3:豪腕過ぎる!

「ちっ、使えねぇ野郎だな」


 僕の呼びかけに応じて、ケヤキの木陰から雷人が出てきた。

 不機嫌をまき散らしているおかげで、そうでなくともおっさんぽく見える外見がさらに年配に見える。


「やっぱり、武南さんがバックにいたんですね」

「わかってたかよ」

「いえ、見え見えすぎて引っかけかと思ってました。まさか何の引っかけもなくそのまんまだとは予想できなかったですね」

「てめっ! すかしやがって!」

「いや、そのまんまですよ」

「余裕かましやがって、てめぇのスキルはすでにわかってんだよ」

「そうなんですか?」

「クラス召喚の時にじっくり見させてもらったぜ」


 一緒に呼ばれて別行動というのは妙だと思ってたけど、予想どおりでしたね。つまり、バックには加津羅尊巳所長がいるわけだ。なんか面倒。だから組織って好きじゃないんだ。ぼっちが一番。


「ああ、あの時に見てたんですね。のぞきが趣味とは感心しませんよ?」

「俺の趣味じゃねぇ!」

「ふうん、じゃあ、誰かの趣味と」


 他に考えられないから所長の指示ということで確定と。


「それにしても、武南さんがいた気配はなかったんですけど、どうやったんですか?」


《ディヴィジョン》のメンバーもお互いのスキルについてはあまりオープンにしない。仕事をきちんとこなしていれば問題にしないからだ。だから、雷人のスキルも知らなかった。鑑定も効かない場合もあるから特に見ようとも思わなかったんだけど。


「そうだろうそうだろう。俺の力はわからねぇからな」

「あ、召喚関係ですか」

「なっ!? なんでわかった!?」


 正直な人だなぁ。これだけ簡単に引っかかってくれると面白い。


「それで、僕のスキルはわかったと?」

「そういうことだ!」

「それで、何のために戦うんです?」

「俺は弱いヤツにコケにされるのが嫌いなんだよ!」

「はあ……」


 加師といい、どうして僕はこういうのに目をつけられるんだろうか? もっと力を奮った方がいいのかな。でも、それじゃこいつらと一緒になるんだよな。思案のしどころだ。


「前提が間違ってるんだけど、それがわからないからこんなことしてくるんですよね」

「何をゴチャゴチャと言ってやがる! 叩きのめしてやる!」


 頭痛いとつぶやく僕に、雷人は獰猛な野獣のような陳腐な叫びを発して突進してきた。

 2回連続の体育会系はきつい。主に精神的に。

 この体育会系のノリにまさかの召喚スキル。どうなってるんだろ。


「ゴーレム召っ喚っ!」


 雷人の暑苦しい叫び。

 その背後に倍以上の高さのゴーレムが出現すると、雷人はトンボを切ってゴーレムに跳んだ。体がゴーレムに吸い込まれる。

 召喚から、まさかの憑依。昔のロボットアニメの搭乗シーンみたいなノリだ。いや、雷人の脳内では景気のいいBGMが鳴り響いている。絶対。

 ゴーレムの目が真っ赤に光り、腕を左右に動かし、ポーズを決める。効果音ないけど、絶対どこかでキュイーンとかピキーンとか鳴ってる。絶対。


「さあ、食らえやっ!」


 ゴーレムが岩石の拳を振り上げた。

 結局、殴り合いかい! 暑苦しいよ!

 ライトセイバーで斬ってもいいけど、そうなると召喚主がどうなるかわからない。できるだけ人は殺したくないんだよねえ。


「仕方ないなぁ」


 僕はため息混じりにつぶやきと共に左手を突き出した。

 轟然と打ち下ろされたゴーレムの拳は手のひらで受け止められる。これは何度かやってる魔法障壁。魔法や魔術だけでなく物理も受け止められるように改良してある。


「はあ!? なんだ、その術は!?」


 目を剥いて叫ぶ雷人。目の前のことをわざわざ叫んで驚くなんて自分の無知をさらけ出すだけじゃなくて、感情のコントロールも出来ませんと公言してるようなもんだけど。


「パワーだけですか? これで僕を格下に見てたなんてちょっと残念すぎます。まあ、目立たなくしてたのは確かだけど、もうちょっと見て欲しいなぁ」

「てめぇ、殺す!」

「だから、どうやって……ん?」


 さっきからなにか気配を感じるんだけど、どこだ?


