フレンド!なら、これはどうかしら!」
いつの間にか、友達扱いになってる!?
そこに一瞬、気を取られた隙を突かれて、火球を一発受け止め損ねた。
しかし、その火球は私達から大きく離れていく……そう思った瞬間!
突然、軌道を変えたその火球は、私の後ろにいたモジャさんを直撃した!
「ぐわあぁ!」
一気にモジャさんの全身が燃え上がる!
大変!急いで火を消さなきゃ!
と、と、とりあえず、ウェネニーヴに土でも掘り返してもらって、それをぶっかければ……。
「はあぁっ!」
モジャさんの火を消そうと慌てていたが、当の本人から気合いを込めた雄叫びが響く!
それと同時に、内側から爆発でもしたみたいに、モジャさんを包んでいた炎は吹き散らされた!
なに今の!? 防御魔法かなにか!?
「瞬間的に筋肉をバンプアップさせて、炎を吹き飛ばしたのさ……『プロレ・スリング』の使い手なら、基本の防御術だ」
うん、よくわからないけど、滅茶苦茶だって事はわかったわ。
だけど、さすがにあの炎の影響を完全に避けきれなかったみたいで、モジャさんの頭はきれいなアフロヘアーになっていた。
「くっそう、よくもこんな素敵ヘアーに……」
ギリギリと歯ぎしりしながら、モジャさんはルマルグを睨み付ける。
「もう絵面がまずいとか、訴えられたらどうしようとか、考えてる場合じゃねぇな!」
「いよいよ、覚悟を決めたんですね?」
「おうよ!女相手に心苦しいが、『プロレ・スリング』の技の冴え、あいつにも教えてやる!」
私とウェネニーヴに向かって、モジャさんが力強く頷いてみせた。
ジャズゴやセイライに、かなりのダメージを与えた彼の技が炸裂すれば、ルマルグもタダではすまないだろう。
下手をすれば、おっさんに密着される精神的ダメージも手伝って、あっさりと倒せるかもしれない。
「よーし……それじゃあ、次のルマルグの攻撃を私が止めたら、ウェネニーヴとモジャさんで左右から同時に攻める」
それで良いかと尋ねると、二人は心得たと返事を返してきた。
そうなると、ルマルグには隙の大きい大技を使ってもらわないといけないわね。
ここは一つ、挑発でもかましてみようかしら。
「そんな小技じゃ、私達は倒せないわよ!もっと本気で、かかってらっしゃい!」
挑発とか、あまりしたことがないからわからないけど、こんなもんでいいのかな?
するとルマルグは小さく鼻で笑って、私を見つめてきた。
「さすが我が友ね……敬意を表して、本気でいくわ!」
だから、友達じゃないって!
さてはこの人、友達いないから距離感が掴めないタイプね……。
まぁ、それはさておき、本気で来てくれるなら、こちらの狙い通り。
私は、ルマルグの一撃を受け止めるべく、グッと全身に力を込めた。
「私の二つ名……覚えてる?」
不意に、ルマルグはそんな事を聞いてくる。
しかし、私達が答える前に、彼女はそれを口にした。
「そう、『毒火』。そして、これがその二つ名の由来よ」
そう言ったルマルグの手のひらに生まれたのは、先程の鮮やかな赤い炎ではなく、禍々しい紫色の炎だった。
「魔界においても、数えるほどしか使い手がいなかった、『毒炎魔法』!受けてご覧なさい!」
突き出されたルマルグの手から放たれる、禁断の炎。それは高速で私の盾にぶつかると、大きく爆ぜた!
熱量はさほどでもない。なんなら、さっきの炎の方が強いくらい。
しかし、霧散した毒の炎は木々を枯らし、空気を汚染して私達を包み込む!
「ぐえーっ!」
その毒気を吸い込んでしまったモジャさんが、悲鳴をあげて倒れ込んでしまった。
「長くは苦しまないわ……すぐに楽になるから」
目を伏せて、悲しみにくれる表情でうつむくルマルグ。
だけど……えっと、なんか浸ってる所ごめん。
私とウェネニーヴには、毒って効かないのよね。
「……んんっ!?」
毒の満ちるその場に平然と立っている私達を見て、ルマルグが変な声をあげる。
いやまぁ、必殺の一撃を放ったはずなのに、全然平気な様子だったら、そうもなるわよね。
「まったく、モジャは仕方がないですね」
やれやれといった感じで、ウェネニーヴがモジャさんに手をかざすと、全身紫色だった彼が普通の色合いに戻っていく。
「ついでに、やっておきますか……」
そう呟き、ウェネニーヴはモジャさんから毒を吸い取った要領で、私達の周囲に漂う毒気を取り除いた。
さすが、毒竜!毒の扱いは慣れたものだわ。
それにしても、ルマルグの必殺技が毒関係でよかった。
逆に炎魔法関係だったら、もっとダメージ受けてたわね、きっと。
奥の手を披露したにも関わらず、あっさり対処されてしまったルマルグはすこしの間ポカンとしていたが、ハッとして正気に戻ると、ちょっと無理した感じで高笑いを始めた。
「ホ……ホーッホッホッ!さ、さすが我が友であり、良き
顔と一緒に膝まで笑ってるルマルグからは、額面通りの余裕は感じられない。
むしろ、痩せ我慢すぎてるんじゃないかしらと、気の毒になってくる。
「だけど、安心するのはまだ早……ん?」
言葉の途中だったけど、突然端から聞こえてきた、ドサリという
何だろうと思って、そちらに目を向けると……真っ青な顔をした、
「ええっ!?」
ルマルグが驚きの声をあげた。!
いや、私達も驚いたけど、どうやら向こうは風下だったみたいね。
さっきのルマルグの毒が、風に乗って二人を襲ったみたいだわ。
「セ、セイライ……?」
倒れているセイライに、ルマルグが恐る恐る声をかける。
すると、彼はわずかに顔をあげて口を開いた。
「ルマルグ……殺す……」
「!!」
鬼の形相と、地の底から声を絞り出すようなセイライの様子に、ルマルグはガタガタと震えながら、こちらに顔を向ける。
その目は、『助けて……』と訴えかけていたが……何て言うか、その……私に言えるのは、たった一つだけ。
そう、知らんがな、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます