なんてね。

長月龍誠

 心惹かれる物語に憧れる。だが、憧れるだけではない。


 薄暗さが残る早朝。今日も俺は、物語に出会うため旅へ出る。


 ◇


 甲高い音が教室を駆ける。


 俺はいつの間にか高校二年生だった。

 平日には高校へ行き、休日には家でだらだら過ごす。それをただただ繰り返す。

 くだらなくて、つまらなくて、俺はありきたりで普通すぎる日常に飽きていた。

 そんな俺は、もちろん非日常に憧れていた。どうすれば日常に非を付けられるか。そんなことを考えていると、聞き飽きた声が俺の耳に届く。


「おいかえで! 昼飯食おうぜ!」


 相変わらずの無駄にうるさい声。黒板の前の席にいる唯一の友、桜田修斗さくらだしゅうとは俺の席へと向かってくる。


「もうそんな時間か」


 時計を見ると昼食の時間になっていた。なんだか最近は時間が経つのが早い。

 俺は机の横にあるリュックから弁当を取り出し準備をする。こんなことも今まで何百回やってきたのだろうか。

 俺は弁当を机に出し準備を終わらす。いつの間にか机を俺の前に移動させていた修斗は、既に弁当をガツガツと食っていた。

 俺は箸を持ち、母がつくった卵焼きを食べようとすると、修斗が何か呟く。


「いやー、非日常って憧れるよな」

「……なんだよいきなり」

「最近本読むのにハマっててよ」

「お前がか?」

「オレがよ」


 冗談ではないのか。俺は修斗が本を読んでいるとこを想像し、笑いそうになったのをぐっと堪えた。


「本なんて珍しいな」

「実はな、妹がオレに小説を勧めてきたんだよ」


 そういえば、修斗に二歳下の妹がいることを忘れていた。妹について聞きたいが、今はこのまま話を聞こう。


「その本が綺麗な表紙でよ。妹のプレゼンを聞くとなんだか興味が沸いて。それで、厚さも薄くて読みやすそうだったから読んでみたんだわ。そしたらもう何百ページって進める手が止まらなくってよ。時間なんか忘れて一日で一冊読んじゃってさ。その日から妹の本いろいろ借りてんだけど、読むたびに非日常を体験してる感じで見事にハマっちゃったんだよ!」 

