10
「お前さん、一体誰だ? どうしてシィナのことを知ってる?」
『質屋』――とは体の良い呼び名、実態は盗品の横流しをしている、闇市場の店。
その店主は、突然店にやって来た見知らぬ男を、怪訝そうな目で見る。
ベルはスラム街へと走った。ベニヤ造りの簡素な平屋が無造作に建ち並び、複雑に入り組んだ街中を懸命に走り回り、その店を探し当てた。
シィナが以前から利用している店だ。街で盗んだものをここで売って金にしている。
小説で、それを知っていた。
どうやらその事実は、改変されていなかったようである。
店に入り、主人に尋ねたのだ。
「シィナはどこにいるか」――と。
「事情を話している時間はないんだ。シィナの身が危険だ、彼女はどこにいる?」
「あいつの身が危険だ……ってのは、俺も承知してるよ。あいつが冒険者から盗んだ短剣には呪いの術式が組み込まれてた。ふらふらになってたが、それでも店から飛び出して行っちまったよ。――可哀想だが、今頃はもう、その冒険者に捕まって、街の警備隊に突き出されてるかもしれねえ」
「いいや。警備隊に突き出しなんかしない。やつらは、あの子を街の地下施設に連れ込むつもりだ」
「は? 街の地下施設? ……お前、さっきから何を言って……」
店の主人は眉間のしわを一層深めて、ベルを見る。
だが、やはり事情を説明している時間はない。ベルは、「悪い、邪魔した」と短く言って、すぐに店を出ようとした。
――だが、店の主人はそれを慌てて引き留める。
「ちょ、ちょっと待て。……街の地下施設ってのは、もしかして、大昔に使われてたっていう監獄のことじゃねえのか」
「……知ってるのか?」
「俺は長年このきたねえスラム街で暮らして来てるんだ。そのぐらいのことは知ってる。……そこで何か怪しい取引がされてるって噂も聞いたことがある」
「そうだ。――人身売買さ。スラム街の子らを攫って、各地の変態富豪家に売ってる。あいつらさ。シィナが短剣を盗んだ、冒険者パーティ、やつらが主犯だ。おそらく領主も一枚噛んでいる」
「なんだって!? オイ、じゃあ、シィナも……!」
「ああ。きっと攫われた。すぐに助け出さないと……」
「あんた、地下施設を知ってるんだな? 場所はどこだ」
「……スラム街の西の方に、旧いトンネルがある。今は使われてない下水道管路につながってる。そこから、旧監獄につながってるはずだ」
「そうか。……わかった、ありがとう」
「ちょっと待て! ……お前さんが何者かはどうでもいいが、しかし、お前ひとりで行ってどうするつもりだ? 領主も一枚噛んでるっていうなら、警備隊も動いてくれねえだろう」
「そうだろうな」
「その冒険者パーティは所詮きたねえ金で成り上がったやつらだろうが、だが確かな実力もあるはずだ。一人じゃ無謀だ。――それとも、お前はなにか強力なスキルを持ってんのか」
「スキルは……」
″小説を書くこと″。
そんなもの、戦闘の役には立たない。だからこそ、『太陽のキャノウプス』を追い出されたわけである。
「正直、まともなスキルは持ってない。ハッキリ言って、勝ち目はないと思う」
でも、引き下がろうとは思わない。
ベルは、自分でもその感情が不思議ではあった。
自分の書いた小説の登場人物。それが実在していた。
だからといって、彼女とは面識はないのだ。
しかも、こうして彼女を助けようとしている今でも、まだその姿を直接目にしてさえいない。彼女の方も、ベルのことなど認識すらしていないはずなのだ。
本来ならば、赤の他人だ。
だが、そう思えない。
彼女のことを放っておけない。
「どうやってシィナを助けるかは――行き道にでも考える。考えが浮かばなかったら……そのときはそのときで、賭けで突っ込むさ」
言っていて自分でも呆れるほど、無謀である。
「じゃあ、俺はそこへ向かう。情報くれて助かった」
ベルは、わずかながらの笑みを見せて、今度こそ店を出ようと扉に手をかけた。
――だが、またも店主が止める。
「お、おい、ちょっと待て!」
何度止められようとも、意思は変わらない。ベルは店主の制止を無視してそのまま店を出ようとしたのだが、――次の店主の言葉に、ぴくりと動きを止める。
「お前、首から提げてるその懐中時計――そいつは強力な魔法具じゃないか」
「……え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます