時止め時計
はんぺん
時止め時計
男は父の遺品を漁っていた。とは言っても、何か金目の物を探している訳ではなく、単純に思い出の品を見つけては感傷に浸っていたかったのだ。男が大分前にあげた手紙や贈り物の中、見覚えのない腕時計が入っていた。何とはなしにその時計をつけてみる。時刻は間違っており、傷もかなり多い。しかしまだ動いてはいたので、男は時計の時刻を直すことにした。大前提男は直すことが出来るのかも分かっていなかったが、適当に弄くっていればいつか直せると思い、あらゆる所を押していた。男が時計の横にあるくぼみを押すと、カチッという音と共に静寂が訪れた。男が部屋を見渡すと、部屋の時計が止まっていた。秒針の音が聞こえないからだとも思ったが、今日は休日であるのにやけに静かだった。いつもであれば子供たちが元気に遊んでいる頃である。男はもしや時が止まったかと、そう感じるほどだった。一応男が冗談混じりに外を見た。しかし男の考えた冗談は本当の事となっていた。
まるでこの世が何かによって止められているように、全ての物が静止していた。車や通行人、風で反れる木々などがそのまま止まっていた。その中で動ける男はまるで自身が絶対的権力を持っているように感じるようになった。何をしても許されるその空間では、男は盗みも痴漢も何でも出来た。抵抗があったのはたった最初の一回だけであった。
男は食料を盗み、自分の部屋に戻った。改めて時計を見るためだ。特に何も異常はなく、いたって普通の時計だった。しかし、男がつけている時計のみが動いていた。決して男が身に付けているから起きる現象ではなく、付けようが、外そうが、遠くに置こうが時が進むことはなかった。この時計は高性能だと男は思った。このような傷を負っても動き続ける耐久性と、時を止める不思議な力。古そうな時計に似合わない温度計まで付いていた。「24」と表記されている。時の止まっている今では使えないが、この時計がかなりの性能を持っている事を男は確信した。その上で男はさらに悪行を重ねるのだった。
しかし男はだんだんと飽きてきた。車も動かせないので、あまり遠くは行けそうにもなく、ネットも繋がっていないので娯楽もしようがない。男のストレスはたまっていく一方で、そのたびに男はまたなる犯罪をするようになった。
男は不健康な生活を続けていたせいか、病に倒れることとなった。男は無様に通行人に助けを求めた。しかし通行人は何の反応も示さない。男は長く使っていなかった声帯を奮い立たせ、大声で助けを求めた。
「お願いだ!助けてくれ!」
その声に反応するかのように、通行人はゆっくりと動き始める。男は喜び、歓喜の声を漏らそうとした瞬間、男は息絶えた。
完全に世界が動き始め、男はすぐに病院に運ばれたが、既に死んでいる事が確認された。そして男の葬式が終わり、男の遺品にはあの時計があった。時刻は今とぴったりの時刻で、気温だと思っていた数値は「0」を指しているのだった。
時止め時計 はんぺん @nerimono_2
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