9 冬寂雪花:Winter Mute
「ちょ――ッ!」
高周波で振動する刃が、甲高い音を立てながら陣笠の装甲を滑り、そのままシートの背もたれを切り裂いた。
中に入っていた合成クッション材が宙を舞う。
エア・ビークルの内装は大型シートが向かい合わせに二の二。高級リムジンより天井は高いが、如何せん景気よく乱闘するほどの広さはない。
彼女は狼狽もせず、静かに事の成り行きを見守っているが、
一先ずヴァレリィの方に視線を動かすと、そちらにも目を赤く光らせたエア・ビークルのパイロットが忍び寄っている。
「後ろッ!」
だが一瞬早く、赤い眼のパイロットの腕がヴァレリィの首を締めあげた。どうやら身体能力も向上しているようだ。
パイロットの方は武器を携行していなかったことが幸いした。
「ぐむッ……スリーパーズ・エージェントが社内にも! 既に!」
「
「俺のことはいい! 社長が危ない。
だが
「それは、『もうやっています』」
「なん――」
何かを言いかけたその口が止まり、その目が驚愕に見開かれる。
雪の結晶のようなソレが手首を縛り、高周波で振動しているはずの
「なんだ……これは?」
ピキピキと、今も
「【
「オリジナルのAIアプリだと? これは空中に……凍結しているのか?」
「一応、ただの氷ではなく
「軍用の
驚くヴァレリィを尻目に首を絞めていた、エア・ビークル・パイロットの頭部に氷の花が咲く。
締め上げる腕の力が緩んだのをみて、彼はすぐにパイロットを取り押さえた。
「すまない、助かった」
しかし、
ヴァレリィの反応のことではない。
腕が彼の身体に密着しすぎていたので、頭部に【
人間の脳は昔から、スーパーコンピュータよりも精密な演算装置とされてきた。
その評価は、粒子センサ・ネットワーク網がヒトの脳のニューロンを模倣して演算を行うようになった今でも変わらない。
その為、【
それは
記憶や身体能力を強化するAIアプリが起動しているなら、なおさらだ。
赤い眼をした
だが今、仕掛けたエア・ビークル・パイロットは、まるで脳が睡眠状態であるかのように容易に頭部が凍結した。
「どういうことだ……封印してあった記憶を想起して、エージェントとして覚醒させるAIアプリじゃないのか……? それにさっきのあの音は……」
思案にふける
「貴様……
その言葉に、
「よく喋る……」
ハードが破壊され、
そのまま、
そして、
「まてッ!」
全身を【
「
だが身体強化された
血を吹いている彼の右腕を止血代わりに凍結させつつ、機内に引き入れようとすると、赤い眼をした
「いいのか? 何故、ワタシがハッチを開けたのか、分かっているのか?」
その首筋、
声は、そこから聞こえていた。
「コイツは……」
「察しの通りだ
それがピー、ピー、と警告音のようなものを発していた。
「爆弾……ではないか。なんだ、何かを発信している」
警告音は徐々に大きくなっていく。
「まさか」
「少々アナクロな手段だが」
エア・ビークルから身を乗り出し、外を見た
「
「爆弾を仕込むよりも簡単で、見つかりにくい」
金属の骨と氷の肉を纏った蜘蛛が答えた。
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