3

「リチャード・ロックウッド、見ての通りしがない賞金稼ぎさ」


 彼はそう名乗った。


 ゴールドレイク市、メインストリートに面するとある場所にキングスの本拠ビルはある。表向きはとある小さな企業の事務所ということになっているそれは、世界各国で活動しているという割にどことなく小汚い五階建てのビルだ。

 アポイントメントを取ったのは数分前だったが、ロックウッドはボスとの面会を許された。

 本拠ビルを訪れると、一階の応接室に通された。ふかふかのソファーに腰かけること数分、数人の男たちを従えてボスが入室した。ロックウッドは立ち上がり、さっきの挨拶をした。


 ロックウッドは、まだ金も名誉もない売り出し中の賞金稼ぎであった。

 超能力者の出現で治安の悪化した現代では、それほど珍しい職業ではない(もちろん無能力者が賞金首になることもある。また賞金を懸けるのは政府や自治体に限らず、裏社会の非公式なものまである)。もっとも好き好んでこの仕事を選ぶ人間は多くないが。

 ロックウッドは表の仕事だろうと裏の仕事だろうと、気に入ればやるし気に入らなければやらない。

 愛用する武器はリボルバー。特技は早撃ち0,3秒。好きなものは美女と金。苦手なことは貯金。現在絶賛彼女募集中。

 そしてロックウッドは続けた。


「まさかボス自らが相手をしてくださるとは」


 あのキングスのボスなのだから、ロックウッドも名前は知っていた。どこぞでは『アメリカで最も危険な男』と呼ばれていることも。だが、知っていたのはそれくらいだった。

 ディーノ・サンダースはいかめしい顔をした禿頭の四十前後の男で、筋骨隆々であることはスーツの上からでも分かった。如何にも犯罪組織のボスという威圧的で、しかしそれでいて威厳を感じさせた。これがキングスを立ち上げ、わずか七年の内にここまでの規模に成長させた男の姿だった。


「それこそ、お前も仕事熱心だな。情報はあれだけでは不足か?」


 サンダースはソファーに腰かけながら言った。

 話し方からは何もうかがい知ることはできない。わざわざ話を聞きに来たのを鬱陶しがったり面倒くさがっているのか、あるいは歓迎しているのか判別つかない。

 ロックウッドは言葉を選んで話す必要があると思ったが、けれども臆せずに言った。


「あんたも分かっているとは思うが……、情報はいくらあっても多すぎるということは無い。それに俺は無能力者、相手が超能力者とあってはこれまた命がいくつあっても足りない。ターゲットを仕留め、生きて帰るためには必要なんだ。どんな些細なこと、例えばちょっとした癖なんかも防弾チョッキなんかより遥かに助けになる」


 表向きはそういうことを聞きに来たことになっている。もちろん聞けたら聞けたでロックウッドは仕事がやりやすくなる。だが裏の狙いはまた別、キングスに探りを入れに来たのだ。


「もっともだ。今すぐ、ターゲットと親しかった奴らに聞いて回るとしよう」


 ディーノはそう言って、彼の後ろに立っている男の一人に顎をしゃくった。命令された男はスマートフォンを取り出しながら退室した。

 意外とサンダースは素直にロックウッドの要求に応えた。あの不親切な情報はただのミスだったのだろうか。


「ところで、お前は今まで何度、超能力者と戦ったことがある?」


 サンダースの質問に何か意図があるように思えなかったので、ロックウッドは正直に答えた。


「超能力者だけなら四度ほど――人数にして二人だ――まあ、きちんと仕留められたのは一度だけだが……」


 そのとき、ロックウッドにはサンダースが少し笑ったように見えた。


「上出来だ」


 サンダースがロックウッドの腕を認めたのは間違いないだろう。実際、無能力者が超能力者と戦って生きて帰る確率というのは、その能力者の能力にもよるが二割と言われている。勝つ確率だともっと下がって一割にも満たない。このデータはアメリカ軍の調べ他、各国の軍のデータでもほぼ同じ数字なので確かと言っていい。

 ――これが周知されているおかげで、ロックウッドが超能力者を仕留めたのはまぐれだと思っている業界人は多い。しかし、さすがと言うべきかサンダースの人を見る目は確からしい。

