第40話 迷子

「それで話を戻すけど、海琴はまだ彼氏くんに言ってないこと。まだ言えないことがあるんだよね」


 千歌さんは俺の目を見てそう言ってくる。怖いけど、真剣な顔をしているから目を逸らさない。


「言えないこと……ですか?」

「そう」


 一体なんだってんだ? 全然予想も付かないんだけど。

 つーか付き合ったばっかりなんだからそんなの当たり前だろうに。だって言わない事じゃなくて、なんだろ?

 大きな嘘や隠し事はちょっと嫌だけどな。


「それは一体……」

「待って。あのさ、その事を海琴から言ってくるまで待って欲しいの。そして聞いた時は、その事実だけを頭に入れないで、その理由もちゃんと最後まで聞いて欲しいのよ」

「ちーちゃん……」


 その言葉を聞いて海琴さんは少し涙目に。俺はというと……


「わかりました」

「へ、返事が早いわね……」

「いやまぁ、俺だってまだ言ってないこと事とかありますし。最初から全部を知るなんて無理じゃないですか」


 あまりにも真剣な顔をするからとんでもない事でも話されるかと思ったのに、なんでそんな当たり前の事を……。

 これで実は人妻とか、小学生とかだったらさすがに引くけども。


「え? あ、そういうものなの?」


 すると、千歌さんは隣の聖美さんに首を傾げながら聞いた。だけどその聖美さんは、何故かプルプルと震えながらお腹を押さえて笑っている。


「しょ……少女マンガに出てくる良い友達的セリフを、ま、まさか千歌から聞くなんてっ! プス〜! クスクスプス〜!」

「なっ! ? ちょっ! そこ笑うとこ!? だって心配になったんだから!」

「うんうん。そうだねぇ〜。千歌は友達想いのいい子だもんねぇ〜。でもきっと大丈夫だよ〜? みこちゃんが選んだ人なんだから。だからみこちゃんは頑張ってね〜? 日野くんは……」


 聖美さんはそこで笑うのをやめて俺を見る。そして睨みつけるように俺を見るとこう言った。


「みこちゃんを嬉し泣き以外で泣かせたら、どこまでも追いかけてもぎ取る」


 ひえっ!? もぎ取るってなにを!? こっわっ! この人が一番やべぇ!


「わ、わかりましたっ!」


 だから力いっぱいに返事をした。


「うん。みこちゃんをよろしくねぇ〜」


 こっわ。まじでこっわ!


「はい、聖美に笑われたからアタシの話はもうここでおしまいっ! じゃあこれからどこ行こっ──あだだだだだっ! 聖美なにするの!?」

「ねぇ千歌? もっと空気読もうね〜? みこちゃん達デート中なんだよ? たまたまあんな場面見ちゃったからこうしてお話してるけど、本当は邪魔しちゃダメなのわかるよね〜?」

「う、そうだった……」

「でしょ〜? だからきよ達はギリギリ遠くから暖かく見守るの。わかった?」

「おっけー」


 おっけーな訳あるかぁ!!


「全然おっけーじゃないよぉ!? デートなの! デーーーート! そっとしておいてよぉ! さっきちょっといい話っぽいのしたと思ったのに、なんでそうなるのー!?」


 あ、海琴さんがとうとう吠えた。まぁ、そりゃそうだよな。見守られてるって分かってるデートは嫌だし。

 つーかデート……デートかぁ……。

 なんて心地良い響きなんだっ!


「はいはい、それじゃアタシ達は彼氏いない組で遊んできますよ〜っと」

「………………そうだね〜」

「え、待って、今の沈黙は何? え? 嘘でしょ?」

「じゃあ、みこちゃんばいば〜い」

「ねぇ、ちょっと聖美ってば! あ、海琴またね! がんばるのよ! って聖美! 先行かないでよ! ちょっとってば! 嘘だよね? アタシだけフリーとか嘘でしょ〜!?」


 まるで漫才でも見ているかのようなやり取りをしながら、二人は立ち去って行った。


「もう! まったくもうっ!」

「はは……。いや、でも良い友達だと思いますよ?」

「うん。それは否定しないけどね〜。杏太郎くんとのことで色々相談乗ってもらったし」

「そうなんですか? たとえば?」

「それは……まだナイショっ!」


 はい可愛い。今どき口元に人差し指当てて「ナイショっ!」なんて見たことないけど、それがまた可愛い。


「じゃ、見てるの途中だったし、戻ってまた見て回りますか?」

「うんっ!」


 そして俺達はまた順路に戻り、まだ見ていない水槽へと足を向けた。


 が、その時だ。


 ~~~~♪


 館内アナウンスの音楽が鳴った。またなにかイベントかな? って思ったんだけど……


【迷子のお知らせです。海の生きものふれあいコーナーで保護した、柳時雨ちゃん、じゅ……えっと……え、これほんとに言うんですか? あ、はい】


 ………は? ちょっと待て。


【ごほんっ! ……名前は柳時雨ちゃん、十七歳の女の子を迷子センターで預かっております。お母さんと来たそうなので、時雨ちゃんのお母さんは迷子センターまでいらしてください。繰り返しま──え? お兄さんがここで働いてる? 柳? え? 嘘でしょ?】


 ………。

 いやー! あれだな! 同姓同名っているもんだなぁ〜!

 って、そんな訳あるかっ! 何してんのあの人!?

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