第25話 強襲、十将軍

           ◆


 一晩明けて、結局のところ、私達は共闘してセイライの襲撃に備える事になった。

 どちらにしろ多勢に無勢なら、こちらの戦力も多い方がいいもんね。

 ただし、プルファから出された条件が一つあった。


 それは、彼女とセイライの一対一タイマンに、私達が手出ししない事。

 そんな約束をさせるくらい、プルファにとっては兄との決着に、余程の思い入れが有るのだろう。

 まぁ、言い換えれば私達は雑魚を相手にしていればいいだけなので、楽と言えば楽かもしれない。

 それにしても、プルファは確信してるみたいだけど、昨日の今日でセイライはほんとに来るのかしら……?


「来るよぅ。私達が身を潜める前に、兄ちゃは必ず仕止めに来っがら」

 自信を持った口調で、プルファは武具の手入れをしながらそう答える。

 彼女の言では、セイライもエルフの狩人として、邪神軍の最大の獲物である、勇者の一行(だと勘違いされてる私達)を逃がすような真似はしないという。

 一旦、昨日は引いたけれど、これ以上の時間をかけて、さらなる《神器》持ち達に合流されては不利になる。そうなる前に、持てる最大の戦力で来るとの事だった。

 なるほど、狩人は狩人を知るということね。


「相手は兄ちゃだし、舐めでっどあっさり殺られっちまうがもしんね。こっちも、命がけで相手すねどない……」

 ブツブツと呟きながら、プルファは自身の鞄から変わった羽織を取り出して、それを纏う。

 薄い水色に、袖口や裾の辺りに白いギザギザ模様があしらわれた、なんとも不思議なデザイン。

 そして何よりも目を引いたのは、背中に一字だけ書き込まれたエルフ文字だった。

 なんて書いてあるのか聞いてみると、忠誠や誠意を意味する文字との事。

 これを纏った以上は、命のやり取りも辞さないという覚悟の証らしい。


「マジで兄妹同士で殺り合うのかよ……」

 いまだに、セイライとプルファが戦う事に対して、モジャさんは難色を示していた。

「敵対するなら、親兄弟でも戦うのが当たり前でしょう」

「そりゃ、竜ならそうかもしれんけど……」

 ある意味、ごもっともすぎるサバサバしたウェネニーヴの言葉に、モジャさんも言い淀む。

 しかし、私なら止める方向に話をするんじゃないかな……といった期待が込められた目線を向けてきた。


 そりゃまぁ、兄妹で争うなんて事は止められるなら止めたいわよ。

 だけどね、エルフにはエルフのルールがある。

 畑を荒らす害獣を、かわいそうだから殺すなって言われても、農作物を守るためには慈悲は無用、容赦なく狩る!みたいなものよ。


「……言いたいことはわからんでもないけど、なんか違くないか?」

「……そうね。私もそんな気がしたわ」

 格好よく決めてみたかったかけど、馴れない事はするもんじゃないわね。

 でもまぁ、部外者が口を挟めない領域があるって事を言いたかった訳よ。


「んだば、皆さん。兄ちゃ以外の連中は、よろすくお願ぇします」

 準備を終えたプルファの声に、私達は頷く……のはいいんだけど、肝心のセイライが姿を現してないよ?

「……いんや、そこっ!」

 言葉を吐き出すと同時に、プルファはあらぬ方向に向かって矢を放つ!

 すると、木々の間に矢が消えていった方向から堅い金属音が鳴り響いた。


「……腕は落ちていないようだな、プルファ」

 不意打ちのような彼女の矢を余裕で防ぎ、《神器》を携えたセイライが、森の奥からこちらに向かって歩いてくる。

 嘘でしょ……こんな近くにいたのに、全然気配を感じなかった。

 一流の狩人は、森の気配と同化するなんて話を聞いたことがあるけど、これがまさにそうなのね。


「お前のその格好……本気だな。どうりで勘が冴えてる訳だ」

「兄ちゃこそ、さすがの気配の消し方だっだよ。そごの女の人がいねがったら、たぶんもっど近付かれでだべ……」

 言われて、初めて気がついた。

 セイライの背後には、なんだか『見るからにできる女!』って雰囲気の美女が、優雅に佇んでいる。


 肌の色からして魔族なんだろうけど、何者かしら?

 パッと見の感想だと、秘書兼ナンバー2って感じよね。

「社長も頭が上がらない、有能な女秘書って感じだな……」

「上司の尻を叩いて、やる気を出させるタイプに見えます」

 どうやら、私以外もそんな印象を持ったみたいだ。

 見るからに知将タイプっぽいし、彼女を止めるのは私達の仕事だから、油断ならないわ。

 だけど、そんな魔族の女は、私達よりもセイライとなにやら言い合っていた。


「ベルフルウはどうしたんですか?」

「ちょっと、急なお仕事が入ったから、姉上わたしに任せるって」

「まったく……貴女だけじゃ止める役・・・・がいないでしょうに」

「大丈夫よぅ、相手は勇者一行だもん。本気でやっても問題・・・・・・・・・ないわ・・・!」

「やり過ぎるのが問題なんですけどね……まぁ、あっちを片付けたら、僕が勇者達をやります。それまで足止めでいいんで、お願いしますね」

「はーい、任せて!」

 戦場ではあり得ないほど明るい声で、女魔族はセイライに返事を返していた。


 ……ううん、何やら物騒な事を言ってたし、妙な明るさが逆に気になるわ。

 あの女魔族、ひょっとしてヤベー奴なのかしら。


 セイライと別れ、私達の前に立ちふさがる彼女に対して、各々が戦闘体勢に入る。

 しかし、彼女はマイペースな感じで、ペコリと一礼した。

「はじめまして、勇者……さん?殿?ちゃん?」

 私とモジャさん、さらにウェネニーヴの間を指先で往き来しながら、彼女は首を傾げる。

 どうやら、誰が勇者なのか判別がつかずに戸惑っているようだ。っていうか、襲ってきておきながら、適当すぎるんじゃない?

