何処からどう見ても日本です。有難うございます。3

「ご馳走様!」

 

 ご飯を食べることは寝る事の次に好きだ。それでも今朝は朝食を味わう余裕などない。そうしてフードファイターの様に口に入れたご飯をお茶で流し込むと、私は合掌をして席を立った。


「ソウ、随分と早いな」

「――――今日は武鞭の日だからね」


 見た目と性格に反して、食べるのが遅い父を他所に、私はカバンに弁当を詰める。


「あまり走ると、お弁当がひっくり返るわよ」

「――――大丈夫、ちゃんと抑えて走るから」


 朝からに賑やかな居間で、私は内側でごうごうと燃える高揚感を抑えられずにいた。


「それじゃ、行ってきまーす!」

「気をつけてなあ」

 

 両親から向けられた言葉を背負い、私は長い縁側を走る。寝殿造りの家を駆けると、ぎしぎしと木が軋んで心地のいい音を耳に残す。


「おはようございます。ソウ様」


 色彩豊かな着物を着た侍女たちが、すれ違うたびに挨拶をしてくれる。この家は本当に朝から賑やかだ。


「おはようございます!」


 彼女たちに挨拶を返し、ユキメの待つ中庭へと向かう。


 ――――ワラジを履き、橋を渡って池を超える。居間からここまで走って五分。いくら何でも広すぎる。ここまでくると不便だ。


 そうして中庭にたどり着くと、紅葉の下で待っていたユキメが、そっと優しく微笑みながらお辞儀をする。


「お早うございます。ソウ様」


 ――――美女。紅色の紅葉が舞い、それは彼女の真紅の袴をより一層映えさせる。


 後ろで束ねられた黒髪は、一本一本が陽の光を帯び、艶やかさを纏っている。


「お、おはようございます!」


 まるで心の中まで見透かしているかのような真っ赤な瞳に、私は思わず見惚れてしまう。


 ――――龍人族の特徴は、黒よりも黒い頭髪と、雪のように白い肌、そして龍の焔の如し赤い瞳にある。


 そして黒髪は墨汁の様に艶やかな程。肌は絹のように滑らかな程。瞳は炎よりも明るい程、その龍人は美しいとされる。


「嫉妬するわ……」


 口に出さずにはいられなかった。それ程までにユキメ、彼女は美しいのだ。


「――――今何と?」


 不思議そうに私の目を覗き込むユキメ。


「ああ、いえ! お待たせしました」


 私の慌てっぷりを見て笑ったのか、ユキメは優しく微笑みながら、その細くて綺麗な手を私に差し出す。


「では、参りましょう」


「…………はい」


 これが女神か。


 まるで火に向かう羽虫の如く吸い寄せられ、私は私のために差し出されたその手を握った。


「ねえユキメ。最初の武鞭ぶべんは何するの?」


 陽差しのように温かい手を握りながら、はるかに高いユキメを見上げる。


「本日は、龍人族の基本である神通力を学びます」


「じんつうりき?」


 その力のことは既に家の文書を読んで知っている。それでも私はアホのふりをした。その方が可愛がられる。


「はい。“神使しんし”に許された、神のお力を借りる術です」


 ――――説明しよう。全ての龍人族には二つの力が備わっている。


 神の力である“神通力"と、龍の力である“龍血”だ。しかし龍人は龍の血が濃いために、神通力を使う際は祝詞のりとを唱え、神との繋がりを作らねければならない。


「さて、ではそのために必要なことは何でしょう?」


 私の方に顔を向けながらユキメが問う。


「祝詞を唱える事ですね!」


「流石です」


 ユキメの表情が和らぐ。


 しかし、女の私でさえも見とれてしまうほどの美人だ。くそったれい。


「しかし祝詞は長いので、それ覚えるには少し骨が折れます。頑張りましょうね」


 私は心の中で笑う。なぜなら、私は既に祝詞を覚えているからだ。ありがたいことに、我が家の書庫にはなんでも揃っている。


「分かりました!」


 ふっふっふ。その美人面で吠え面かかせてやるぜ。


 家を出てからしばらく歩くと、龍の里の中で一番栄えている町、花柳町かりゅうまちに着く。ちなみに、私は温室育ちなので、花柳町には数えられる程しか来たことがない。


 ――――大通りに出ると、祭りでもやっているかのような賑やかさに圧倒される。


 甘味処から漂うお茶の匂い。ずらりと並ぶ屋台からは、とても処理のしきれる量ではない種々雑多な香りが鼻の奥で染みわたる。


 幾つになっても、この空気感だけはたまらない。


 ――――駄目だ駄目だ。今日は武鞭の日。ここは我慢しなければ。


「お団子でも食べてから行きましょうか」


 ユキメからの甘い誘い。いや待てよ。コレはもしかして私を試しているのでは? あえて武鞭の前にこの光景を見せ、私が誘惑に負ける雑魚かどうか見極めているのでは?


「どうされました?」


 そうやって心の奥底まで見てるかのような瞳で覗かれる。


 ここで深い深呼吸。そして私は瞑想する。頭の中から煩悩を消し去るのだ!


 ――――ぐるるるる。と、突然ユキメのお腹から動物の唸り声の様なものが聞こえた。


「ユキメ、お主」


 雪の様に白かった頬が、桃を思わせるかのような淡い色で染まっていく。しかし彼女はそれを見せまいと素早く袴の袖で顔を覆い隠した。


「申し訳ありませぬ。恥ずかしながら、朝を食べておらぬのです」


 そういう事か。よいよい! 苦しゅうないぞ!

 ――――心のどこかで、私はそうやって勝ち誇った。

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