第32話 繋いだ手は離れない
「食べてる姿、なごみましたね」
「うん! 可愛かったなぁ〜♪」
ペンギンやラッコ達のお食事タイムが終わったあと、俺達は人の流れから少し離れた所にあるベンチに座って、入場時に貰ったパンプレットを眺めていた。
澤盛さんとの距離は肩と肩が触れ合う程。しかし勘違いしてはいけない。まだだ。まだ早い。
若干、「あれ? もしかして俺の事まぁまぁ好いてくれてるんじゃね?」って思わなくもないけど、それで昔失敗したからな。慎重に慎重に……。
そしてふと時間が気になり、スマホを取り出して見てみると十一時ちょっと前。まだ少し早いけど、この人混みを見る感じだと、そろそろ動いた方が良さそうだ。
「澤盛さん、ちょっと早いですけど、そろそろ飯にしません? ちょうどに行くと多分フードコート混むと思うんですよね」
「ん、確かにそうだね。行こっか? えっと場所は……」
「あっちですよ」
俺は立ち上がって澤盛さんのうしろの通路に指を向けようとすると、着ていたジャケットの袖がよれてボタンが内側にきていたせいで、ポケットにひっかかり変な位置で止まってしまう。ちょうど澤盛さんの顔の前で。
「へ?」
「え?」
「あ……えと……へへ。あり……がと?」
澤盛さんはそう言って照れ笑いをしながら俺の手を握って、そのまま立ち上がった。
ふわぁぁぁぁぁっ!! 柔らかい! スベスベ! そしてちょっとひんやりしてる!
ってそうじゃないっ! ち、違うんだ! 手を差し伸べた訳じゃないんだよ! そんなキザな事を俺が出来るわけないだろう!
え、ちょっと待って? 澤盛さん? 立ったのになんで手を離さないの? これ、俺から離すの? どうやって? どのタイミングで? なんでそっぽ向いてるの? わっかんねぇ〜!
「日野くん……行こ?」
そう言って小首を傾げながら、繋いだ手はそのままで軽く俺の手を引っ張る澤盛さん。少し顔が赤いようなそうでも無いような……。廊下が少し暗いせいでよく分からない。
なぜ俺の目には暗視ゴーグルが付いてないんだ。いや、付いてても困るけど。
「は…はい」
俺は返事をして歩き出す。それに合わせて澤盛さんも俺の隣を歩く。手は繋いだままの距離感で。
え、待って? これ、恋人だよな? 周りから見たら恋人にしか見えないよな? でも残念。違うんだよ。だけど手を繋いじゃってんだよ。
いやぁ〜これ、告白したら付き合えちゃうんじゃないの!? どうなの!? それとも大人の女性はこれくらい普通なのか!?
いや待て。ほら、澤盛さんも全然喋らないし、もしかして意識してくれてるとか? はっはっは……まさかなぁ〜。
あ、手汗やば。
◇◇◇
「うわぁ〜まだお昼前なのに結構人いるね〜」
フードコートに付くと、思ったよりも席は埋まっていた。ちなみに手は繋いだまま。離すタイミングが分からないんだもの。
相手から離すのを待ってみたけど、その気配も無い。かといって俺から離すのもなんか……って感じだ。
ちなみに注文は食券でするみたいで、券売機には数人並んでいるのが見える。そしてまだ繋いでる。
はっ! 今がチャンスなのでは!? 食券を買うには財布を出さないといけないからな。それにお昼は俺が出すって約束したし。
本当は名残惜しいけど、そうも言ってられない。
よし、極めてシンプルにさりげなくだ。
「じゃあ何食べます? 約束通り俺が出すんで好きなの決めてくださ……い?」
繋いでる手の方でポケットから財布を取るために離そうとするが、何故か動かない。
「うぅ」
さ、澤盛さん? うぅって?
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