何処からどう見ても日本です。有難うございます。4

 「へい! 団子、二皿お待ち!」


 真っ白な皿の上に乗って、つやつやとしたみたらし団子が三本、店の主人によって運ばれてくる。

 お腹いっぱい朝食は食べたが、これは別腹だ。


 串に刺さった丸くて大きな団子。皿から持ち上げると、ハチミツの様にタレが滴り落ちる。それが勿体ないので、すぐさま私は口に入れる。


 口の中で広がり、舌の根元にまで染み入るコッテリとした甘さ。そして噛めば噛むほどタレが団子の中に入り込み、米の甘みと混ざって上品な味になる。


 ある程度噛んで楽しんだら、備えのお茶を口に含み、ほんのりとした苦みで甘さを抑える。

 ――――たまらない。


「ふふっ」


 ユキメが私を見て笑う。


「ん、なに?」


「いえ、団子をおいしそうに頬張るものですから、つい可笑しくなって」


 しまった、私の悪い癖だ。美味しいものを食べている最中は周りが見えなくなる。

 

 ――――その恥ずかしさのあまり、私は小さく咳払いをした。


「と、ところで、ユキメは何処に住んでるんだっけ?」


 苦し紛れのすり替えだが、まあ子供だしいいだろう。


「私は、ヨウ家の建つ丘の、その麓の離れに住んでおりますよ」


 皿を手に持ちながら、ユキメは団子を頬張る。


「ふうん。女房なんだから、私の家で寝泊りすればいいのに」


「そんな、私めなどが御家族と同じ家で寝泊るなど、とても恐れ多いことです」


 あり得ない。といった表情で彼女は笑う。気付けば、彼女の串からは団子が消えていた。


「へい! 草団子お待ち」


 店の主人が団子を持ってくる。私が頼んだのではない。


「大丈夫だって。ユキメは父上も母上も信用している。もちろん私もね」


 何気なく言った言葉だったが、なぜかユキメの目から涙が零れる。仕舞には通行人からも変な目で見られる始末。


「なんと、なんと貴きお言葉! このユキメ、ソウ様をかしづくことが出来て光栄でございます」


「いや、そんなに泣かんでも……」


 涙が流れるも、団子を食べる手は止めない。それにしても一体、我が家とユキメにはどんな関係があるのだろうか?


「へい! 五平餅お待ち!」


 ――――また主人が来て皿を置いてゆく。私はようやく二本目を平らげたばかりだ。


「あの、よかったら私が父上に頼んでおこうか?」


 彼女は涙を指で拭い、小さく鼻をすすって五平餅を口に入れる。


「何をですか?」


「そのさ、ユキメが私の家に住めるように」


 案の定、ユキメの目からは滝のように涙があふれる。あれだけ美しく輝いていた紅緋色の瞳も、おかげで海に沈む夕焼けの様に紅く映える。


「へい! 磯部焼きお待ち!」


 いや食べすぎじゃなーい!? 

 ――――心の中でそう叫ぶと共に、私の中でのユキメのイメージが音を立てて崩れ始めた。


 結局、私はお腹に余裕がなく、最後の一本を残してしまったが、ユキメが食べてくれたので問題なかった。


 そして、ユキメが大食いキャラだという事実に驚きを隠せないまま、私たちはその甘味処を後にした。


 「――――ねえ、ユキメの好きな食べ物ってなあに?」


 山間に設置された馬鹿みたいに長い石階段。花柳町から徒歩二十分程はなれた所にそれはある。

 

 マナーの悪いJKでも窮屈しない広いさ。その石造りの階段はしっかりと手入れされており、しばしば苔も生えているが、それがまた美しさを作っている。


 一定の間隔で置かれた赤い灯篭は、真昼だというのに、中でぼんやりと火を灯している。そして極めつけは、狂った様に舞い踊る、天女の如く美しい桜たちだ。


この世界も、なかなか悪くないな。


 ――――ちなみにこの龍の里は、下界と天界の丁度狭間。というよりも、天界よりの天界のため、春と秋が入り混じっている。

 …………神様は夏と冬を嫌っているらしい。全く贅沢なものだ。


「んー。好きな食べ物ですか」


 ユキメは軽い足取りで、すたすたと階段を登りながら考える。対する私の息はぜえぜえだ。


「アユの甘露煮でしょうか」


 渋いなあ。見た目は十代後半なのに、チョイスが渋すぎるんじゃ。まあ、この世界には和食しかないから無理もないか?


「ソウ様のお好きな食べ物は何ですか?」


 嬉しそうに人差し指を立てながらユキメは私に聞く。甘味処を出てから、彼女と距離が近くなった気がする。少し嬉しい。


「私? 私は…………」


 あれ、何だろ。ハンバーグにチーズカレー。あとはイチゴのパフェかなあ。 って。全部洋食じゃん。これはこれでつらみが深い。


「私は、おはぎかなあ」


 ぱっと思い浮かんだものを私は口に出した。あとは抹茶という選択肢もあったが、抹茶は抹茶でも抹茶スイーツの事だ。


「粒あんですか? こしあんですか?」


「断然こしあん。粒あんは、あの舌触りが許せん」


 そう言えば、赤福餅も大好きだ。あれは何箱でも食べられる。


「あの粒々、歯に挟まるから私も苦手でございます」


 そんなこんなで、おはぎトークに花を咲かせていたら、私たちはあの長い石段を登り終えていた。時間にしておよそ一時間弱。


 ――――そして、それと同時に目に飛び込んできたのは、山の様にそびええ立つ鳥居と、海の様に広い敷地を持つ巨大な神宮だった。


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