17.これからの事

 黒装束の襲撃者を撃退して休憩をいれているエリナさんと僕。

 本当は休んでいる場合ではない。速やかに離脱しないといけないんだ。でも今は無理だ。

 その理由は僕にある。僕の異能は使った後反動がある。

 異能解除後に動けなくなるんだ。本当に動けなくなる。動きたいのだけど動けない。まるで深海の圧力に負けている感じが近いのか。本当に動けない。

 異能の使い方によって動けない時間はまちまちだ。反動があるときに襲撃されたら僕は何もできない。本当に危険な異能だよ。

 でも、エリナさんによると異能の熟練度を上げる事で動けない時間は短縮される可能性があるみたいなんだけど。

 そんな深刻な反動はあるけど恩恵のほうが大きい。

 相当な実力者の集団である相手を手玉にとれたんだから。そこは単純にすごい事だ。本当に圧倒できたからね。

 エリナさんを殺害しようとした集団はどうやらこの周辺ではトップクラスの実力者らしい。僕凄くないか。

 そんなに圧倒できたのだから行動不能ではなく殺害する選択肢もありだったとも思う。何しろ奴らはエリナさんの護衛官を殺害したのだ。許せない相手だ。

 だけど殺す事はできなかった。

 正直な所、僕は自分の能力を測りかねている。まだ所有している異能に慣れていない。暴走するのを抑えるのがやっとだった。結果としては圧勝だったけどギリギリだと思う。自信もって伊能を制御しないといけない。

 だから、あの状況では行動不能にしただけでも最善だよ。今後は異能を頻繁に使って熟練度を徐々にあげていこう。反動が酷いから安全な時でないと訓練は難しい。なかなか大変な異能だと思う。

 本当に加減が難しい。今回の戦闘であれ以上の時間異能を使っていたら反動がもっと酷かったと思う。

 未だに加減が分からない。反動は異能使用時間に比例する。それ以外にも異能で能力上昇を高くしても反動は比例する。これも経験済み。

 どっちにしても異能を自分のものにするためには訓練するしかないみたい。僕の異能はそんな能力らしい。

 

 そんな事考えながら反動が解除されるまで休憩中。対して役に立たないかもしれないとエリナさんは周囲を警戒してくれていたようだ。黒装束の襲撃者は近づいてこないみたい。

 唐突に体から圧力が抜ける。異能を使った反動時間が終了したようだ。体も思考も通常に戻る。今回は結構短かったみたい。


 エリナさんも警戒してくれていたけど僕も念のため確認する。目で見える範囲では近づくモノはいない。不審な相手はいない事に安堵する。


 反動が終わるまでの休憩では僕は何があったのか殆ど覚えていない。今回は思考加速も上げたからね。短時間で圧倒するためには仕方なかったんだ。

 仕方ないさ。思考加速後の反動は・・・仕方ない。

 今回もエリナさんに微笑みながら言われたのだけど。反動中は幼児程度の行動になっているみたいなんだ。

 ・・・幼児って・・・・どんな感じだったの?

 かなり・・恥ずかしい・・・。

 エリナさんに結構甘えてしまったようで、エリナさの微笑みが・・・・。恥ずかしい。今後は思考加速は控えるべきか。でも全力でないと勝てなかったとも思う。

 悩ましい。

 だって通常でも力のない僕だ。異能を使って戦うしかない。死ぬよりマシだ。

 エリナさんは変わらず微笑んで気にしていないと言ってくれたけど・・・・反動が酷すぎないように、迷惑かけないようにしよう。

 ホント、異能の使い処は注意しよう。


 肝心な事は異能を理解する事だ。どの程度の反動くるか把握できるようにしないと。周囲はいつも安全とは限らないし。

 結局は使って慣れろという事なんだろうな。

 異能を理解し、慣れてくるとスムーズに発動できたり、反動も少なくなってくるとエリナさんは説明してくれたんだ。

 熟練度を上げてし反動は最小限にしないと。

 反動から戻ってきた僕を見ているエリナさん。なんか接し方が少し変わったような気がする。いや・・顔が少し赤いんだよね。目線もあまり合わせてくれないし。

 ・・・・嫌われたか?・・・もね。幼児のような行動を見せちゃんだしね。謝罪はしたのだけど気にしていないと言ってくれた。でも困らせたんだろうな。マジでゴメンナサイ。

 だから、何かやらかしたと思って聞いたのだけど。教えてくれない。不安しかない。

 あ~恥ずかしい。だけどもう過ぎた事だ。仕方ない。

 本来の目的に集中!

 うん!

