15
めきょめきょ、と、檻の鉄柱を容易く曲げてしまうビゲル。
通路の左右に並ぶ牢を、次々に開放する。
「さあ。みんな、こっちよ!」
開け放たれた牢屋。
ひょこっと顔画を出し、囚われていた子らを連れ出すのはレイア。
ずしんずしんと地下通路を進んでいく巨人。
始めの三人は一目散に逃げ、奥にいた″勇者″と″魔術師″のもとへ。
「なんで、ここに……巨人がいやがるっっ!?」
勇者は、その姿を見て愕然とする。
旧監獄の入り口の方から逃げてきた三人は、ようやく息を落ち着けて、勇者と魔術師に説明をする。
「た、たいへんだ、何者か分からねえが、″小説家″だとか名乗る男が、現れてっ……。そいつ、ここの秘密を知ってやがった。ガキどもを解放するって言って、そいつ、巨人を召喚したんだ!」
「なんだと……?」
見ると、確かに巨人が、次々と牢をこじ開けていっている。
「く、くそがっ!」
ぎりり、と歯を軋ませて怒りをあらわにする勇者。
――その背後、通路の一番奥にあたる牢。
そこに捕らわれている少女、シィナは……彼らの会話をしっかりと聞いていた。
(た、助けが、きたんにゃ……?)
暗い通路の奥から巨人が姿を現したのを見たときは、ぞっとしたが……どうやら、あれは善い人のようだ。
今にも電撃魔法を喰らいそうになっていたところだった。
助けが来たと知り、ほっと、安堵の息を漏らすシィナ。
「くそ、おとなしくやられてたまるかよっ! ――オイ、お前ら、あいつをなんとかしろ!」
「い、いやでも、巨人を相手には、さすがに……」
「うるせえ! いいからなんとかするんだよッ」
「なんとかって、リーダー、んな無茶な……」
男どもがわあわあと言い合っているうちに。
ビゲルは、ついにシィナ以外の子供たちを全員解放してしまった。
まだ、通路の最奥である冒険者パーティの男たちとはしばしの距離があるが……。
「――ちっ、きょ、巨人でも、最大出力の電撃魔法を喰らえばさすがに……!」
魔術師が、慌てて手をかざす。
「ビゲル! なんだか攻撃魔法を仕掛けて来るつもりみたいよ!」
レイアは巨人の足の隙間から覗き込み、男どもの動向をみていた。
「大丈夫だ。――よっと」
ビゲルは、近くの牢の鉄柱を……めきょめきょ、とまた曲げて、そのまま、バキン、と折ってしまう。
折った鉄柱を横倒しにして持ち、わずかに振りかぶると――、
「ふんっ!!!」
男どもに向けて、ぶおん、と投げつけた。
「なっ――!」
横倒しの形のまま、狭い通路の中をぎゅんと突き進む鉄柱。
そのまま、五人の男にまとめて激突し、後方に吹き飛ばす。
後方――シィナが捕らえられている最奥の牢だ。
その牢の柱に、吹き飛ばされた男たちが張り付いた。
がしゃしゃしゃしゃんっ!! と、激しい音が響く。
「にゃっ!?」
男たちの背に隠れて、詳しい状況があまり見えていなかったシィナは、彼らがいきなり牢にぶつかってきたので、驚いて声を上げる。
ただ、男たちはすぐにずるずると地面に倒れていき、視界が開ける。
通路の奥の様子が見えた。
……満足そうににやりと笑む巨人と、足元からその巨人を惚れ惚れといった目線で見上げる少女と、――そして、少女の後ろから静かに顔をのぞかせた、黒い外套の男。
巨人と、少女と、男。
……シィナは、なんとなくすぐに察せた。
あの男が、さきほど話に聞こえてきた――″小説家″ではないか。
すぐ、巨人がそばまで来て、気絶したまま床に転がっている男どもを手で払って追いやると、牢の柱に手をかける。
そのまま、めきょん、と軽々しく捻じ曲げてしまった。
「――ふう。これで最後の子だな。ああ、ちょうど十分だな」
「ホント、時間ぴったりね」
「ありがとう、ビゲル、レイア。なんていうか、……夫婦、これからも幸せにな」
ベルは、巨人と少女に礼を言った。
「ああ。俺たち、今ちょうど、薬草の豊富な良い森を見つけて、そこで暮らしてるんだ。これからは魔法薬じゃなくて、今は薬草の調合研究をな。そこの原住民の種族ともうまくやれてるし、いい感じだよ」
「うん。最近、学院時代の友達と連絡を取っててね。良い調合薬が作れたら、彼女に仲介してもらって市場に出せるかも。今、いいカンジなの」
「へえ……」
ベルは、自分の書いた小説の……その後のことを聞けて、なんだか不思議な気分になった。
″小説家″のスキルは物語を書くことだが、それは自分の創作ではない。
この世界のどこかに実在する人間の物語だ。
ビゲルとレイアもそうだし、……そして、そうだ、シィナも。
ビゲルとレイアは、爽やかな笑顔を湛えたまま、淡い光となってその場から消えてしまった。
召喚の時間が終了して、元の場所へと――最近見つけた良い森とやらに還ったわけである。
通路の奥に目を向けると、……ぽかん、として、こちらを見ている猫の少女。
ベルは、すっかり伸びてしまっている男たちの懐を探り、カギを見つけた。そのカギを持ったまま静かに牢に入り、そして、シィナの手枷を外してやる。
「あ、ありがと……」
ひとまず手枷を外してくれたことへの礼を言うが、謝辞はそこそこに、まずは疑問がいっぱいある。
「あなたは一体、だれにゃ?」
「俺は、ベル。ベル・ノーライト。……通りすがりの小説家だよ」
「しょーせつか……」
やはり、さきほどあの男どもが言っていたのは彼のことなのか。
しかし、意味が分からない。
小説家というと、そのまま小説を書く人……そんな人間がなぜここにいるのか。シィナは、いっそ訝しいと言わんばかりに、目の前の男をじとっとした目で見る。
「えーっと……説明は、またあとで。ともかく、ここを出よう、シィナ」
「にゃっ!? なんで、あたしの名前を……?」
「――あ、いや、その……。一応、俺は君のことを知ってるんだけど、それについてもまたあとで説明するから。ホラ、出口はこっちだ」
そう言って、ベルはシィナを促す。
猫娘は、なにがなにやら、といった感じで首を傾げながらも、倒れている男たちをひょいと跨いで歩き出す。
「…………」
暗い通路の中。前を歩く男の背中を見て、シィナはふと、不思議な気持ちになった。
胸のうちに淡く灯る暖かな気持ち。
そして、それによって押し出されたものなのか――つう、と、零れ落ちるモノ……。
シィナは、先行する男の服の裾を……きゅ、っと、掴んだ。
「――?」
くいっと引っ張られ、ベルは足を止めた。
なんだろうか、と振り返って……ぎょっと驚く。
「――ふっ、うぎゅ……」
少女が、自分の体に顔を埋めて、肩をしゃくりあげていた。
「なんだ!? ど、どうした、シィナっ?」
「わかっ、わかんにゃい、なんかわかんないけど、こみ、上げてきて……っ」
少女は泣いていた。
そうか、それほど怖い思いをしたのだな、と、ベルは思った。
もっと早くに自分が動いていればそれほど怖い思いはしなかったはずだと、後悔をする。
――だが、涙の理由は、怖かったからではない。安堵のために零れた涙ではない。
その感情は、シィナ自身もまだ分からない。
少女の胸のうちに灯ったその暖かな想いが何なのか。
それは、こののち、自覚するところとなる。
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