第13話 魔族

 何はともあれ、私達は悪徳領主の住まいがあるクラウローの街へ向かうべく、山を降りる事にした。

 そうして一旦、モジャさん達が活動拠点にしている村へ行き、そこからウェネニーヴの力を借りて、一気に乗り込むという流れである。


「よ、よろしく頼む……ます、エアルに……ウェネニーヴ……さん」

 私の持っていた魔法薬ポーションで回復したものの、ウェネニーヴに気安くしたせいで瀕死のダメージを負うはめになったモジャさんが、少し怯えながら細かな打ち合わせをしていく。

 まぁ、私は大きく計画に関わるようなポジションではないけれど、とりあえず邪魔だけはしないように、彼等の計画の概要をしっかりと聞いておく事にした。


「フフ~ン、フフ~……」

 しかし、作戦の要であるウェネニーヴは、私の隣にぴったりと寄り添って、ご機嫌で鼻歌なんか歌ってる。

 もう、いちいち可愛いんだけれど、この娘はちゃんと話を聞いてるのかしら?


「後でお姉さまから教えてもらいますから、今はおっさんの話なんかどうでもいいです」

 いや、こんな美少女に懐かれるのは嬉しいんだけど、作戦会議中の場で言うことじゃ……。

 モジャさん達が怒ってないかなと様子を伺うと、「ですよね~」といった感じで、卑屈な笑みを浮かべていた。

 ダメだ、完全にウェネニーヴにビビってる。

 ううん、仕方ないなぁ……作戦に支障をきたさないよう、この娘の代わりにちゃんと話を聞いておかなくちゃ。


 ──そして、翌朝。

 私とモジャさん、それから『裸がユニフォーム』の中でも精鋭の十人が、村の入り口へと集まっていた。

 これから、このメンバーでクラウローに乗り込む訳ね。


『それでは、お姉さまはこちらに……』

 私達の目の前には、竜の姿になったウェネニーヴがいて、スッと首を下げてくる。

 彼女の進めに従って私が首に股がると、ウェネニーヴは誇らしげに上体を持ち上げた。

 うわ、すごい眺め。

 田舎じゃ二階建ての建物が精々だったから、この高さはちょっとドキドキする。


『なるべく安全に飛ぶつもりですけど、しっかりと掴まっていてくださいね』

「うん、わかった」

 ウェネニーヴに言われた通り、私は下半身にグッと力を込めて姿勢を制御する。

 うーん、鞍は無いけど馬に乗った時の要領で、なんとかしがみつけば大丈夫そうかな?


『はあぁ……お姉さまの温もりを感じる……』

 恍惚の表情を浮かべながら、息を荒くするウェネニーヴに一抹の不安を覚え、ちゃんと飛んでよねと釘を刺しておいた。


 ちなみに、モジャさん達は大きな篭に乗ってもらい、それをウェネニーヴが持つ形で運ぶことになっている。

 なんでも、竜の姿だと時々体表から毒がにじみ出すらしく、《加護》持ちの私以外は、彼女に触れる形で乗らない方がいいっていう事でこういう形になったのだ。

 まぁ、この娘が私以外を背中に乗せる事を、断固として拒否したっていう理由もあるんだけどね。


『それでは、行きますよ』

 ウェネニーヴが宣言して、大きく翼を広げる。

 そうして軽く翼を振ると、彼女の巨体がふわりと宙に浮かんだ。

 さらにもう一度、翼を振ってぐんぐんと上昇していく。


 うわ……うわうわ!?

 すごい、すごいわっ!

 見たこともない高さの視界と、眼下に広がっている初めて見る形の世界に、ドキドキと鼓動が早くなっていく!

 さっきまでそこにいたはずの人達が、今はゴマ粒のようにしか見えず、体に当たる風が今私は空を飛んでるんだと実感させてくれた。


『空はどうですか、お姉さま?』

「すごい!すごいよ、ウェネニーヴ!私、世界をこんな風に眺めたのは初めて!」

 興奮しっぱなしで、私は彼女の首をペチペチと叩く。

 いやぁ、こんな世界を知ってるんだから、竜が人間の事を小さい者なんて言うのもわかる気がするわ。

 地面に立ってるだけじゃ絶対にわからない、そんなこの世界の広さを感じられて、初めて私はこの旅に出る原因になった天使に、ちょっとだけ感謝をした。


『うふふふ、それではお姉さま、落ちないように気を付けてくださいね』

 喜ぶ私の姿に機嫌を良くしたウェネニーヴが、バサリと翼をはためかせる。

 途端、前方に加速する勢いで、体が後ろに持っていかれそうになり、慌てて私は彼女の首にしがみついた!


