渇き
水をください。と、少年は言った。
しかしボロボロの服を着た男性は、少年の声に耳を貸さなかった。
水をください。と、少年は言った。
しかし腕の無い女性は、少年の声に耳を貸さなかった。
水をください。と、少年は言った。
しかし皮膚の爛れた男性と思しき人は、少年の声に耳を貸さなかった。
水をください。と、少年は言った。
しかしガラスの刺さった女性は、少年の声に耳を貸さなかった。
水をください。と、少年は言った。
しかし、誰も少年の声には耳を貸さない。
少年はその渇きを癒すべく、その火照った身体を冷ますべく、ひたすらに水を求めた。
そしてその声が点に届いたのか、空から黒い雨が降ってきた。
しかし雨では少年の渇きは癒えない。火照った身体も満足に冷ませない。少年は嘆いた。
少年は気付いた。
その場から1歩も、1ミリたりとも動いていないと。
少年は気付いた。
自分は一瞬たりとも声を発していないと。
少年は気付いた。
自分の身体は、文字通りに火照っていると。
少年は気付いた。
いくら助けを求めても、過ぎ行く人々は誰も耳を貸してくれないのだと。
そして少年は気付いた。
上空を白い光が覆い、大きな煙が上がった時、既に自分の身体は終わっていたと。
少年は渇きを癒すことなく、火照りを冷ますことなく、赤く染った空を見つめながら、キノコのような形の煙の中に溶けていった。
煙の中に溶け、少年は再び気付いた。
渇きは、死を以て漸く癒せるのだと。
助けを求めても、誰も助けてくれないと。
自らの苦しみは、自らでのみ癒せると。
ならば私も、この少年のように命の灯火を吹き消せば、悶える程の渇きから解放されますか?
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