<15> 大惨事のあいつ

 前回のおさらい。

 どどどどどどどどっどばんっっずどばっどこんっ。


 社長がもの凄い勢いで階段を上ってくる。

 社長がもの凄い勢いで三階の玄関扉を開ける。

 社長がもの凄い勢いでハイヒールをロディさんに投げつける。

 ロディさんの額が私の後頭部にぶつかる。


 最も被害を受けたのは結局私だったという話、これはもう、お世話になっている社長に対して酷い物言いをした自業自得というやつで、軽く意識は飛んだりもしたけれど、私はげんきです。がくり。


「る、ルリルーちゃんっしっかり、ぁああ、誰がこんなことを」

「いや、どう考えてもガラさんですからっあぁ、もう。上がりますよっ」

 かくんと体重を預けた私を抱きかかえて、ロディさんが部屋に入る。社長の家は玄関で靴を脱ぐスタイルで、家の中に泥を持ち込まない分掃除が楽。

 少し歪んで遠いけれど耳も聞こえる、薄ら開く目も見える。意識は落ちていないけれど、どっこどっこと歩く振動だけで気持ち悪い。恐らく静かに丁寧に運んでくれているのだが、それでも。


「部屋は?ベッドに」

「あぁ、もうっそっちの扉。冷やすもの取ってくるわっ」

 社長の慌てる声なんてレアだなぁなんて感想が浮かんでくるくらいで、全然大丈夫なんだけど、目を開けるとぐるぐるするし、口を開けばさっき飲んだコーヒーが出てきそうで、そんなただでさえ大惨事、抱きかかえられてやってしまえば大災厄の域まで昇格してしまうから大人しく目を瞑ってぐったりしていよう。


「ここ。て、あぁあ、ルリの、部屋」

 女の子一人なんて軽いもんで、抱きかかえたまま扉を開けるくらい造作ない。ただ、部屋に入るのに緊張と躊躇が感じられたのは、私の願望だったんだ。きっと。

 そぉっと、壊れものみたいにベッドの上に置いて、ロディさんは去ろうとした。どこに行くの、側にいて欲しい。

 恋愛授業の途中なら別に、普通の女の子みたいに甘えてもいいでしょう?あとでめっちゃメモるけど。

 けれど、口から出たのはまったく違う言葉で。


「うぅう、ぎぼぢばるい、ばぎぞう・・・」

 あぁ神様、色気を下さいとか、母や姉と同じピンクブロンドにして下さいなんて申し上げません、まともな感性ならばドン引きの、こんな喉やら口やらを今すぐ、今すぐにだっどうにかしてくれさい真面目に処分したい絶賛叩き売りだこのやろう。


「ルリっあぁ可哀想に、だけどあぁ、ごめんよ、どうしよう、可愛い。あぁああ」

 呻く私に対して何だかよく分からないコトを宣いながら、ロディさんは手を握ってくれて、背中を軽く摩ってくれた。あ、吐き気、治まってきたかも。

「アナタほんとうに・・・でも」

 険しかった顔が少し緩んだからだろうか、入室した社長はロディさんを退けることもなく、私の額にお絞りを乗せてくれた。その冷たさに一瞬顔を顰めるが、浸透してくるのは愛情で、一層安らかな気分になって吐き気も頭痛も和らいだ。

「しゃちょ、ごめん、さい」

 眠る前に謝れた私は少しは成長したかな。




「・・・売人との繋がりが・・・」

「・・・いくつかは先日の視察の際に・・・」

「・・・疑われて・・・」

 切れ切れの会話。

 互いをよく知らないふたりの会話でないことだけは分かる。

 もっとちゃんと聞きたい。でも意識が浮上すれば、ふたりは必ず察する。だって、そういう世界の人たちだから。

 あぁ、もう。

 目覚めてしまう。


「良かった。もう吐き気はない?ただの脳しんとうだと思うけど、今日のところは安静に」

 ぱちりと開いた目に、ロディさんの淡く笑んだ顔が映る。ずっと側で私だけを見ていたみたいに。

「何の話でした?」

「え?」

「ふたりで。ふたりが、知り合いなのに、初対面みたいに。・・・のけ者にして」

 子どもかとふたりで笑ってくれれば良かった。つまらないことで拗ねて、馬鹿だな。困った表情に変わったロディさんを見上げて、本当に馬鹿だと思った。

 私の見たい顔はそれじゃない。


「あまり、ルリルーちゃんに聞かせたくはない話だったの。この男とは本当に初対面よ?エコーを通じて何度かやりとりをしたけれど。あと、こんな線の細い若造なんてタイプじゃないから、それは絶っ対に安心していいわ」

 ロディさんの首根っこを掴んで向こうにやった社長が、柔らかに微笑んだ。

「社長ぉ」

 起き上がろうとする私を支えてくれるその細身だがしっかりと鍛えられた身体に抱きついた。

「やっぱり社長大好きです」

「ルリルーちゃん・・・」

「それで、簀巻きの話はどうするんです?」

 女同士の抱擁が気に食わなかったらしいロディさんが問題発言を行い、私の心臓も簀巻きになった。

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