『はぁん♥』

 その途端、変な声を漏らして、ウェネニーヴが身震いする。

 ちょ、ちょっと!危ないから、飛ぶことに集中してよね!


          ◆


 モジャさん達が拠点にしている村から領主の街までは、普通の道程なら馬車で丸一日ほどかかるらしい。

 だけど、私達を乗せたウェネニーヴは、わずか一時間ほどでもう街の影が見えるところまで到着していた。

 これでも加減して飛んでたと言うんだから、本気を出したらどれだけ早いんだろう。


 さて……この距離なら、まだ街の方からは私達を発見していないだろう。

 作戦の次の段階に移行するために、私達は人気の無い辺りを狙って地上に降り、準備を整える事にする。

 私も着陸したウェネニーヴから、ひらりと地面に着地した。

 ほんの少ししか離れていなかったのに、なんだか大地の感触がなつかしく感じるわ。


「ふぅ、少し体が冷えちゃったわね」

 冷たい風に当てられ過ぎたのか、ちょっと身震いすると、すかさず人間の姿になったウェネニーヴが抱きついてきた。


「ごめんなさい、お姉さま!どうかワタクシを暖房具代わりにして、暖まってください!」

 そう言う彼女の肢体は、とっても温かくて柔らかい。

 竜の姿の時はあんなに堅くて冷たかったのに、ほんとに不思議なものね。

 まぁ、それはそれとして、冷えた体を温めるために、今は彼女の好意に甘えようっと。

 ギュッとハグし返すと、温もりが伝わってきてこれは……ありがたい。


「あああっ!地面だあぁっ!」

「俺はもう、二度と空なんか飛びたくねぇ!」

「オロロロロ……」

 一方、地上に降りたモジャさん一行は、感激とかいうレベルじゃなく絶叫しながら、地面に頬刷りしたり転がったりしていた。

 よっぽど怖かったのね……でも、号泣したり吐いたりしてる彼等を見てると、平然としてる私がおかしいみたいに思えてくる。


「……わ、悪いなっぷ……すぐに作戦の……おえっ、打ち合わせを……」

 顔色悪くえづきながら、モジャさんがフラフラした足取りでこちらにやって来た。

「無理しないでくださいよ。この娘のおかげでかなり時間短縮ができたんですから、少し休んでからにしましょう?」

 腕の中のウェネニーヴを撫でながらそう提案すると、助かるよ……とモジャさんは弱々しい笑みを浮かべた。


 そんな彼等に、ひとまず私は魔法の鞄マジックバッグから道具を取り出し、お茶を入れて皆に配る事にした。

 おじさん達も、「やべっ!かわいい女の子に、お茶入れてもらっちゃった!」と、キャッキャッと浮かれていて、どうやら元気が出たようでなにより。

 それからしばらくの間、口移しでお茶を飲ませてほしいとねだるウェネニーヴを宥めすかしているうちに、モジャさん達も立ち直ったようだ。

 なので、休憩を終えて次の計画に移る事にした。


 まずは最低限の準備として、頑として褌一丁を譲らないモジャさん達にマントを羽織って体を隠してもらう。

 組織チームの掟だかなんだか知らないけど、服を着ることを拒む彼等との折衷案だ。っていうか、街に行くんだから服くらい着るのが当たり前だと思うんだけどね……。


 でも、なぜかしら……マントの下に褌一丁って、変質者感が一層増したような気がするわ。

 ほんとに、男の人のこだわりって、いまいちわからない。


「お姉さま、無理はなさらないでくださいね!」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ウェネニーヴも、上手くお願いね」

「はい!お姉さまに後で、ベッドの上・・・・・で可愛がってもらえるよう、がんばります!」

 うん、そんな約束してないよ?

