25
「長谷川さーん、これ、午後までに仕上げといてね。あと、明後日、来賓あるからその準備もよろしくね」
「はーい。おまかせくださいっ」
今日は、仕事が軽い軽い。朝から連続で入ったクレームの電話や先輩から押し付けられた面倒な仕事にも浮き足で取り組める。それもこれもあの出会い系アプリのおかげだ。
お昼休みになって、即座にスマホを開いてみると相変わらず男性からのアプローチが入っていた。
(あ、この人カッコいい。でも、住んでるとこが結構遠いなあ。この人は公務員か、やっぱり顔より安定の経済力よねえ)
「――さん、長谷川さん」
「えっ、あ、須王くん。ごめんね、どうしたの?」
スマホの画面に夢中になっていて、須王くんに声を掛けられているのにも気付かなかった。慌てて画面を閉じて、苦笑いで応える。
「すみません、取り込み中でしたか?」
「ううん、違う違う。大丈夫だよ」
たぶん、須王くんの角度からは画面は見えなかったはずだ。危なかったぁ、と心で息を吐く。
「今日、天気良いんで外でご飯食べようって声掛けられたんですけど、良かったら長谷川さんもどうですか?」
「外? あー、そうだね。天気良いもんね、えっと、そしたら行こうかな」
「なら、いっしょに行きましょう。他の方たちは、もういるみたいですよ」
そう言う須王くんの屈託ない笑顔が眩しすぎる。これでもし、須王くんに彼女がいなかったら、今、誘われたのも相当嬉しかっただろうな、なんてどうしようもないことを考える。
行くと、待っていたのは若い女性社員が3人と男性社員が1人だった。すみません、遅くなりまして、と須王くんが謝ると、3人の女性社員たちが、遅いー、とか、待ってたよぉ、とか、お仕事お疲れ様ですうー、とか次々に語尾を伸ばした甘い声を掛ける。一緒について来た私にはノータッチだ。
「長谷川さんもお昼がまだだったみたいなんで、お誘いしてきました」と、須王くんが紹介してくれると、初めて彼女たちは私に目を向けて、いらっしゃーい、とか、どうぞー、とか言う。その目の奥が笑っていないのが女の怖さだ。
「……すみません、お邪魔します」
と、私も愛想笑いで返して腰を掛けた。あー、来るんじゃなかったかな。さっさと食べて、早く戻ろう。そんなことを考えながら自前のお弁当を開いた。
「うわっ、これ、長谷川さん作ったんですか?」
「えっと、そうですけど」
「凄い美味そー」
いきなり声を掛けてきた男性社員に反応して、皆が私のお弁当を覗き出す。
「ほんとだ。全部作ったんだすか?」
と、須王くんも自分が食べているコンビニ弁当の箸を止めた。
「うん、作ったは作ったけど、全部簡単で残り物とかも入れてるし」
私には、目の前の若い女性社員が食べているようなキッチンカー販売のお洒落なランチを買う財的余裕がない。毎日お弁当を作るのは体力的にもキツいけど、市販の弁当を買うよりもこっちの方が随分経済的なのだ。
「へえ、長谷川さんって意外に家庭的なんですね。今度、俺にも作って下さいよー」
「えー、嫌ですよ」
「ひでぇー」
「でも、普段は外食とか、コンビニで済ませちゃうんで、こういうの食べたくなりますね」
「だから、そんな人に食べさせるような、大したものじゃないって」
計らず、男性社員や須王くんが褒めてくれたものだから、なんだか恥ずかしくなってくる。そんなふうに、ちょっと浮かれた気持ちになっていると、刺すような強い視線を感じてハッとする。恐る恐る向けられた視線を辿ると、若い女性社員たちが、いかにもな愛想笑いを浮かべて私たちのやり取りを見ていた。その目の奥がさらに笑っていないのがますます怖い。
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