 ロックウッドの方も、加えてサンダースに質問した。


「一応聞いておきたいんだが、ターゲットは今どのあたりに居るんだ? 見当くらいは――」

「ゴールドレイク市内だ」


 サンダースはロックウッドが完全に言い切る前に答えた。ロックウッドは訝しんだ。


「必ず? いや、あんたを疑ってるわけじゃない。だが市内に居ると分かってるなら、わざわざ賞金稼ぎを使う必要は無いだろう? 場所は分かってる。距離も近い」

「当然の疑問だな。まず一つ目の疑問に答えてやろう。市内に居ると分かるのは、奴らがまだ市内に居た時点で、うちの超能力によって市外に出られない様にしたからだ。これはついさっきのことだ」


 ロックウッドは思い出した。確かサンダースの超能力は目には見えない壁を作り出す能力だと、どこかで聞いたことがあった。その壁はミサイルでも傷一つ付けられないとか。一応、別人の仕業だという可能性も残るが……。だが、まさかゴールドレイク市を丸々囲える程巨大な壁を作り出せるとは思わなかった。


「二つ目の疑問だが、六人のターゲット中五人が超能力者、まあ単純に数が多いという話だ。市全部をあまり長い時間壁で囲っていると商売に支障を来すからな」

「なるほど、答えてくれて感謝するぜ」


 本当のところ、疑問はまだ残っていた。五人の超能力者を相手にするなら人手は多い方が絶対に良い。

 がしかし、キングスも数人の超能力者を擁している。よそ様を頼って借りを作り、付け入る隙を与えるほどの事なのか。

 また、自分たちだけでは解決できないと周りに伝える行為でもある。メンツの問題だけでなく、ロックウッドみたいに何かあったと思う人間が他にも出てくるだろう。

 そして本当に『何かがあった』場合、そいつは自分の首を絞めるのではないか。

 しかし、それでもキングスはあのサイトに情報を掲載し、賞金稼ぎを募集したのだ。

 余程のことがあの六人の賞金首にはある。あるいは、キングスに今、何かが起こっている。


 だが、ロックウッドはそれについて何も聞かなかった。さっき質問した時、サンダースは眉一つ動かさなかったが、その後ろに立つ男の一人がわずかに表情を強張らせたのをロックウッドは見逃さなかった。

 彼は謎については気になるところだったが、この場は引くことにした。この場で下手なことを聞いて自分の命が危うくなったりしたら、こんなに馬鹿馬鹿しいことは無い。あまりにも早すぎる。探るにしても、もう少し慎重にバレない様にする方が賢明だ。


「……さて、それじゃそろそろおいとまさせてもらうとしますか」


 ロックウッドはソファーから立ち上がった。


「……いや、待て」


 サンダースは何かに気が付いたようにロックウッドを引き留めた。

 ロックウッドは自分が何かマズいことをしでかしたのかと、今までの行動を思い出す。


「連絡は例のサイトに掲載されている電話番号かメールアドレスにすればいい。こちらもお前のアドレスにメールを送る。だが、一応こいつを紹介しておく」


 サンダースはスマホを取り出し誰かと電話する。ロックウッドは自分に落ち度がないと分かり胸を撫でおろした。通話が切れて一分もしないうちに、外からドアをノックする音が聞えてきた。

 サンダースが入室の許可を出すと、一人の少女、いや美少女が恭しく部屋に入ってきた。

 ロックウッドは持ち前の悪い癖で彼女の品定めをする。十代後半、下手すれば高校生くらいか。顔は童顔、胸は女性らしさを一応感じさせるくらいにはあるがロックウッドには物足りない。

 特筆すべきは頭髪で、ツインテールにされた髪はピンクに染められていた。その割には服装はクラシカルなメイド服と、なんというか清楚というよりこだわりのあるコスプレイヤーという風体の美少女だった。


 コスプレ美少女はロックウッドに気が付くと、太陽のような笑顔で手を小さく顔の近くで振って挨拶した。免疫のない男ならイチコロだろう。

 かくいうロックウッドも、彼女の胸がもっと豊かでもう少しだけ歳を重ねていたら危なかった。するとこんなところで女性を口説くという危険を冒すところだった。もし、彼女がサンダースの妾だったらどうなっていたことか。


「こいつはテレパシー能力者だ」


「はい! ご紹介に預かりました、テレパシー使いのマリア・ガードナーです! 一度会ったことのある人なら、たとえ地球の裏側、地中、海底、さらにはどこに居るか分からなくとも念話できます! ちなみに音質はハイレゾ並みです!」