 なんだか要求がストレートになってきたな、この娘。

 何はともあれ、いってらっしゃいませと手を振って見送る彼女と別れ、私達はクラウローの街へと向かって歩を進めた。


          ◆


「おい、なんだあれは!?」

「まさか……竜だってのか!?」

「うそでしょ……なんでこんな街の上空に……」

 あちらこちらから、ゆったりと街の上を旋回するウェネニーヴに対する、驚きと恐怖の声が聞こえてくる。

 そんな風に街のあらゆる人間の目が上に向けられている中、私達は領主の館に向かって早足で進んでいた。


 これがいわゆる、作戦の第二段階。

 早い話がウェネニーヴに注意と警戒の目が向けられてる間に、少数精鋭で警護が手薄になった領主の元に向かって懲らしめようっていうもの。

 竜が街の上を飛んでれば、どうしたってそちらに人手を割かなきゃならないもんね。


 まぁ、モジャさんの理想としては、ウェネニーヴに股がって颯爽と登場、衆人環視の中で領主をやり込める算段だったらしい。

 でも、「調子に乗るとぶち殺しますよ、人間ヒューマン」という彼女の一言に失禁するほど怯えていたので、今の形になったんだけど。


 ウェネニーヴの姿に驚愕し、住民の大半は家の中に避難した為、人の行き来がほとんどなくなった街の中を私達は走り抜ける。

 程なくして私達の目指す所、領主が住まうとても立派な屋敷が見えてきた。


「思った通り、警護は少ないな」

 モジャさんの言う通り、警護らしい人の姿は、館の門の前に二人しかいないようだ。

 おまけに、彼等も上空のウェネニーヴに気を取られているのか、私達には気づいていないみたい。


 これはチャンス!

 私達は一気に駆け寄ると、反応が遅れた警護兵達を気絶させて、屋敷に突っ込んだ!


 突入した屋敷の中にも、人の気配は少ない。

 やっぱり皆、出払ってるみたいね。

「領主の部屋は三階の奥だ、一気に駆け抜けるぞ!」

 モジャさんの声に、精鋭褌おじさん達がおう!と答える。


「あと、建物の中に入ったから、マントこれ要らねーわ」

『わぁい!』

 おじさん達は満面の笑みを浮かべながら、マントを脱ぎ捨てて褌一丁に戻った。

 そんなに服を着るのが嫌いなの、あんた達……。


 怪しい侵入者達から、完全な変質者の集団に変わったモジャさん達は、脇目も振らずに領主の部屋を目指す。

 途中、数人の使用人らしき人と対峙したけど、この一団の姿を見るなり悲鳴を上げて逃げるか、その場で失神してしまった。無理はないけど。

 違いますからね……私は仕方なくこの人達と行動してるだけで、仲間へんたいじゃないですからね!

 心の中で弁解しながら走っていると、ようやく目指す部屋の扉が見えてきた。


「あの部屋だ!突っ込むぞぉ!」

 なんでもいいから、早く終わらせて!

 勢い任せで扉を破壊したモジャさん達に続きながら、私も領主の部屋に転がり込んだ。


 その広い部屋には、立派な調度品が嫌味にならない程度に配置され、整然と本が納められた本棚や、奥にある大きな仕事机なんかが、部屋の主の人柄を教えてくれる。

 あれ……?悪徳領主っていうから、もっと趣味の悪いギンギラな部屋を想像してたんだけど……。

 想像の人物がいる部屋とは真逆な印象に戸惑っていると、部屋の奥にいた二人の人物の内、女性の方が私達に向かって厳しい目を向けてきた。


「なんですか、あなた達は!ここを何処だと思っているのです!」

 年の頃は、四十になるかならないかって所かしら。

 多分、彼女が領主の秘書も勤めているという奥方ね。


「俺達は反抗組織、『裸がユニフォーム』!悪徳領主ルコック・シュアーク!このたび、天に変わって貴様を懲らしめに来たぞ!」

 モジャさんが名乗りをあげると、奥方さんは少し呆気に取られたようだった。

 まぁ、褌姿の変質者から「懲らしめに来た」なんて突然言われたら、そうもなるわよね。


「グフフ、反抗組織だと?」

 こちらに背を向けたまま、椅子に座っていた人物が、くもぐった笑い声を漏らす。

 んん?多分、彼が領主のルコックなんだろうけど、なんて不快な声なんだろう。

 妙な気持ち悪さを感じて、思わず私は盾を軽く構える。


「面白い、どう懲らしめるのか、見せてもらおうではないか」

 クルリと椅子ごと回って、そこに座っていた領主が私達に姿をさらす。

 だが、その姿を見た私達は、声にならない声を上げた!


 領主の椅子に座っていた者。

 それは、人間ような格好をし、ケロケロと喉を鳴らす巨大な蛙……蛙人間フロッグマンと呼ばれる、蛙の特長を備えた魔族の一種だった。

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