第52話 「今日もがんばろぬ!」

 翌朝。

 いつもだったら、週の始まりでだるくて嫌でしょうがないハズなのに、今日の俺は違う。

 それは何故か。

 俺はスマホのアルバムをタップ。そして昨夜スクショした画面を見る。

 そこには、



『今バイト終わったよ〜。もう、ヘトヘト……。杏太郎くんにギュウして欲しい……』


『あ、そういえばさっきのが付き合ってからの初メッセだね!』


『おやすみ! 大好きだよ!』



 といった海琴さんからのメッセの数々。


 更に! 朝も、



『おはよー! 今日もがんばろぬ!』



 って届いた。【ぬ】ってなんだよ【ぬ】って。打ち間違いとか可愛い過ぎるんだけど。もう俺は死ぬかもしれん。夢かと思って何度もみるけど、確かに届いていた。

 そりゃあ月曜日から元気になるってもんよ!

 ただ、その隣の時雨のダンス動画を再度見たのは内緒だけども。



「じゃあ行ってきます!」


「あれ? 今日は早いのね。遥君待たなくていいの?」


「おけ! 遥はほっといてよし!」



 俺はさわやかに母さんにそう言って玄関から出る。

 今日からの俺は違う。彼女のいる俺なのだ!



「ほっといてとはあんまりだな。杏太郎」


「おはようございます」


「なんでいるんだよ。いつもより早く家を出たのに」



 玄関の先にはまさかの遥と音原。

 せっかく彼女が出来た世界を一人で悠々と歩いていこうとしたのに。



「杏太郎、お前は馬鹿か? 俺達がここに来る時間はいつも通りだ。お前の言ういつもの時間ってのは、それから俺達がお前の準備を待つ時間があってのいつもの時間だ。ただ単に待つ時間がなくなっただけにすぎん」



 くっ、ド正論で返してきやがって。

 まぁいい。今日の俺は寛大だから。なんてたって彼女ができたからなっ!

 今までみたいに、お前らの事をみて血涙を流さなくてもいいんだ……。くうっ! 辛かった……。



「まぁいいや。じゃあ行くか」


「あぁ」



 そうして俺達は学校へと向かう。遥達は二人で仲良く会話しながら。俺は海琴さんとメッセのやり取りをしながら。



「杏太郎、歩きスマホは危険だぞ」


「大丈夫大丈夫。ちゃんと前見てるから」


「いや、前じゃなくて後ろだな」


「は? 何言ってんの? 後ろが危険ってどういうおわっ!」


「キョウおっはよー! 蓮川くんも音原さんもおっはよー!」



 いきなり俺におんぶされるような感じで飛び乗ってくる乃々華。

 背中に伝わる二つの控えめな柔らかい胸の感触が、この前の試着室での出来事を思い出させる。

 これはマズイ。



「おいこら降りろ!」


「い〜や〜だ〜!」


「ならば振り落とすまで!」


「嘘でしょ!? わかったってばぁ! 降りるよぉ〜!」


「ならよし!」



 これで大人しく降りるかと思ったのに、乃々華は俺の耳元に顔を寄せるとぼそっと呟く。



「(ねぇ、今日の下着ね? こないだキョウに見られたのと同じ下着の色違いで……ピンクだよ♪)」


「っ! おまっ!」


「とうっ! 着地っ! ノノちゃん八点! ん? どうしたのかな? んん〜?」


「な、なんでもねぇよ!」


「そ〜う? ならいいんだけどぉ〜?」



 俺の背中から降りた乃々華は、意地悪そうな顔をしてそんな事を言ってくる。 今までは、くっついて来ることはあっても、さっきみたいな事を言ってくる事は無かった。

 どうもこの前のアレから変だ。俺が意識しすぎなのか? いや、違うよな。

 まぁどっちにしろ、今までみたいなスキンシップは控えてもらわないと困る。

 ホントは偶然会った時にドヤァ! のつもりだったけど、それじゃ遅いな。

 もし海琴さんに見られて浮気だと思われたら俺は絶望する。

 けど、なんて言うべきか……。

 そんな事を考えていたら、乃々華から話題をふってくれた。



「てゆーか、さっきからずっとスマホ見てるけど何してるの? エロいの見てるの? それとも………エッチなの見てるの?」


「それともの意味がないんだが!? 違うわっ! メッセのやり取りだよ」


「お母さんと?」


「違うわっ! 彼女だよ。か・の・じょ!」


「キョウ……とうとう彼女作るアプリにまで手を出したの? うわ、マジで引く……」


「はいはい。言ってろ言ってろ。俺は返信に忙しいんだ」


「……え」


 俺から三歩ほど後ずさる乃々華を尻目に、俺は再びスマホに視線を移す。『今日もバイトですか?』っと。送信!

 ……お、返事きた。なんて来たかな〜?



「グェッ!」


「ちょ、ちょっとキョウ!? 嘘でしょ!? え、生きてる彼女なの? ちょっと! 何か言いなさいってば!」



 く、苦しい……。首……首が……。

 俺は俺の襟を引っ張る乃々華の手をタップする。



「あ、ごめん……」


「ごめんじゃないわ! 襟を引っ張るのはやめろ言ってるだろうが! つーか生きてる彼女って失礼にも程があるんだが!?」


「ご、ごめんってば……。でも……え、彼女ってホントなの?」


「ホントだよ。っても昨日出来たばかりだけどな」


「昨日って……え、誰?」


「教えねーよ! って言いたいところだけど、言わなきゃ信じてもらえそうにないから言うわ。ほら、前に言ってたエムドエヌドのお姉さんだよ。十九歳の。あれは俺の勘違いじゃなかった、って事だ」


「…………そっか。おめでとう。良かったじゃん」


「おう! さんきゅー!」


「じゃあ学校行こ。遅れるよ?」


「お? おう」



 な、なんだ? てっきりもっとイジられると思ったんだが……。

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