「お? 見つかったちゃった」


 そこに若い男がいた。気を失ったままの勇者クン0号を抱えて。


「おまえ、いつの間に!?」


 雷人が驚愕の声を上げた。まったく気づいてなかったようだ。まあ、僕も妙だと思ってただけなんで、あまり他人のことは言えないけど。


「んじゃ、この勇者はもらってくね」


 もらうって、どういうことだ?

 突っ込む前に男は勇者0号クンを抱えたまま姿を消した。


「なに!?」


 雷人が驚愕の声を上げる。顎が落ちるってのはこういう顔かとよくわかった。

 瞬間移動系のスキルか。索敵スキルを使ってみたけど、この近くにはいない。かなり遠くまで跳んだみたいだ。


「人の舎弟を掠って、はいそうですかって逃がすか!」


 雷人は走り出した。おーい、どこに行ったかわかってんのかい? 行かしちゃっていいんですかね?


「ねえ、加津羅さん?」


《ディヴィジョン》所長・加津羅尊巳が僕の前に現れた。瞬間移動じゃなくて、川沿いの桜並木から飛び下りてきた。なんとかは高いところから現れるって言うけど、桜の木は折れやすいから乗っちゃダメだろ。


「残念です。間に合いませんでしたか」

「なんだか狙って現れたようにも見えますけど」

「残念ながら、今着いたばかりなので、いいシーンを見逃してしまいまして、部下の失策だけしか見られませんでした」


 心が痛むというように胸に手を当てると、僕に一礼する。


「それはそうと、武南が迷惑を掛けたようですね」

「わかっててやったんじゃないんですか?」

「いえ、葛見君のスキルを調べるようにと命じただけで、それ以上は何も指示していないのですよ」

「僕はたいしたスキルもないけど」

「それには大いに異論がありますね。私は人を見る目には自信があるんですよ」

「いや、それ鑑定スキルですよね」

「あはは、そうとも言いますね。その私の目をもってしても、君のスキル欄は見えない。ただ膨大な空欄があるだけ。その謎が知りたいのです」

「ただのバグですって。それを追究しない代わりにいつでも仕事を引き受ける条件でしたよね?」

「そうでしたね」


 わかってるならやるなよと思ったけど、まあ、これくらいは予想の範囲内だ。それよりもわからないのは――。


「それで、さっきの男はなんなんです?」


 僕の問いに尊巳は真剣な表情で答えた。


「そうですね。そろそろ君にも教えておくべきでしょう。ディヴィジョン組織HOW」

「はう?」

「異世界の勇者たち(HEROES OF OTHER WORLDS)という組織です。そうですね、異世界で勇者になりたい連中の集まりです」

「中2病の集団かぁ……」


 これは痛い……。


「《ディヴィジョン》の考えに賛同できなかった勇者たちが組織しています。さっきの男は恐らくHOWの幹部でしょう」

「特定できてないの?」

「残念ながら。我々と関係する元勇者であればわかるのですが、それ以外では限界があります。数が増えているHOWに対抗する意味もあって、有望な君の力を知りたかったのです」

「武南先輩に探らせるなんて人選ミスでしょ」

「そう思います。深く反省します」


 殊勝な様子で頭を垂れると、尊巳は晴れやかな表情になる。なんか嫌な予感。


「とは言え、これで決まりました」

「何がです?」

「ひとつ調査案件があるのですが、君に行っていただきたい」

「また召喚が?」

「いえ、召喚ではないのですが、繋がっている世界が発見されましてね」

「繋がってるって? 召喚儀式をしていないのにつながってるってこと?」

「そうです。世界番号は仮にですがシータ53としています。そこに潜入して調査していただきたいのです」


 つまり……異世界召喚じゃないっ!

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