イチャラブご教授願います!
沖綱真優
本編
<1> 六本骨パラソル
聖都で一番お洒落なお店が並ぶ辺り。
昼下がりの午後、オープンカフェ。通りから目立つテラス席。
丸テーブルに一本ずつパラソルが影落としてる。
オープンエアだし、丸見えだし、区切りも何もないけれど、その影が二人だけの空間を作り出す。
「ルリ、よそ見しないで口を開けて」
対面に置いてある椅子をわざわざ移動させてくっつけただけでも、店員さん後で片付け面倒だよね、ちゃんと戻して帰るよ、って気を遣ったのに、座ってすぐに肩を抱き寄せてそのまま、注文の時も、注文が来ても、通りの人がみんな一度は見て行っても、挙げ句吹き出したり、眉をしかめたり、指さしたり、はさすがに失礼すぎる反応だけど、そうして注目を浴びているのにも関わらず、男は一切姿勢を変えない。
何だろうなぁ。これ。
途中から無心になって少し上を向けば、パラソルの骨が目に入った。一本、二本、あぁ六本骨のパラソルだぁ。骨が太くて丈夫そう。布地は少々の雨なら防げるくらいの防水加工は付いてるのかなぁ。
「ルリってば。君の好きなケーキだよ?」
カチャリとフォークを置く音を耳が拾う。なるべく目に入れないようによそを向いているから、耳はむしろそっちを向いていて、よく聞こえる。
すぐ隣で肩を抱いているんだから、喋れば吐息が、耳というか頬というかうなじというかその辺り一帯に容赦なく掛かってもうなんてことないバクバク。
そんな状況を知ってか知らずか、恐らく前者で間違いない隣の男は、二本の指で顎にそっと触れ、少しだけ力を入れて自分の方に誘導する。
「そっぽ向いてちゃ、ダメだろう?」
ゼロ距離でのイケメン攻撃。
わたくし、ツラというものが、斯くも精神的攻撃性を備えたものだと認識しておりませんでした。あぁ帰りたいもう帰りたい。帰られないなら、泣く。
男は涙が浮かんできそうな私の顔に、サングラスの中の目を緩ませた。最初からゆるんゆるんだったけど、更に。
「そんな顔しないで。可愛いのが台無しだろう?」
特殊メイクかってほど塗りたくってもらっても、私の顔は目の前の男の顔と釣り合うレベルにはなっていない。
明るい茶色の髪に濃紺色の瞳が庶民的過ぎる上、どこのパーツを取っても切っても貼っても地味オブザイヤー受賞だ。
一方の男は庶民ライクな服装に、魅力的な目元を隠すちょっと野暮ったいグラサン、髪も寝癖っぽい乱れを作っているというのに、艶のある黒髪と鼻筋から口元、顎のライン、高い背、鍛えた身体に姿勢の良さ、綺麗な所作と、イケメンが隠せていない。
そうさ、振り返る人びとの半分以上が、不釣り合いを笑っているのさ。ははは。
作ってこれ。作ってコレですよ、奥さんっ。
普段メイクに眼鏡なら暴動が起きてるレベル。
「取材のためだろう?ね、ルリは努力家だからね」
そうだ取材だ。せっかく手伝って貰っているというのに、恥ずかしがっていては何も得るところがない。
今の私はルリルーではないルリなのだし、機会をふいにすることはプロとしての矜持に傷が付く。
「そうそう。背筋伸ばして。はい、あーん」
男はやっと目を合わせた私に微笑みかける。それが私にダメージを与えるんだって。分かってる。どうせ知っててやってる。
逸らせばまた顎を持って顔を上げさせられると察知して、なんとか踏ん張る。
「無理に笑顔を作らなくて良いよ。ツンと澄まして男に尽くさせるのもいい女だろ?」
強張った笑顔を浮かべそうな気配を読んで、男は耳元で助言する。
肯くのもシャクなので、聞こえないフリで口だけ開けてやった。
ちょうどいい大きさに切り分けたケーキがぴったりの場所に入ってきて、口を閉じればすっとフォークが引き取られる。
もぐもぐ。甘い。けど甘すぎない。クリームの深い味わいとフルーツの酸味の見事なバランス。余韻に牧場の青空が見えた。
「おいしーぃ。ね、今まで食べた中で一番かもっ」
つい見上げて、社長とのリラックスタイムみたいな調子が出た。ご丁寧に相手の胸元に手まで添えて。
あ、と緊張と場違い感で青いくらいだった顔に熱が集まる。
すぐ横で見下ろす男のサングラスの内側の目が一瞬、きょとと戸惑ったかと思うと、顔中がほころび花が咲く。花は胸奥を痺れさせる匂いも届け、痺れは血の巡りに従い身体全体に行き渡る。
心臓が、止まった。
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