 気持ちを取り直して僕はエリナさんの侍女さんを探しに東の方向に歩く。勿論エリナさんも一緒。・・・・でも距離感が近い気がするんですけど。?。ああ・・・周囲を警戒しているからデスネ。

 侍女さん探すぞ。

 

「侍女さんが向かったのはこちらの方向で良いのですよね?」

「はい、向かった方向は一応見てはいたのです。ですが真っすぐ東を走り続けたかまでは確認していないのではっきりとは・・・」

「ですよね。何か方法はないですかね。・・・あ、そうだ。潜在的には僕はかなりの異能を持っていると言ってましたよね?その異能に侍女さんを見つけるために必要な異能はありましたか?」

「その異能があれば使って頂きたいです。残念ですが私は暫くの間”啓示”の異能は上手く使えないのです。これは昨日”祝福”を使った反動なのです。凡そですけど明日までは正確な診断はできません。これは内緒でお願いしますね」

「やはり反動はあったんですね。では”祝福”の異能自体を僕は全く知らない事にします。簡単に知られて良い異能では無い事はわかります。大丈夫です。もともと記憶が無いんですから」


 僕は腕に力こぶを作りながらアピールする。やっぱり反動はあるんだと思う。便利な異能程反動があるというのは本当みたいだ。

 昨日”祝福”を使ったというのは僕の”快癒”の異能を発現してくれた時か。その反動か。”祝福”を使うと暫く異能が使えないというのがエリナさんの反動。異能の種類によって反動の内容が違うんだな。複雑だな。

 異能一つでも知らない事ばかりだ。記憶を無くす前の僕はどこまで知っていたんだろう。聞いても全く分からない事ばかりだ。

 知らないといえば”祝福”には他にも怖い使い方があるとか言っていたのを思い出す。怖かったから聞くのを躊躇ってしまったんだけど。

 エリナさんの反動は理解した。今後僕も気をつけないといけない。侍女さん探索は地道に進めていこう。

 根拠はないのだけど侍女さんの生存確率は低いような気がする。僕は撃退できたけど襲撃者はかなりの手練れだ。無事でいると思う事が難しい。

 エリナさんには申し訳ないから言えない。当たり前だけど実際に確認するまでは言葉にしないつもり。生きている可能性だってあるんだ。希望は失いたくない。

 でも、エリナさんも覚悟はしているような表情にみえる。まだ一日も一緒にいないけどなんとなく分かるような気がする。

 護衛官の遺体は酷かったんだ。侍女さんが無事であることはやっぱり難しい。

 この世界での女性はどんな扱いを受けるんだろう。酷い扱いをうけるのかもしれない。その前に自害を選択する可能性もあるのだろうか。それをエリナさんに聞くには憚りがある。

 地道に探すしかない。

 

「分かりました。それでは森に入るまでは東に向かいましょう。日が落ちる前には一度洞穴に戻るという事で良いですか?」

「構いませんわ。私が無理を言って同行してもらっているのです。そもそもケイさんがいないと外を歩くのも危険ですから」


 了解してもらったのは何より。

 でもずっと一緒にいた侍女さんだと思うんだ。何をおいても消息を優先して知りたいと思う。僕ならそうを思う。

 辛いだろうな。我儘を言いたいのだろうけど堪えてくれるんだよな。

 なんとか見つけてあげたい。生死の有無は分からない。でも見つからないほど辛いものはない。

 僕は周囲を注視しながら歩く。

 エリナさんは外歩きはあまりしていないようなので疲れ気味だ。エリナさんが許してくれるなら背負って帰るつもりだ。

 当たり前ですが変な事は一切考えていない。これは本当に心配しているからの気持ちだ。

 

 色々考え事はしていたけど歩いている最中は誰にも会わなかった。遠目にも人を見る事はなかった。僕の視力標準ですけどね。

 スージの群れを少し見たけど近づいては来なかった。一安心だよ。

 森は既に見えている。日も傾きつつある。森の手前位で洞穴に戻った方がいいかもしれないな。


 そう思っていた頃に少し丈のある草むらに不審な塊を見つける。

 なにかあるな・・・。

 僕は目でエリナさんに合図をする。ここで待機して欲しいと伝えたつもり。

 エリナさんはあっさり理解してくれたようで軽く頷いていくれた。その表情は緊張感がにじみ出ていた。

 周囲に不審なモノはないか確認しながら僕はゆっくりと近づく。

 

 ・・・・やっぱり。

 女性だろう。

 うう・・・。直視しづらい。惨たらしい様だ。顔も殴られたようで腫れていたり血がにじんだりしている。無事な箇所は・・・もういい。

 僕は自分が羽織っている上着を脱いでほぼ全裸の女性を包む。乱れた髪を少しだけ整えた後にエリナさんを呼ぶ。

 エリナさんは緊張した面持ちで近づく。そして目を瞠って僕が抱きかかえている女性を見る。

 侍女さんなんだろうな。人物を確認したエリナさんは無言で涙を流す。体は小刻みに震えているようだ。

 僕は侍女さんの亡骸をゆっくりと横たえてる。間違いなく黒装束の襲撃者達に乱暴され殺されたんだ。連中を生かしておいたことを僕は後悔した。異能の反動を恐れていた事を強く後悔する。あんな怪我では生温かった。

