出会い
さとすみれ
1話完結
『「いきなりでごめんね。ずっと前から好きでした」ドキドキ胸の音 君に聞こえてないかな?』
曲が間奏に入ったのを聞いて
「来週、推しがカムバするんだー」
「よしっ! 勝ったーお前ら雑魚すぎー」
「なぁ、今日の部活って四時からだよな?」
どれも私には関係のない話。だって、誰も私の「推し」に関して話してないのだから。私の「推し」は、YouTube上で活動しているHoneyWorksというグループ。声優が歌を歌っているのだ。声優と感じさせない圧倒的な歌唱力。胸にくる歌詞。最高である。今聞いているのだって私の心にストレートにくる。歌い出しの告白からの展開。最後は結局結ばれるけれど、告白できない女子の気持ちが忠実に歌詞に表れている。これが翼君にできたらといつも思う。
翼君は私にとって、初恋の相手である。高二で初恋? と思うかもしれないが、今まで好きな人がいなかった理由は一つ。HoneyWorksの中でユニットがあるのだが、その中の一つ「Lip×Lip」の染谷勇次郎くんが大好きだったから。今も好きだが、翼君以上ではない。
出会いは一年前。放課後さっさと家に帰らず「言葉のいらない約束」を聞いていた時。翼君はその日、たまたま部活で履くスパイクを教室に忘れて取りに帰ってきていた。私は音楽を聴くのに夢中で、教室に誰かが入ってきたなんて気づかなかった。曲が終盤に入った頃、「麻耶さん」と肩を叩きながら私の名前を呼んだ。「……えっ?」私に声をかけたと一瞬わからなかったこと、教室に人がいたこと、学年一のイケメンの翼君に声をかけられて驚いたことが一気に重なり、私は声をうわずらせてしまった。
「いつも音楽聴いてるけど、何聴いてるの?」
「ハ、ハニーワークス……」
……言ってしまった……。これじゃオタクと思われてまたイジメられる……昔みたいにはなりたくないと思って今まで「◯津玄師」とか「◯いみょん」とか言って誤魔化してきたのに。すぐに否定しようと声を出そうとした瞬間、翼君の口からは私の想像と全く違う言葉が出てきた。
「ハニーワークス? マジで? 俺も好きなんだよ。えっ何の曲聴いてたの?」
意外だった。この学年で一番モテてるYouTubeなんか興味なさそうな翼君がHoneyWorksを好きだなんて。私は一旦冷静になってから言った。
「世界は恋に落ちている……。というかハニーワークス好きってほんと?」
緊張で嘘言っちゃった。
「ほんとだよ。世界は恋に落ちている……か。その曲めっちゃいいよな。俺ハニーワークスの曲で好きなのは「東京サマーセッション」とかかなぁ」
「いいよねその曲。聴いててすっごくドキドキする!」
結局私たちはその後もHoneyWorksについて一時間以上語り合った。そして別れ際にはLINEも交換した。その時、
「俺、もっと麻耶とハニワについて語り合いたい。なかなかハニワのファンっていなくてショックだったけど、出会えて良かった。この忘れ物のおかげだな。じゃあ、また後で」
とスパイクを上に掲げて教室を出て行った。最後に見せてくれた笑顔が勇次郎くんよりかっこよかった。
私と翼君が学校で話すことは殆どなかったが、LINE上では毎日話した。話している中でお互いの好きな歌い手を知り、曲の好みを知り、新曲が出たらすぐに聴きあって感想を話しあうことを何ヶ月も続けた。その中で翼君の好きな女子のタイプとかも聞いた。それで私に気があるのではと確信した。告白しようかな…。とても悩んだ。無難に口に出して伝えるか、LINEの文字で伝えるか、はたまた手紙で伝えるか……。
ある日の放課後。教室には部活のため残っている男子が数名スマホゲームをしているみたいだ。中には翼君もいた。ただし一人で耳にイヤフォンを入れてスマホをいじっていた。そこで私はLINEでこう送った。
「後で電話してもいい?」
すぐに既読がついて、翼君は私をチラリと見た後返信してきた。
「いいけど、どうした?」
「俺今から部活だから、九時ごろ俺からかけるでもいい?」
「うん」
よし! 電話できる。私はウキウキ気分で「告白予行練習」を耳に流した。
九時前。すっごい胸がドキドキしている。LuLuLuLuLu……。
「あっ来た」
つい声に出してしまった。
「あっ翼君、こんばんは」
声が緊張してる。落ち着いて、冷静に……。
「あぁ、どうした? 麻耶が電話したいっていうなんて初めてじゃない?」
「うん。ちょっと話があってね……」
通話は十回以上している。けれどいつも誘ってくるのは翼君の方からだ。私は深く息を吸い、電話口に向かって言った。
「いきなりでごめんね。ずっと前から好きでした……!」
出会い さとすみれ @Sato_Sumire
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