2 マキシ:M4X1
流星落下から日が変わって、まだ夜の明けぬ早朝四時。
秋も終りに近づき、夜風は静かに切れ味を増していた。
合成コンクリートの幹とデジタルネオンの葉で出来たビルの森。
原色カラーの電飾が眩しい旧世紀からの市民の友は、ネットワーク・インフラが大気中に漂う粒子ニューロンにまで発達した現在でも、元気に営業を続けていた。
神の業に王手をかけた、なんて雑なキャッチ・コピーまで飛び出す『粒子センサ・ネットワーク』、通称『センサ・ネット』だが、未だ徒歩五分圏内の手軽さを駆逐できず、天売の文化はしぶとく生き残り続けている。
一部ではセンサ・ネットを用いたテレポーテーション装置――
通信電力インフラ、インターフェースは空気中に漂う粒子センサ・ネットワーク網がまかなうようになったが、とはいえ、食料品や生活雑貨が徒歩五分で手に入るコンビニエンス・ストアは二十二世紀の今をもってしても市民の頼もしい味方だった。
そんなコンビニの愛想の悪い店員と味気ない電子音に見送られ、買い物袋を片手に店から出る、白いパーカーを被った小柄な人影。
白いフードの陰から、鮮烈に赤い薔薇色をした髪が零れた。
猫の耳のような三角アンプが付いたパーカーは、袖と裾は小柄な体躯には少し大きくダブついていた。
猫耳フードの、薔薇色の髪のその奥で、ユラユラと揺れる黄金色の右目と、エメラルド色の左目が、眠そうな瞼に半分隠れている。
少女然とした計算された幼さを残す精緻が過ぎる顔は、
カツカツと、金属質な足音を立てながら店を出る。
後ろで自動ドアが閉じると、チャチなメロディと共に、蒼く輝く粒子が宙に舞い、ぼんやりと浮かび上がる。それはキャンペーン広告を三つほど結像。
主に広告触媒用途で、センサ・ネットが敷設された最初期から現在まで広く利用されるアプリケーション。
とはいえ、それ自体はただの立体映像。
センサ・ネットが行き渡った現在では、旧世代の物理的干渉力を持たない立体映像技術の方が、コストがかさむという逆転現象が起きていて、代替可能なものはセンサ・ネットのAIアプリにどんどん置き換わっていった。
しかし、使う側が同様に進化するとは限らない。
刷り込みに抵抗力のないタイプの人間を狙い撃ちにした古典手法。
センサ・ネットが収集する膨大な統計データを鵜呑みに参照しているせいで、一周回って代わり映えのしなくなったポップアップ広告などに興味が湧くこともなく。
道を塞がれたと言う不快感だけが残り、少女はため息を零した。
「地上だと、こういうの、まだあるんだ……」
金と緑の
人工皮膚をコーティングせず、手袋で隠すようなこともなく、剥き出し銀の指。
それがネオンのような光彩を放つポップアップ広告に触れると、波紋が広がる様に元の蒼い粒子へと還った。
センサ・ネットの空間ストレージにスタックしていたポップアップ広告のデータに干渉、
センサ・ネットの微粒子大の
ふいに粒子が文字列を描き、集い、金属と氷のビジュアルをした三体の妖精を形作ってフワリと舞う。
三方に飛んだ先で
妖精のガイドに従って振り返ると、少女にだけ見える山吹色の光が集束し、コンビニの陰、道向こうの木陰、反対側の土手、の三ヶ所に人の姿をハイライト。
「マキシってはお前さんか?」
不意に、脅しつけるのに慣れた声をかけられた。
夜中というのにサングラスを掛けた金髪にスーツの男が、街灯と建物が作る影から半身だけ姿を見せている。
「あー……えっと、そう……です……が?」
少女とも少年ともつかない、囁くような澄んだ声が答えた。
マキシと呼びかけられた猫耳パーカーの少女は違うとのたまって三文芝居を打つことも考えたが、相手の気配から察するに、無駄な茶番にしかならないと思いなおして正直に応じる。
「そうか……スピンドルの連中が送り込んできた
困ったようにボリボリと頭を掻いて、そっぽを向きながら煙草に火を点けた。
「――ヤれ」
サングラスの男は短く言って、現れた時と同じに影に溶け込むように消えた。それと同時に電子の妖精が作ったハイライトも外れ、完全に気配を消す。
「初見で【
それと入れ替わりで、道路の向こうと反対側の土手。ハイライトされた人影の残り二つが動いた。
「げひゃはじゃじゃ、ひっ、ひっ――」
まずは道路向こうの茂みから現れた金髪の
大振りのナイフを片手に、下品な笑いにしゃっくりのような獣声をあげて、道路を俊敏に渡ってくる。
――キィンッ! という、高音を絞るような、変わった銃声が響いた。
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