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河村さんが連れて行ってくれたのは、とある陶磁器の工房だった。表が販売のお店で、奥の方は広い作業スペースになっているそうだ。この辺りは磁器に使用する陶石の産地にも近く、ここの他にも磁器を作る窯元がいくつもあるという。
お店に並んでいる陶磁器は、現代風なデザインで洒落ている。古風な陶器のイメージと違って、若者も好みそうな見栄えだ。
「なんとなく、河村さんが作るのに似てますね」
「だろうな。俺も元はここで習ってたのが始まりだからな」
「え? そうなんですか?」
訊くと、河村さんがふっと微(わ)笑(ら)う。普段、あまり見ないような優しげな表情に、どきり、とした。
「幼い頃にここでもの作りの楽しさを知った。放課後や夏休みもよく通ったな。早々、上手くいくものじゃなかったが、自分で作って、形に残る手ごたえが俺は面白かったんだ」
河村さんが楽しそうに話していた。いつもは大人びている彼の少年のような笑顔が愛らしい。本当に陶磁器作り(ものつくり)が好きなのだと、微笑ましく思えた。
「――樹くん? まあ、久しぶり。こっちに帰って来てたのね」
そのとき、奥の工房から女性が出てきた。年齢は60前くらいで、作業中だったのか、手が陶石で汚れている。
私も、こんにちは、と声を掛けた。女性は少し驚いたようにしてから、ふんあり、と微笑むと、少し待っていてね、と言って手を洗いに行った。
工房から上がって、部屋の中でアイスティーを頂いた。それに使っているカップは薄くて軽い磁器だ。ストローでかき混ぜると、カラカラと涼しげで気持ちの良い音が鳴る。
「すみません、いきなり訪ねてしまいまして」
「いいのよ。また、すっかり立派になって、私の中ではずっと小さい樹くんだから、不思議だわ」
「いや、俺はもうおじさんですよ」
くすくす、と女性が愛くるしく笑う。グレイヘアで、化粧も薄らとしかしていないけれど、彼女をとても綺麗な人だと思った。そして私は、不思議とそんな彼女をどこかで見たことがあるような気がしていた。
「随分前に連絡を頂いていたのに、お訪ねするのがこんなに遅くなってしまって、本当にすみません」
「そんなことはいいのよ。樹くんもこれまで大変だったでしょ」
「……いえ、俺は、ただ、好きにやっていただけですから」
「元気でいてくれたならそれが一番だわ。ところで、こちらの方は、もしかして樹くんの――」
「「違います」」
と、河村さんと被ってしまう。相変わらず私に対する否定が早い。気を取り直して、コホン、と喉を整える。
「……申し遅れました。私、以前、河村さんのお店で働いておりました、長谷川菜月子と申します」
「あら、そうなの。樹くんも、いつの間にかお店をオープンさせたのね。最後に会ったのが3年以上も前だったから。それから頑張ってたのね、おめでとう」
「ありがとうございます。本当なら、もっと早くお伝えするべきだったのに、すみません」
「樹くんったら、さっきから謝ってばっかね。気にしないで、こうしてまた来てくれて本当に嬉しいわ」
それに対して、河村さんがまた、すみません、と謝った。そのイタチごっこに皆で笑った。
「それで、今日はもしかして美音に逢いに来てくれたのかしら?」
私は思わず、ぎくり、とする。どこかで見たことがあると思っていた女性の表情が、あのとき写真で見た美音さんにしっかり重なった。
女性の問いに、はい、と河村さんが強く頷く。
「美音のいる場所を教えてくれますか?」
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