ノックの音が3

ジュン

第1話

ノックの音がした。

ここは病院の一室だ。胃ガンで入院していた中原加代子は、今日が退院の日だ。

「加代子さん、どうですかご気分は」

看護師が尋ねた。

「おかげさまで元気になりました」

加代子はそう答えた。

加代子は続けて言った。

「主治医の木島先生には感謝してもしきれません」

看護師は言った。

「木島先生が後ほどおみえになります。退院する前に様子を見たいと言っています」

しばらくして木島が現れた。

「木島先生!」

「こんにちは、中原さん。ご気分の方はどうですか」

「最高です!」

「そうですか。それは良かった」

加代子は言った。

「先生、お礼にお食事でもどうですか」

「いやいや」

「なにかお礼をさせてください」

「いやいや」

中原はしつこくきいた。

「先生はご結婚されているのですか」

「ちょっと、失礼します。急患が入ったようなので」

木島医師と看護師は病室から出ていった。

木島は看護師に言った。

「中原加代子はどうも転移しているようだ」

看護師は言った。

「え!あんなに元気そうなのにですか」

「うん。陽性転移だ」

「どこに転移しているんですか」

「頭の中だ」

「悪性脳腫瘍……」

「ははは」

木島は笑った。

「そうじゃないんだよ……」

木島は続けて言った。

「中原さんは、夫を事故でなくして寂しいんだろうな。中原さんにやさしく接する私に恋愛感情をいだいてしまったようだ」

看護師は理解した。

「『転移』、『陽性転移』って、精神分析の用語の方ですか」

「そう」

木島はそう言ってその場をあとにした。

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ノックの音が3 ジュン @mizukubo

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