第5話 宿屋
「ここだ」
「……猫?」
後をついて町中を進んで行くと、蒼は看板の前で立ち止まった。
その看板には猫のマークが描かれており、その下に文字が書かれていた。
「三毛猫亭って宿屋だ。私もここを使用している」
「へぇ~……」
翻訳機によって言葉は聞き取れても、文字に関してはそうはいかない。
猫のマークに視線が言っている凛久に、蒼はここが宿屋だと説明してくれた。
そして、どうやら自分の贔屓にしている店を紹介してくれたようだ。
「ただいま」
「あら、蒼さんおかえりなさい」
扉を開けて三毛猫亭の中に入ると、蒼は1人の女性に話しかける。
その女性も蒼の顔を見て返事をしたところを見ると、どうやらここの店員のようだ。
「そちらさんは?」
「あぁ、たまたま知り合った同郷の者だ。中原凛久って言う。宿が決まってないから連れてきた。凛久、この人はディアーナさんだ」
女性の視線は、当然蒼の後ろにいる凛久に目が行く。
質問に対して、蒼は凛久のことを客だと説明し、この女性のことを凛久に紹介した。
「あら、お客さん連れて来てくれるなんて助かるわね。凛久さんね? よろしく」
「よろしくお願いします。ディアーナさん」
「…………?」
蒼の説明を受けて、女性は凛久に手を差し出してくる。
この世界でも握手は挨拶として使われているらしく、凛久はその手を握って挨拶をした。
しかし、何故だか女性は首を傾げる。
「あぁ、こいつ日向語しか話せないんだ。ドーラ語が話せる連れが魔物にやられたらしい。翻訳機は付けているから、こっちの言葉は分かっているけどね」
「えぇっ! それは大変だったわね……」
蒼がすぐに女性が首を傾げている理由に気が付く。
そして、凛久の状況を説明して、聞き取りだけで共通言語が話すことができないことを教えた。
どうやら女性は信じたらしく、凛久に向けて同情するような視線を向けてきた。
蒼の説明は作り話なので、あまり同情されると凛久としては心苦しいところだ。
「1人なら、朝食セット付きで1泊3000ドーラね」
「……はい」
「はい。丁度ね」
いつまでも話している訳にはいかないため、ディアーナは凛久に1泊の値段を伝えてきた。
値段を言われても、凛久にはこの世界の貨幣を使ったことが無い。
なので、どうしようかと思ったが、ギルドで得たコインを見たら数字が書かれていたので、問題なく支払いができた。
後で知ったことだが、
小鉄貨 1ドーラ
大鉄貨 10ドーラ
小銅貨 100ドーラ
大銅貨 1000ドーラ
銀貨 10000ドーラ
金貨 100000ドーラ
白金貨 1000000ドーラ
これがこの世界の通貨と値段になっているらしく、大銅貨まではその金額が書かれているらしい。
「はい。これが部屋のカギね。蒼さんの向かい側を使ってね」
「分かりました」
宿代を受け取ったディアーナは、カウンターからカギをとってきて凛久に渡してくる。
凛久はカギを受け取り、監査の言葉と共に頭を下げた。
「荷物を置いてきて、夕飯にしよう」
「はい」
いきなりの異世界転移に町までの徒歩移動と、薬草採取している時以外すっとザックを背負っていたため結構疲労が溜まっている。
ようやく降ろせると安堵しつつ、蒼と共に2階の部屋へと上って行った。
「ビジネスホテルくらいか……」
部屋のカギを開けてはいると、凛久は感想を呟く。
ベッドと、小さな椅子と机が置かれているだけだった。
値段といい部屋の広さといい、ビジネスホテルそのものといった感じだった。
朝食が付いている分、お得かもしれない。
「っと、夕飯に行くんだった」
今日1日色々あったことによる疲労から、このままベッドにダイブしたいところだ。
しかし、信じられないこと続きでも腹は減る。
ザックを置いて一息つくと、凛久は部屋から出て鍵を閉めた。
「凛久。ここだ」
「あっ、どうも……」
階段を下りると、蒼が凛久のことを手招きした。
この宿は1階が小さなレストランになっていて、蒼とここで夕食を食べることを約束していた。
カウンター席にいた蒼の隣に座ると厨房が見え、1人の男性が調理している。
「ディアーナさんの旦那さんのダミアーノさんだ」
「そうですか……」
凛久が調理人のことを見ていたのを気付いたらしく、蒼が男性のことを説明してくれた。
ディアーナさん1人でやっているとは思っていたなかったため、凛久はその説明ですぐに納得した。
「あなたが蒼さんの紹介してくれた人ね? 私はここの宿の娘でナタリーナよ。よろしくね」
「……よろしく」
凛久がメニューを見ていると、若い女性が話しかけて来た。
さっきは気付かなかったが、ここのレストランで給仕をしているらしい。
ディアーナさんの娘らしく。よく似ている。
元気よく話しかけられて戸惑いつつ、凛久は会釈と共に返事をした。
「あの、蒼さん」
「ん? 何だい?」
「今日いくらかかりました? ちゃんと働いて返したいので……」
店おすすめのシチューセットを頼み、食べ終えると、凛久は蒼へ話しかける。
蒼には今日1日助けられた。
そのために、蒼は結構な出費をしたはずだ。
借りっぱなしでは申し訳ないため、凛久は返却の石を告げる。
「……そうか。ギルドの登録料はたいしたことないから、翻訳機の10万だけでいいよ」
「じゅ……、分かりました。時間はかかるかもしれませんがちゃんと返します」
「まぁ、気長に待つよ」
これだけの性能の道具なので安くないとは思っていたが、翻訳機の値段を聞いて驚いた。
勘違いなのだが、同郷だとしても今日初めて会った見ず知らずの人間に10万もの品を与えるだろうか。
蒼が金持ちの可能性もあるが、だからといってもらったままで良い訳がない。
仕事といっても、今日のように薬草採取しかできないが、時間がかかっても返すことを凛久は誓った。
時間がかかるのは容易に想像できるため、蒼も笑いながら受け入れた。
「じゃあ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
蒼との話を終えた凛久は、夕食代の1000ドーラをナタリーナへ支払い、部屋へと戻ることにした。
「はぁ~……、疲れた」
部屋に戻ると、今日1日の疲れがどっと押し寄せてきたため、凛久はベッドへと倒れ込む。
「異世界か……、どうなるんだろ、俺の人生」
学生時代なら異世界に行ってみたいなんて思ったこともあったが、25になって本当にそんなことが起こるなんて思ってもいなかった。
仕事や家族のことを考えると、行方不明になって大騒ぎになってないか心配だ。
そんなことを考えているうちに、凛久はいつの間にか眠りについたのだった。
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