 何故なんだろう。殺意?のようなどす黒い気持ちが湧き出して止まらない。殺すだけでなく自分の欲望を満たすために・・・・・。

 侍女さん辛かったろうな。多分、エリナさんも同じ事を思っているかも。

 気持ちが落ち着くまでは待とう。

 洞穴に戻れるのは夜になると思うけどこれは仕方ない。その間に埋葬するための穴を掘るんだ。僕だけでもしっかりしないと。


 

「ありがとうございます。ケイさんのお陰で見つける事ができました。私の力が足りず助ける事はできませんでした。私は彼女や護衛官達に生かされました。彼らの思いを無駄にしたくありません」


 やや上ずった声でエリナさんは僕に話しかけてきた。それは埋葬のための穴があらかた掘り終わった頃だった。

 振り返ると右眼を真っ赤に泣き腫らした顔があった。不思議と怒りの感情はないように思えた。僕は煮えたぎる怒りを未だに抱えているというのに。強い人だな。僕はまだまだだ。


「そうです生きましょう。今回の件はエリナさんが悪いのではないです。もし僕が彼らと同じ立場だったら同じ行動を取っていました。会ったばかりですがエリナさんには僕の命を懸ける価値がある方です。これ本当ですよ」


 怒りの感情を飲み込んで微笑みながら返事をしたつもり。笑みはぎこちなかったと思うけど。何しろ僕はまだ感情の整理がついていない。襲撃者達の顔を刻み込んで忘れないようにしている。これだけでも絶対覚えておくぞ。


「ありがとうございます。私は幸せ者ですね」


 エリナさんには通常に戻っているようだ。表情はいつものように穏やかだ。うん。これならまずは大丈夫かな。実際には数日引きずるかもしれないけど。

 僕はもっとしっかりとしないといけない。復讐よりも守るべき人を守らないといけない。例え然るべき場所にいくまでの間だったとしても。

 実家からは追い出され護衛の人達まで殺されたんだよ。そんな僕の表情に気づいたのかエリナさんは言葉を続ける。


「今回の事が実家の思惑通りに進んでいたら私は死んでいました。それをケイさんに救ってもらいました。そして私を守って死んでくれた人達を埋葬もしてくれています。こんな見た目の私に良くして頂ける人がいるなんて。贅沢な事だと思うのです」


 僕は言葉にならなかった。なんという気丈さだろう。僕に感謝する事はないと思う。もっと我儘になってもいいと思う。

 エリナさんの今までを僕はよく知らない。でも抑圧された暮らしだった事は容易に想像がつく。とかく女性には優しくない世界だと僕は思う。

 なんとかならないものか。


「僕は大した役に立っていませんよ。エリナさんが決断した事のお手伝いをしているだけです。だから僕に気を使わずにもっと我儘になってください」

「・・・我儘・・・ですか?」

「そうですよ。遥か北の邑にいって自由に暮らしたいんですよね。途中までかもしれないけど僕も手伝いますよ。他にも僕ができる事ならなんでもやりますよ」

「ああ・・・ええ。北ですか・・・。はい。私そんな事言いましたね」

「そうですよ。実家に命を狙われている以上邑には戻れないんですよね?」

「え、ええ。私も実家に戻るつもりはないです。・・・」


 珍しく歯切れが悪い。言い方がまずかったかもしれない。エリナさんが一人で遠い北の邑に行けるのか僕は考えていなかった。

 同行を希望しているのかもしれない。僕は元の世界への帰り方を探したいから遠くは離れたくないのが正直な思いだ。

 うん?エリナさんがまだ迷っている?感じ。もしかして襲撃者の残りを探すつもりなのか?襲撃者は五名だと聞く。僕が対処したのは四名。少なくてもあと一人残っているんだ。

 でもそれは僕の役目だ。絶対に無事には済まさない。あんな事が常識な世界ならぶっ壊してやる。だけどエリナさんは自分が生きる事を最優先して欲しい。


「どうしました?まさか残りの襲撃者を探すのですか?」

「え?私がですか?そんな。それは考えていませんでした。侍女や護衛官が・・・あのような目にあったのは思う所はあります。でも私一人では先ほどの四人に殺されていました。それに残念ではありますけど私に探す術はありません」

「そうですか。そもそも五人かどうかも分かりませんしね。相手が分からない以上無理は禁物ですよ」

「はい。・・・あの・・・ケイさんはこれからどうなされるのですか?」


 エリナさんに襲撃者に対する執念のようなものはなく一安心。でも僕の予定を聞いてきた。そうだよなぁ。今の気持ちを優先させる事もあるけど・・・。

 

「僕のこれからですか・・・」


 なぜか期待に満ちたエリナさん。

 その意味するところも深く考えないで僕は今後どうするかぼんやりと考え始めた。

 そうだよなぁ。

 

 最初は生き残りたかっただけだ。

 でも今はどうなのだろう。

 

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