1:未知の世界 その2

「ここがそのシータ53世界か」


 召喚されたわけじゃないので、いつもの神殿などの召喚施設じゃないのはわかる。

 どこかの室内ではないのもいい。下手に軍の宿舎とか王宮のど真ん中とかだと事情の説明が大変だし、逃げるにしても面倒だ。町中だと目撃される可能性が大きい。

 まあ、だから、町中よりも外の方が都合がいいのは確かだ。


「でも、モンスター戦のど真ん中ってのはないよね?」


 見上げるほどでかいモンスターがどう見ても肉食の牙が並んだ口を開けて突進してきた。どう見ても、ティラノサウルスかアロサウルスだよね、こいつ。


「お前たち、どこから現れた!?」


 いきなり声が飛んできた。『お前たち』と複数なのは、ノアと未緒とアルジェがいるからだ。異世界に跳んだ時は僕の影に入っていたからだ。

 僕がひとりで行くと言った時、全員で連れていかないと一生口を利いてやらないと言い張ったからこうなったんだけど、それは今は置いておこう。


「あー、いや、どうも間違ったみたいで」

「とにかく、自分の身は自分で守れ! こっちは余裕がない!」


 声の主はモンスターの前を顔を強ばらせて走っていた。剣を持って、革の甲冑を身につけているところを見ると、冒険者か。


「手伝っても大丈夫かな? 素材にしたりして売るなら手は出さないけど?」

「かまわん! やれるなら勝手にやれ!」

「じゃあ、未緒、殺っていいよ」

「ハイッ!」


 未緒は目を輝かせて抜刀した。


「サポートはいる?」

「不要」


 未緒は僕の申し出に応えると、冒険者とすれ違って前に出る。


「お、おい、正気か!?」


 冒険者は足を止めて未緒を振り返る。追おうか逃げるか一瞬迷って、やっぱり逃げ出した。うん、真っ当な判断だ。未緒じゃなければね。

 未緒は真っ直ぐに恐竜っぽいモンスターに向かい、鉤爪のついた後脚に蹴り殺される寸前、真横に動いた。爪がわずかな距離で未緒の腕を通り過ぎ、風圧が未緒のシャツをはためかせる。

 僕の目にはスローモーションのようにくっきりと見えた。

 次の瞬間、素通りしていった後脚に振り向くと、未緒は刀を一閃した。

 地面を蹴ろうと踏ん張った後脚は蹴爪から両断された。当然、バランスを失った体はつんのめって前に落ちる。

 長い尻尾が鞭のように地面を打ち、跳ね回る。未緒はとっさに後ろに跳び、回避した。


「いやあ、さすがだなぁ」


 感心した声を上げ、モンスターの動きを留めようと手を伸ばす。


「主殿、不要です」


 未緒は鋭い声で僕を制止する。というか、明らかに不快そうな顔してるのは、せっかく止めを刺せるのに邪魔するなということだろう。バトルジャンキーだなぁ。

 いいよという代わりにうなずくと、未緒は嬉々として片脚でのたうち回るモンスターに駆け寄った。

 それからは一方的だった。どこまで斬ったら死ぬのか確かめるように前肢を斬り、尻尾を斬り、腹を斬る。

 最後は裂帛の気合いと共に、脳天に刀を突き立てた。

 モンスターは大きく痙攣した後、ついに絶命した。


「ふう~。気持ちよかったです、主殿」


 未緒は満足そうに満面の笑みを浮かべて僕を振り返る。その拍子に汗が散る。グラビアに載るレベルの絵いただきました。手に持ったのは血糊のついた日本刀だし、中ボスクラスの戦闘能力持ちだけど。