 ガードナーは、にっこり朗らかに挨拶ついでに自身の超能力の解説をした。ロックウッドも名乗り返した。

 二人の紹介が終わるとサンダースは言った。


「俺はお前を買っている。だから迅速な情報伝達のため、こいつが能力を使って直接お前と連絡を取る場合もある。覚えておけ」

「そいつは有難い限りだ」


 ロックウッドは自分の腕には自信があったが、サンダースの発言を真に受けることはしなかった。むしろ警戒心を強めた。

 普通キングスに限らずこういった犯罪シンジケートは、自分の所に所属している超能力者の数とその能力、そして誰が超能力者であるのかを絶対外部に漏らさないよう努めている。

 理由は犯罪行為を円滑に進めるため、ライバル組織との抗争で有利に立つため、暗殺や引き抜きをされないようにするためなどである。先ほどもサンダースは壁の話をしたが、誰が能力を使ったかは伏せていた。

 なお、いくら努力して優秀なスパイや超能力によって漏れてしまう時もある。本人の超能力が派手だったり強すぎる場合にも(サンダース自身が良い例だ)。


 しかしサンダースは、今しがたあっさりテレパシー能力者をロックウッドに紹介したのだ。

 ロックウッドはサンダースにこう言われたような気がした。


『余計な真似をすれば殺す』と。


 わざと爆弾情報をロックウッドに握らせ警告しているのだ。それに迅速な情報伝達とは言うが、要はこちらの動向を知りたいということだろう。

 ロックウッドは思った。やはりさっきの質問はマズかったらしい。


「えへへ、よろしくねっ」


 そんなロックウッドをお構いなしに、ガードナーの方はウインクしてきた。さっきから立ち居振る舞いが犯罪集団に似つかわしくない少女だ。

 長居は無用だ。どころかあまり長居していると寿命が縮まりそうな気がしてくる。


「それじゃ今度こそ。そっちもシンジケートの人間を回すんだろうが、こっちはこっちのやり方でやらせてもらうぜ」

「構わん」


 果たしてホントに構わんのかな?

 返事を聞いたロックウッドは退室し、自分の車に戻った。




 シートに座ると、また例のサイトにアクセスしてターゲットの情報の再確認を始めた。

 さて、誰から狙いを付けるか。ターゲットは全員市内に居るということだから、机上では適当に走り回って見つけた順から倒していくということも可能だが、やはり倒すべき順は相手の能力で決めるのが一番だろう。後に残すと厄介な奴を真っ先に仕留めなければ。

 それを念頭に置きながらロックウッドはターゲットのリストに目を通した。


 クロード・デューク。

 肌が浅黒い二十代の男。能力は自身を透明にすること。


 ハインリヒ・ランゲンバッハ。

 肌が白く金髪碧眼、三十代前半の男。能力は対象に幻覚を見せること。


 ミランダ・バリモア。

 二十代黒髪の女。あまり美人とは言えない。睡眠中、夢として未来に起こるワンシーン見ることができる。


 ライアン・アーチボルド。

 筋骨隆々、茶髪の男。歳は三十代。能力は分身。


 ドナルド・ランドン。

 歳は二十前後、金髪の男。能力は変身。


 以上五人が殺害依頼の出されている超能力者。

 相変わらず不足気味の情報と、相手にするには厄介な能力ばかりだ。

 そしてこれに加えて最後の六人目、ジョージ・マクローリン。こいつだけ事情が違う。

 この五十前後の少し老け顔の男は無能力者で、しかも唯一依頼が殺害でなく身柄の確保だった。

 対象がどういう奴らかはロックウッドに興味はない。一般人だとマズいが、大方どこかの犯罪組織の連中だろう。だとすると不足気味とはいえ、能力の情報はさすがキングス良く調べたというべきか……。

 賞金は全員同額の50万ドル。言わずもがな破格の金額。相場の倍近い。余計にきな臭さを感じさせる額だが魅力的でもある。


 さて。

 ロックウッドは考えた。マクローリン、この男は最後に回そう。連れまわすとお荷物だし、一々キングスの本拠ビルに戻るのでは時間がかかる。やはり最初に仕留めるべきは未来予知能力者のバリモアだ。未来の情報は大きな武器だ、奴らに与えっぱなしにしてはならない。

