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 その日の仕事をようやく終えて、部屋に帰るとネジか取れたようにベッドに倒れ込んだ。

(疲れたあぁ……)

 仕事を始めて1か月が経った。最初は雑務と電話対応でほぼ1日を終えていたけど、最近では苦手な事務を任されるようになった。今日も簡単な入力ミスをしてしまったせいで、先輩に怒られるわ、その発見と修正に時間取られるわで残業が2時間半。今週は帰宅時間が9時を回るのが専らだ。

 チクタク……、と時計が刻む音が聞える。家と会社を往復する日々。休みの日は回復に努めてほとんど外出もしないし、こうしているうちに30歳を迎えて、あっという間に……。

 ハッとして、ベッドから飛び起きる。自身の現状を目の当たりにして、顔が蒼くなった。無性に不安と手持ち無沙汰になってスマホを意味もなくいじっていると、SNSには友人たちの幸せ溢れる日常が投稿されている。

(う、ヤバい……)

 例の通り、お腹を激痛が襲う。用を足してから改めて現実を見た。スマホの画面には『20代ギリギリセーフ』という題でウエディングドレスを着た友人や、夏休みの家族旅行と思われる写真を載せている友人が窺えた。

 アラサー。金無し。彼氏無し。現在、仕事は模索中。自身の現状に項垂れるのであった。

「――それで、私にどうしろと?」

 千果に電話を掛けると、彼女は呆れたように息を吐いた。

「誰か、いい男(ひと)いない?」

「いない、いない。私、もう仕事も辞めちゃったし、旦那はヤキモチ焼きだから、男友達とは既に連絡取ってないの、菜月子だって知ってるでしょ」

「そうだけど。だって、ほかにお願い出来る人いないんだもん。もう皆結婚しちゃって、合コンも誘われなくなっちゃったし。職場でいいなって思った人には彼女いるし」

「まあね、今の時代、男は草食系だし、待ってても獲物は掛からないでしょうね」

「そんな……」

「あ、そういえば、ミハルが結婚したの知ってる?」

「え? うん、知ってるけど……」

 さっき、結婚報告をSNSに投稿していた高校の同級生だ。幸せを全面的にアピールした“映え写真”を思い出しで胃のあたりがキリリと痛くなる。

「ミハルね、出会い系らしいよ」

「え?」

「まあ、出会い系なんて言ったら聞こえは悪いけど、今はもうそういう時代じゃん? 周りにいなけりゃ自分で探すしかないよ? しかも、アプリで選び放題」

「選び放題?」

「登録してる何千、何万の中から、自分の好きなタイプの人とだけ連絡がとれるんだよ。もちろん、お互いの承諾ありきだけどね。けどまあ、サクラとか業者とかも居るらしいから、そこはちゃんと見極めて慎重にしないと……」

 と、話しているとこで赤ちゃんの泣き声が聞こえた。そう、ちょうど、私の就職が決まった頃に千果の赤ちゃんが生まれていたのだ。

「あ、ごめんね、おっぱいあげないと」

「ううん、大丈夫。こっちこそ、ごめんね。いきなり電話して」

「いいの、いいの。1日中、家で子育てと家事だけしてたらノイローゼになっちゃうわ。また今度遊びにおいで」

 電話を終えた後、私は早速、ネットで『出会い系』もとい、『マッチングアプリ』を検索した。すると、あるわあるわで様々なサイトがヒットした。なかを覗いてみると“私たちこうして結婚しました”というカップルたちの幸せ報告が、ふんだんに載せられている。ちょっと胡散臭い気もするけど、調べてみると割と本当にカップルも成立しているらしい。サイトは若者向きのものから、真剣に結婚を考えているもの、課金制や女性完全無料などとにかく種類が多い。

 しばらく色んなサイトを見比べて、それぞれの酷評や好評を調べた。そうして、ようやく女性完全無料のひとつに絞って、そのアプリを登録したのだった。

 翌朝起きると、アプリ内に幾つもの通知が入っていた。なんだろう? と思って見ると、なんと私に興味を持ってくれた男性たちからのメッセージ交換申請の通知だった。思わず、ギョっとして飛び起きる。

 たった一晩で、なんと20数人以上の男性からのアプローチが届いていた。載せたのは簡単なプロフィールと、自分なりに可愛いく写っているなあ、と思う写真を2枚。それだけの情報で私に興味を持ってくれた男性がこんなにいたのだ。

(あっ、また)

 と、そのときにまたも男性からのアプローチが届いた。私はニンマリ、と口を緩める。これはもしや、イケるかもしれない。


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