 まぁ、全員が勇者じゃないという前提はさておき、対象が田舎娘と褌一丁のおじさん、それに可憐な美少女では、戸惑うのも無理はないかもしれないけど。


「……ま、最後は全員潰すんだし、誰が勇者でもいいかっ!」

 よくないわよ!何よ、その雑な判断は!

 人違いで殺されたら、たまったものじゃないつーの!


「確かに私達は《神器》持ちだけど、勇者じゃないからね!」

 一応、反論だけはしておく。

「えっ!そうなの!?」

 すると、彼女は驚いたように目を見開いた。


「ど、どうしようセイライ!この人達、勇者じゃないんだって!」

「敵の言うことを、あっさり信じないでください!どっちにしても勇者に与する連中なんですから、ここで倒しても構わないでしょうに」

「あ、それもそうね……」

 ……なんだろう、この女魔族の人は、見た目に反してかなりポンコツっぽい。

 策略を巡らすタイプかと思ったけど、案外見かけ倒しなのかな?


「よう、おねぇちゃん。怪我をしたくないなら、大人しく下がってな!」

 ポンコツ臭を嗅ぎとったのか、モジャさんが強気で彼女に警告を促す。

 そうよね、どう見てもパワーキャラじゃないし、まともな武装もしていない。

 なんだか、丸腰の女性一人をこちらが一方的に囲んでるみたいで、ちょっと後ろめたい気すらするほどだ。


「ご忠告、どーも。だけど『魔界十将軍』の一人である私に、遠慮は無用よ」

 ニッコリ笑いながら、とんでもない事を彼女は口にする。

 ま、魔界十将軍!?

「魔界十将軍、『毒火のルマルグ』……覚えなくてもいいわよ、どうせすぐ死んでしまうんだから」

 まるで、「今日はいい天気ですね」視たいな気軽さで、ルマルグと名乗った彼女は怖い事を口にした。


 それにしたって、セイライといいルマルグといい、なんで本物の勇者でもない私達に、敵の幹部が自ら突っかかって来るの!?

 偶発的に遭遇しちゃったジャズゴはともかく、こういうのはもっと最後の方に出てくる相手でしょう!?


「フットワークの軽さが、邪神軍うちの売りなのよ」

 むぅ、大組織のくせに設立したての会社みたいな事を言ってくれちゃって……。


「でもまぁ、安心して。あなた達にトドメを刺すのはセイライの役目だから、私はちょっと遊んであげるだけだから」


 何一つ、安心できないわよ!

だけど、そんな事を言うって事は、余裕って訳じゃなくて向こうにもなにか事情があるみたいね。

 何よりも、本気でないなら舐めてかかってる内に、返り討ちにできる可能性は高いわ。


「……よし!私がルマルグの攻撃を受け止めるから、その隙にウェネニーヴとモジャさんで、彼女を攻撃して!」

「了解です!」

「ええ……」

 ん?

 元気よく返答したウェネニーヴに比べて、モジャさんはなんだか困ったような返事を返してきた。

 いったいどうしたのかしら?


「だって……俺の技は密着することが多いし……相手は妙齢の美人だし……」

 殺る気満々の敵を前にして、何を気にしてるのよ!

 まるで童貞みたいな……童貞だったわ!!


「合法的に美女に密着できるなら、ラッキーなだけでしょう?」

「ち、違うんだよ!こう、おっさんが美女に技をかけたりしたら、社会的にも絵面的にも、なんかまずいっていんだよ!」

 呆れたように嘲笑うウェネニーヴに、モジャさんは必死に反論する。

 確かに彼の言う事もわかるんだけど、そんなんじゃ女性型のモンスターとか出てきた時にも、何もできないじゃない!

 それに、社会的にうんぬん言うなら、褌一丁の時点でだいたい終わってるし!


「大丈夫だから!相手は私達を殺そうとしてるんだから、遠慮は無用よ!いっぱい密着しちゃいなさいって!なんだっけ……ラッキースケベっていうんだっけ?」

「お、女の子がそういう事を言うんじゃありません!」

「え!?今日は、お姉さまにラッキースケベしていいんですか!」

「いや、私にはしちゃダメよ!」

 どさくさ紛れで何を言ってるのよ、この娘は!?

 そんな感じで、ギャアギャアとやっていると、不意にまぶしい光が視界に差し込んできた。

 おや、いったい何が……?


「!?」

 光源に目を向けた私達は絶句する!

「ねぇ……私を無視して、そっちばかりで盛り上がらないでよ」

 それは、疎外されて拗ねたような表情と口調のルマルグが、頭上に掲げた手のひらに生まれた巨大な火の玉だった!


 ていうか、でっか!なにあの火の玉!?

 以前リモーレ様が放った炎魔法よりも、遥かに大きい。

 しかも、魔法の詠唱無しでって……はっきり言って、滅茶苦茶だわ!


「ちょーっとムカッとしたから、強めでいくわね」

 死んじゃダメよと可愛く微笑んで、ルマルグの手から放たれた巨大火球は、私達に向かって飛んできた!

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