26

 ロックウッドが車を発進させたのを窓から確認したサンダースは、手下たちに次なる指示を出した。


「マクローリンを研究室まで移送しろ」

「分かりましたっ。……でもぉ、何のお咎めも無しで良いんですかっ?」


 ガードナーが疑問を口にした。


「まずは仕事をしてからだ。これからもまだやってもらうことはたくさんある。性能アップ、コストダウン……まあ、仕事ぶり次第で考えてやらんこともない」


 サンダースは不気味に、マクローリンに扮するリーサの肩に手を置いた。リーサは目を伏せた。


「出過ぎた発言をしてしまいましたっ。うっかりです。それでは車の手配をしてきますねっ」


 ガードナーはこつんと自分の頭を小突いてから退室する。そして数分後、準備が済んだという報告をしに手下の男が部屋に入って来た。

 すぐさまリーサの移送が始まる。研究室はここから数キロと離れていないところにある、一見そうとは見えないビルの地下室だ。そこまで車を使って移送する手筈である。

 リーサは部屋を出るよう命令され、それに従う。歩くリーサの前と後ろには、それぞれ二人ずつサンダースの手下の男たちが、リーサが妙な行動を取らないか目を光らせている。その割に手錠などは付けられずリーサの体は自由にされている。

 部屋の扉が閉められ、廊下を少し歩いた辺りでリーサは切り出した。


「――あの、すまない。ちょっと、すまない。お願いだから話を聞いてくれないか」


 前を歩いていた男の一人が煩わしそうな顔で振り返る。


「なんだうるさいなあ」

「ああ、やっと。いえ、恥ずかしいことだがトイレに行かせてくれないか? ずっと逃げ回っていたものだからする暇がなかったんだ」

「知りたくもねえ汚い話をするんじゃねえ。一日我慢してたんだったら、あともうちょっとくらい我慢しろ」


 そうはいかない。リーサは小声で言う。


「いや、もうさすがに限界だ。それに大きな声では言えないんだが、……大きい方なんだ」

「は? 何だって?」

「いや、もういい。大便がしたいんだ私は」


 リーサは、今度はさすがに叫ぶほどではないが声を潜めずに言った。結構恥ずかしい事だが背に腹は代えられない。父の姿で言ってしまったので、父に申し訳ない気持ちも湧くが今は引っ込める。


「良いのか? 車の中で困るのは君たちの方だぞ?」

「ええい、分かった分かった。早く行ってこい!」


 それから五人は、連れ立ってトイレの前までやって来た。トイレの中にはさすがに五人も入れない。用を足す人間に加えて、あと二人ほどは入れるスペースはあるものの、男たちは誰も入りたがらなかったので、リーサは一人でトイレに入ることになった。


「早く済ませてくれよ」


 手下の男の言葉を背にリーサは扉を閉めた。

 トイレの中は至って一般的。人が出られるような窓も当然ありはしない。窓自体はあるにはあるが、とてもじゃないが人が通るには不十分だ。

 リーサはドアの鍵をかけた。

 さて、ここからリーサはどうやって脱出するのかというと、この上もなく簡単な話である。


 その一、リーサは懐から、ぐっすり眠っているハムスターを取り出す。もちろんそれは先刻気絶させたキングスの下っ端である。

 その二、リーサはそれをもとの姿ではなく、マクローリンの姿へと変身させる。それが完了したらトイレに座らせる。

 その三、に移る前に男のズボンとパンツを下にズリおろす。見たり見なかったりする。

 やっとその三、窓を開ける。

 そしてその四、小鳥に変身したリーサは飛び立ち、悠々と窓から脱出する!





 それから数分後のトイレのご様子。何故自分がトイレに居るのか分からないが、とりあえずドアを開けてしまった男であったが――。


「早く歩けマクローリン。どれだけ待ったと思ってるんだ」

「……何の話だ? 俺の名前はマクローリンじゃないぞ」

「またさっきのが始まったよ。お前がマクローリンだってのは明白なんだよ」


 男は腕を強く引っ張られる。ただ事ではない雰囲気に男は焦り始める。


「い、いや待ってくれ、何かの間違いだ。俺はマクローリンじゃない」

「ハイハイ、聞いた聞いた。ボスが目の前じゃなくなるとこれかよ」

「おいやめろ! どこに連れて行く気だ!」


 ――叫びは届かず、男はそのまま車まで連れて行かれたのだった。




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