 ああ、この娘、人間の相手させたらダメだ。というか、相手が可愛そうだ。


「いやー、凄い! 凄いよ!」


 逃げていった冒険者が戻ってくると、興奮した面持ちで声をかけてきた。


「いやー、上位ランクの冒険者は初めて見たけど、やっぱり凄いな」

「僕らは冒険者じゃないよ」

「またまたー。こんな芸当が出来るなんて冒険者しかいないでしょ。まさか王国騎士ってわけはないよね?」

「いや、ホントに冒険者登録してないから。騎士でもないし」

「本気で?」

「ただの旅人だし」

「あんな凄い得物持ってるのに?」

「あれは護身用」


 疑わしそうに未緒を見たが、冒険者は僕を見て手を差し出した。


「まあ、色々な理由があるよな! 俺はリックス。冒険者だ」

「僕はイタル。あっちはミオ。こいつはアルジェ」


 ノアは影に身を潜めているので触れない。


「それで、こいつをひとりで狩ろうとしてたのか?」

「いやいや、仲間と一緒だったんだが、タイミングがずれて失敗したんだよ」

「なにがタイミングだよ! あんたが枝を踏んででかい音を立てたからだろ!」


 怒りの声を上げながら、こっちに向かってきたのは弓を持った女性。もうひとりは杖を持った女性。なるほど、剣士、弓士、魔法士というパーティか。あんまりバランスがいいとは言えない。

 ふたりの女性はどっちも美人だが、それ以上に弓士の方に目を引き寄せられた。

 耳が長くてとんがっている。エルフだ。幾つかの世界に行ったけど、エルフは初めてだった。


「ん? ああ、エルフは初めて?」


 僕の視線に気づいたのか、弓士が訊く。


「あ、いえ、ええ、そうです。すみません」


 答えようとして言葉が上手く出てこなかった。サフィを思い出して緊張してしまう。


「とにかく、リックスは反省しな。君たちにはお礼をしないとね」

「いや、悪い! 俺の! この足が! この足が悪いんだ!」

「じゃあ、切り落とす?」

「遠慮しとく」


 バカな会話からもパーティの仲のよさは伝わってくる。


「それにしても凄いね、あの剣士は。あの娘を護衛にして旅してる貴族様ってところかな?」

「いえ、僕は貴族じゃなくて。一通り、戦えますよ」

「そうよね。さっきも何か魔法を使おうとして、剣士に止められてたわね」

「へえ、そうなんだ?」


 魔法士の言葉に弓士が驚いたように僕を見る。


「まあ、それなりに」


 誤魔化し笑いを浮かべると、それでなにか察したのか魔法士は話題を変えた。


「ああ、そうそう。リックスがさっき素材も要らないって言ってたね。どうしようか? どっちにしてもお礼はしないといけないし」

「素材は要らないけど、それを売った中から少し金を分けてください。ちょっと手持ちが少なくて」


 この世界で暮らすわけじゃないから大金はいらないけど、最大3日暮らせる分は必要だ。


「そうね。売ってから考えましょ」

「じゃあ、素材を切り取ってくるよ」

「ちょっと時間がかかるから待ってて」

「ほら、リックス! きりきり働く!」

「わかったって!」


 冒険者たちが離れると、驚いた顔をした未緒が小声で話しかけてきた。


「あの……主殿、あの方たちの言葉がわかるのですか?」

「ん? 未緒はわからないの?」

「はい。エゲレス語でも独逸語でもありませんよね」

「そうか。ノアは?」

(妾は精霊じゃから、どの世界でも問題なく理解できるぞ)

「それはそれでチートだよなあ。ってことは召喚された者でなけりゃ人間には無理なのか」

「主殿はどうして理解できるのでしょうか?」

「まあ、色々経験があるからなぁ。未緒と同じにはならないよ」

「なんだか悔しいです」

「とりあえず、異国語を話す島国出身ということで通すか」

「仕方がありません。嘘でもありませんしね」


 未緒は少し悔しそうに口をとがらせた。

 冒険者たちからは聞こえないと判断して、今回の課題を確認する。


「ノア、ラインの繋がった先はわかるか?」

(……この付近ではないのう)

「転移した位置にないことはあるのか?」

(おそらく、その後に使った者に影響されて、この場所に転移したということじゃろう)

「ってことは、誰かがこの世界に来た?」

(そうなるのう)

「じゃあ、そいつらも探さないとな」


 面倒なことになりそうだった。

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