5:魔王城そして帰還 その2

「レオ!?」

「主殿!?」


 寸前まで攻撃を察知できなかったふたりが悲鳴を上げる。

 なにも手を打っていなければ僕は脳天から真っ二つだっただろう。隠密スキルで玉座の上に身を潜め、飛び降りながら体重を乗せた垂直の一撃。普通じゃかわせない。

 が、僕は気づいていたし、対策も講じていた。

 スッと右手を差し出し、振り下ろされた刃を受け止める。


「なっ!?」


 襲撃者の驚愕の声に聞き覚えがあった。相手もそう思ったらしい。


「なんで、またあなたがっ!?」

「そう言う君は勇者クン0号じゃないか」


 目の前にシュタッと格好をつけて降り立ったのは、僕が召喚から助けたものの、厨2病的妄想が現実にならなかったことで逆恨みして、僕たちの組織からHOW――《他元世界の英雄たち》に行った彼だ。


「誰が勇者クンですか!?」

「いや、ややこしいから勇者クン0号ね」

「俺には須木山響ってなまえがある!」

「そんな名前だっけ」


 思い出そうとしたけど思い出せないので話を先に進めよう。


「で、また召喚されたの? 契約してなかったの?」

「してたさ! それを破棄されたんですよ!」

「まあ、尊巳さんならやるだろうね。敵対組織に行ったんだから」

「そうですよ! そしたら速攻召喚されたんです!」

「まあ、そうなるよね」


 召喚の対象は上位の次元にいる魔力やスキルの強い者が選ばれる。となると、一度召喚されて力を得た者が選ばれるのは当たり前だ。だから僕は何度も召喚されることになったわけで。

 それを防ぐためには契約をしてその世界に留めておくしかない。僕はそれを知らなかったせいで何度も召喚……くそ、泣けてきた。


「尊巳さんは情け容赦ないな」

「そうでしょ? 酷い目にあいましたよ!」

「いや、元は勇者クン0号のせいだから。だよね?」


 僕が言うと、勇者クン0号は唸り声を上げて黙り込んでしまった。


「それで、なんでここにいたんだ? 契約したの?」

「転移のショックでボケてる間に契約されたんですよ! だまし討ちみたいに最悪です! なんでだか無茶苦茶さ手際がよくて逃げられなかったし!」

「ああ……なるほど」


 何度も召喚してるから逃げられないように手際がよくなってるんだな。


「とにかく魔王を倒さないと戻れないんですから、手っ取り早く魔王を倒そうと思ってさ。騎士団に囮になってもらって、俺はひとりでここに向かったわけ」

「なるほど。頭いいんだね」

「でしょ? ところが、誰もいないし、王座には死体が転がってるだけだし、ワケわかんないですよ」

「ああ、その死体は元魔王だよ」

「元?」

「元魔王は倒してきた」

「な……!?」


 来る途中に中ボスと戦った事を話すと、勇者クン0号は床を蹴りつけて悔しがった。本当にこうやって悔しがる人いるんだ。


「あー、くそーっ! 魔王倒して美女にキャーキャー言われるのだけが楽しみだったのに!」

「またそれか」

「他にモチベないでしょ!」

「いや、学習しようよ」

「何の学習ですか? つーか、美人をふたりも連れてるじゃですか! まさか、彼女とか?」

「うん、パーティ……かな」

「許嫁だよ」

「同居の弟子です」

(愛人じゃな)

「わんっ!」


 なんか最後の方はよくわからない感じになったけど。勇者クン0号が目を見開いて僕と未緒とサフィを凝視していた。


「エルフ嫁と日本刀嫁って!?」

(妾もおるぞ)

「わふんっ!」


 ノアとアルジェが跳び出してきたかと思うと、ノアは大人体型になって僕にしなだれかかり、アルジェはスネに体をこすりつける。


「魔物嫁とモフモフ嫁!? お、おまえ!」

「なんでも嫁にしないで! しかも、おまえ呼ばわりになってるし!」

(そうじゃ。妾は愛人じゃぞ)

「そこ重要なのか」

(無論じゃ)


 勇者クン0号は拳を握りしめたまま天を仰いで叫んだ。


「くそーっ! リア充爆発しろ!」

「生まれて初めてリア充言われた!」


 そうか、これはリア充だったのか……。まあ、サフィと再開できた段階で満足しちゃってたんだけど。そうだよな、きりきりまいも加えて3人が料理作ってるのを見てるのってリア充っぽいよね。

 う……。そう考えると、どうしたらいいのかわからなくなってきた。高校生2周目だっていうのに、人生初のシチュエーションなんだよ。


「レオ、どうしたの?」

「主殿、どこか具合が悪いのですか?」


 サフィと未緒が心配そうに僕に駆け寄り、アルジェなんかクーンクーンと鳴きながら僕を見上げてくる。


「このリア充野郎! お、おまえなんか――」

「ねえ? どうしようっていうのかな?」


 サフィが勇者クン0号の声を遮った。明るい声とは裏腹に目は冷たく、引き絞られた弓に番えた矢がピクリともしないで獲物を狙っていた。


「いや、その、どうもしません……」

「そう? よかった」


 サフィが笑みを浮かべたけど、目は相変わらず笑ってない。

 さすがの勇者クン0号も怒らせたらマズいと感じたらしい。懸命な判断だと思う。怒らせると怖いんだ、サフィは。


「えっと、どうしましょう?」と、勇者クン0号は目を泳がせる。

「とりあえず、城に戻って釘を差して――」


 僕がそう言った時、目の前から勇者クン0号の姿が消えた。

 え?という表情のサフィと未緒。

 僕にはほんの一瞬だけど、動きが見えていた。それでもかろうじて残像のような物が移動するのが見えた程度だったけど。


「お? 見えたのか? こいつは想像以上だな」


 移動した先に目を向けると、長身の男が驚いたように声を上げる。

 着ている服こそ元の世界の若者だけど、絵に描いたような勇者っぽい風貌だ。Tシャツの押し上げている腕や胸の筋肉、ジーンズパンパンの太股。足も長い。雷人みたいに粗野じゃないけど、押し出しの強い顔。兄貴って感じの雰囲気だ。


「仁礼京一郎だ。会えて光栄だ、葛見至クン」

「HOWの人ですか?」

「聞いているなら話は早い。そこのトップをしている」

「その勇者クン0号を返し――」

「ゆっくり話をしたいところだが、あいにくうちの勇者クンのメンタルが限界なようだ。失礼する。いずれまたじっくりと語りたいな」

「貴様、主殿の話を聞け!」


 未緒が斬りかかり、サフィの矢が放たれる。

 が、刀は空を切り、矢は床に突き立った。


「どこにっ!?」


 未緒は油断なく構えつつ、周囲を見回す。


「もういないよ」


 僕は周囲を探知して範囲にはいないことを確認する。空間属性の能力なのか、それともアンカーを使って元の世界に転移したのか。


「仕方ないな。城に行って釘を差してから戻ろうか」


 するべきことがなくなったので、僕たちは僕を召喚した城へと向かうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る