「おうそっか。良かったな」

「それでさ、本の非日常感をオレも味わってみたいんだよ」

「おうそっか。良かったな」

「……ちゃんと話、聞いてるか?」


 話が長いんだ修斗。俺は少しの間を空け、返事をする。


「大丈夫、聞いてる聞いてる。今日の日にちを知りたいんだっけか」

「……非日常感を味わいたいんだよ。なあ、楓。どうすればいいと思う?」


 修斗は真面目な顔をして聞いてくる。目を見るな。俺が分かるわけないだろ。俺にも分からないんだ。

 俺は目をそらし「どうすればいいだろうな」と雑に答えると、修斗はガサガサと机をあさっては何かを取り出し、俺の目の前に突きつける。


「まあとりあえず楓も読んでみろよ! さっき言ってた本持ってるから貸してやるよ!」


 本は苦手だが、見せられた表紙の美しさに、俺は少し気になってしまった。


「……いいのか?」

「おう! オレの寛大な心に感謝しろよな!」


 ……たまにコイツは余計なことを言う。馬鹿な証拠だ。


「ほら! 明日までには読んで返せよな! 絶対読めよな!」

「明日までって、少し無理が――」

「明日までにちゃんと読めよ!」


 修斗は強引に本を押し付けてくる。寛大な心ってなんだっけか。


 ◇


 旅の日、日曜日。今日も予定は無い。思う存分に旅ができるだろう。俺は胸を躍らせドアを開ける。吹き抜ける微風は、旅の香りがする。俺は物置から自転車を取り出した。

 俺は決まって自転車で移動する。ほんの少しの旅。

 俺は目的地へと走らせる。


「こんにちわ!」


 住宅街を散歩しているおばあさまに、柄にもなく挨拶をしてしまった。それほどまでに、朝は気持ちがいい――。



 俺はブレーキをかける。ゆっくりとスピードを落とし、協調性のない入り口の前に止まる。10分漕いだら着いてしまう、最初の目的地は公園だ。

 午後には、親子や学生が集まる公園。だが、そんな面影も朝にはなく、少し不自然なものを感じる。朝早くに来すぎてしまった教室のようだ。


 優越感に浸りながら、俺は公園に入っていく。葉が枯れ始めている木を眺め、道の落ち葉を踏みつけ、俺はちょっとした場所へ向かう。


 俺は遊具の中にポツンとあるベンチに座り、深呼吸をして朝の空気を味わった。

 背の高い時計に目をやると、小さな針は五を指していた。次の目的地まで時間はたっぷりある。

 この公園には誰もいない。気付けば体の力が抜けていき、俺はベンチで横になり目をつむった。視界が閉ざされた中、こんなことをするようになったきっかけが暗闇から浮かび上がる。


 ◇


「……今、何時だ?」


 俺はつい寝てしまっていたらしい。

 定まらない視界の中、テレビの上の時計にピントを合わせると、そこには信じがたい事実があった。


「に、にじ……」


 夜の二時。いや、もう朝の二時なのだろうか。

 俺がのは十七時ぐらいか。帰ってきてすぐソファで寝てしまったと考えると――。


「七時間ぐらいか?」


 意外に寝てないか。いやいや、一時間だけ寝るつもりだったのが何倍にもなっていると考えれば、これは焦るべきだ。


「俺、疲れてるのかな。とりあえず……片付けるか」


 床へと転がり落ちてソファから脱出する。焦るべきなんだが、なぜか体は思うように動かない。

 全力を注ぎ、俺は重いリュックと足を引きずりながら、階段を上って自分の部屋へ移動する。


 俺は吸い込まれるように部屋のベッドに座り、瞼が落ちそうなのを堪え、リュックから教科書を片付ける。

 眠い目をこすりながら、なんとか教科書を出し終えると、リュックの底には見覚えのない本があった。


「これは、なんだ? ……小説、俺がなんで小説を」


 普段、俺は小説を読まない。あまり勉強ができない俺にとって本を読むこと、ましてや小説を読むことは結構キツイ。だが、そんな俺でも読もうと思ってしまった。


「表紙、綺麗だな」


 本が教科書に埋まってたからか、長くそこにあったからか、表紙にはしわが付いている。それがまたいい味を出していた。


 小説を読むときに表紙を見て読もうか判断するのはおかしいかもしれない。でも、俺は素直にこの表紙を見て読みたいと思った。


 この小説、読んでみようか。


 ◇


 俺は、なぜリュックに入っていたか分からない小説に出会い、その小説がきっかけでこんな旅をするようになった。


 その本では、主人公も俺と同じ退屈な人生を歩んでいた。しかし、そんな主人公は、ある日旅することを決意する。野原や街、旅の中では沢山の物語が生まれていった。

 きっと、主人公が動かなければ、つまらない小説になっていただろう。主人公が寝てるだけの小説だ。


 なんで俺のリュックに小説なんてあったんだろうか。それは今も謎だった。だが、俺は謎のままでいいと思っている。

 本との不可解な運命の出会い。そこに、ロマンチックで非現実というのを感じられた。

 旅のきっかけをくれたこの小説は、旅をする時には必ず持つようにしている。


 ――今は何時だろうか。眉間にシワを寄せて、なんとか俺は目を開ける。


 その時、息が止まった。


 なぜだか、おでこが当たりそうな程の目の前に、少女がいた。


「あ、起きた」

「……は?」

「おはよー、楓くん」


 刹那に起きたこの出来事に、上手く頭が回らなかった。謎の少女が、俺の顔を覗きながら笑顔で喋りかけてくる。


「ねえ、知ってる? あの噂のこと」


 あの噂とは……なんのことなのだろうか。反射的に記憶を辿っていると、突然謎の少女は俺の腕を掴む。


「な、なにすんだよ」

「ちょっと着いてきて」


 腕を引っ張ろうとしているのを感じ、俺は急いで体を起こした。案の定、謎の少女は俺を引っ張りどこかへ走る。もう何がなんだか分からず、俺は付いていくしかなかった。

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