異世界転生入門者の異世界転生入門

水原麻以

第1話

世界転生って何だろう。何年も前からいやおうなく耳にする。最近では朝昼関係なくワイドショーでアニメ版の番宣が流れたり書店の入り口に平積みされている。俺はどちらかといえばアウトドア系だ。本は読まない。正直言ってこの異世界転生って目障りだ。最近ではスマホで電子読書する奴がいる。ぎゅうぎゅうの車内で揺れる画面を無理やり読まされる。それで異世界転生の何たるかを教育されてしまった。はっきり言って俺には無縁の価値観だ。まず前提として死がある。轢死や過労死、末路はさまざまだ。それで前世の不遇を埋める過剰な幸運を貰い現代社会とは不連続な世界に現代用語の基礎知識を持ち込んで無双する。そんな虫のいい話があるかと俺は憤慨した。ハラスメントだらけの世の中で精神論が廃れてるとは言え努力は報われると俺は頑なに信じている。でなきゃ人生がバカらしくなる。たとえ失敗しても敗北は人間を豊かにしてくれる。俺はそう思っていた。で、脱線事故に巻き込まれたのだ。俺が乗っていた三両目を土砂崩れが直撃した。そして気づくと俺はビヨン王国のボヨーン王子として育ち、成人の儀式で頭を打ち、記憶を取り戻したという次第だ。死んでしまったものは仕方ない。俺は異世界転生の初心者として生きることになった。


正直言って俺は王侯の生活など興味はない。産業革命以前の封建社会で前世の支配欲を完全燃焼させたいと願う者には僥倖だろう。俺にとっては幼稚で価値がない。何の救いもない人生だ。これではいくら異世界から助けてくれる人間がいても助ける側(アドバンテージ)となってどうしようもない。

まあこんなのはただの想像に過ぎないが。しかし異世界転生というものは面白いものだ。俺は異世界転生の読書経験があまりないが異世界転生モノを心底堪能する体験していたら、もしかしたらそれなりに刺激が走るかもしれない。そう考えたからこそ王子としての人生に挑戦することにした。自殺に逃避することもできない。

だってそうだろう。王子となれば大事にされ四六時中護衛という名の監視がつく。

そう自分を騙したわけだが、やはり俺が異世界転生を体験できたという事実は大きい。

それに俺は今まさに異世界転生モノの世界へとダイブし、現実の世界に転生したようなものだ。異世界転生は何が何でも俺の力で救ってみせると決意し、まずは自分の人生を生きようなどと考えたのだが、どう考えても俺は生き辛い人生だった。

俺は異世界転生モノの世界で人生をやり直した。異世界転生モノでは死んだ人間を転生者が取り戻す展開だ。それが俺には気に食わん。転生者の蘇生は奇跡だ。奇跡が現実の肉体を持ち得る。そこで俺はどうしたら良いのか考える。自殺はしたくないのだが自殺を思うほど俺は傷ついていない。それで前世でのことを思い出そう。人生の過ちを振り返ると俺の前世は鬱だった。それは俺に転生を課し、それから事故死という題目の消極的自殺を課した。

俺がこんなにひねてしまった原因は父親に殺されかけたことに違いない。何か悪いことをしたのならそれはそれで良し。それで俺は父親の悪評に気が付き苦しんだ。父親は俺を見て嘲笑ったのだ。

前世記憶を回復したことはすぐバレた。

俺は転生者と見られてな。その転生者に恨まれ、悪評を立てられ、それで転生者の肉体に入れられた。

つまり、俺は前世で無意識に転生を憎んでいた。その罰を受けてこの世界―転生者がヘイトされるびよ~ん王国―に生まれるよう仕組まれたわけだ。


俺はそれから転生者としての悪評が立ったので殺されかけた。父親はそれならもう一度、転生者として生まれ変わって記憶を消せと言ってきた。

もう少し待遇の良い異世界に生まれ直せというのだ。


それは嫌だ。

だが父王はとうとう業を煮やして俺の首を撥ねた。掃いて捨てるほどいる王子一人より王室の名誉を優先したのだ。

俺は嫌々転生して転生者の魂の記憶を改ざんする日々に陥った。


もしかしたら俺は転生者として自分自身を代理処罰するために転生したのやも知れぬ。圧政に抗議して焼身自殺するチベット僧みたいなものだろう。


それで父王に殺されかけた、というのは嘘かもしれないが。だから俺はその嫌々転生者として生まれ変わって転生者を殺ろうとした。

三度目の人生でも俺は父親から殺意を向けられた。


そんな俺を父親は、俺を殺したいのだな。

「お前みたいな愚息は死んだら楽になれるのにな」

そんな甘ったれた事を言って、俺の気持ちなんて一欠片も考えていない。そんな甘ったれた事ばかり言いながら俺に痛みを感じ続けて、死が近づいた。それでも俺は俺を殺そうとした。俺はそんな父親の甘えた思想が心底嫌で、それなら殺される方がマシだとも思った。

俺は死にたくて死にたかったんだ。

俺は父に死にたいと、そう伝えた。

父は俺の言葉を聞いて、どうでも良かったらすぐ死ねと、そういい捨てた。

子など邪魔なだけの様子だった。その通りだった。

もうそんな甘えまで聞いて、どうでもいいと、もうどうでも良かったからだ。


俺は本当は死にたくないのだ。死にたくなんてない。死にたいというわけではないんだ。その甘えた事がどうでも良くなるほど俺は甘えていたのだ。

そう思っていた。

父のとりまきもそう言っていた。俺は甘えている。

それはお互い様なのだ。

そこに新たな声がする。

誰だ。

俺は声の方へ振り向いた。俺を馬鹿にするもよし、俺の好みが知り合いであるならば俺のもとにやって来るもよし。

声の主は俺よりも二回りも三回りも年上の男性だ。その男は俺に近付いてくる。俺の目の前に来た男は、父親の部下なのか、俺の前で膝を突きながら、そう言った。

「お前こそ死にたがりだな。」

「何がだよ。あんたこそ、何が死にたがりだ。」

「お前の瞳が死にたくないとはっきり言ってる。」

「俺はそんなつもりで言ったことではない。死にたがって何が悪いんだよ。」

「あのお方は死を飾っている。お前の部下の言葉だ。俺はそういうやさぐれた転生者の面倒を見て来た。中には俺には死にたいとはっきりいう奴もいる。」

「……ああ、みんなそう言う。」

「あいつらがどういうものかはよく知らないが、私のように転生を克服した者もいる」

「あんた、何者なんだ?」

やけに馴れ馴れしい奴だ。俺は相手の顔をまじまじと見つめ直した。どこかひっかかるんだよな。出処不明の親近感がある。

すると彼はにやりと微笑み、握手を求めて来た。

「私はあなたの息子ですよ。様々な転生先であなたは家庭を築いた。私はその世界の一つを征服したんです。そして異世界転生者の楽園を築いた」

「お前、何者なんだ」

「私は魔王です。もっとも成功したあなたの人生の一つです」

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