 後は見つけた順で構わないだろう。とっとと俺の手で仕留めなければ賞金の取り分が減っちまう。……もっとも、そう何人も相手はできない。二人が限度か。

 さあ、行動の方針を決まった。ロックウッドはいよいよ発とうとハンドルを握る。その時だった。


「ちょっとーっ!」


 向こうの方から女の声がした。後ろを振り返ってみると、女が手を振りながらこちらに駆け足で向かってくる。その手にはクリアファイルが握られていた。

 ロックウッドはその女の顔を見たことがなかった。知り合いでもないし、さっき本拠ビルでも見かけなかった。しかし、見たところ大事な書類か何かを渡すためにボスが遣わせたらしい。

 わざわざ書類で? そんな疑問もあったが、正直そんなことは些細なことだった。

 何故ならその女が美人でスタイルも良かったからだ。加えて着こなしもセクシーだ。『駆け寄ってくる』姿に目を奪われる。何か理由を付けて助手席にご同行願おうか、なんてことも勿論冗談だがロックウッドは考えた。だが連絡先の交換くらいはバチも当たるまい。これは本気。


 セクシーな美女は運転席の横までやって来た。息が少し荒く、頬も紅潮していた。

 そればかりでなく、セクシーな美女はぱっくり胸元の開いたブラウスの襟をぱたぱたさせて扇いだ。おかげで、ロックウッドは彼女からファイルを受け取る時、手元を見ずに彼女の胸元に集中せずにはいられなかった。


「中身の確認をお願いね」

「ああ……」


 ロックウッドは生返事だ。精々、『確認は後でも良いのだが、適当に理由付けて美女と一緒に居られるからラッキー』程度のことを考えるだけだった。

 しかし、あまり露骨に覗きすぎては嫌われてしまうかもしれない。ロックウッドは一応ファイルの中身を取り出した。


「ターゲットの写真よ。色んな角度からの」

「なるほどありがとね、人の顔ってちょっと角度変わるだけで印象ガラっと変わるからねえ」


 写真は数枚あった。ロックウッドは上から順に確認しながら、セクシーな美女に連絡先の交換を持ち掛けた。


「えー、どうしようかしら」

「今度ドライブでもしようぜ。俺って結構いい男だぜ?」


 もちろんドライブの後は――っ!

 言いながらロックウッドはまた一枚、見終わった写真を一番下に送る。

 いよいよ次が最後の一枚になった。もうこのセクシーな美女との時間もお終いかもしれない。残念に思いながら見終わった写真を一番下に送る。次の写真は、写真ではなくロックウッドの顔が描かれた絵だった。


「ドライブの相手は地獄で探しな!」


 女が叫びながら銃を抜く! どんな素人でも絶対に外さない距離。

 刹那、ロックウッドは咄嗟に銃を持つ女の手を掃った! 女の放った弾丸はあらぬ方向へ飛んでいく。次の瞬間、ロックウッドは女が二発目を撃つより早く、腰元から銃を抜いて女の胸をぶち抜いた!


 女は倒れて動かなくなった。どうやら敵の回し者だったらしい。ロックウッド得意の早撃ちが火を噴き、なんとか撃退できたがロックウッドは冷や汗をかいた。


「絵を見て驚いた隙を狙おうとしたんだろうが馬鹿だねえ。もっと意識を奪われてたシーンがあったっていうのに」


 ロックウッドは鼻で笑って独り言を漏らした。

 しかし面倒なことになった。ロックウッドの存在は、既に未来予知能力者によって知られてしまっているらしい。しかも、ターゲットの協力者まで居ることが今ので分かったのだ。

 ロックウッドはため息をついた。


「命を狙う側が真っ先に命を狙われてしまうとはなぁ。今回は骨が折れるぜ」


 正直、骨が折れるどころの騒ぎではない。もはや強がりの域だ。実際、もしロックウッドの反応が一瞬でも遅かったら、相手が間抜けでなかったら、今頃ロックウッドの命はなかった。


「しかし俺だから反応できたのと違うか?」


 死んじまったらどうしようもない。だが、ピンチは乗り越えてこそのものでもある。やる前から諦めるロックウッドではない。

 それに、向こうから仕掛けてきた以上傍観者でいさせてはくれないだろう。今回はいつにも増して飛び切り危険な仕事になってしまったが、ロックウッドの選択肢は一つだった。


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