第42話 静香視点

『開いた口が塞がらない』って言葉があるけど……。


 まさか、現実で起きるとは思ってなかったわ……。


 驚きのあまり……理沙が兄さんを連れて行くのを、黙って見送ってしまった。


 一体、なんの目的があって……あっ。


 理沙ったら……もしかして、あの日の会話のことを?




 ◇



 理沙がバイト先に来てから、数日後の土曜日……。


 私は理沙のお家にお呼ばれしていた。


「あぁー! 疲れたぁぁ!」

「ふふ、お疲れ様」


 理沙はテニス部のエースで、今日も午前中から部活をやっていた。

 少し羨ましいと思ったりしたこともあるけど……仕方ないよね。

 私には部活をやるお金も、時間もなかったから。


「静香もやれば良いのにねー。もうお金の心配はいらないでしょ?」

「それはそうかもしれないけど……今更だわ。二年生になってから入るのもアレだし」


 元々、中学までは一緒にテニス部に入っていた。

 でも、高校生の部活はお金がかかる。

 それに中学と違って強制ではないから、わざわざ入る必要もなかった。


「勿体ないよねー。静香ってば、私並みに上手かったもん」

「よくいうわよ。私、貴女に負けてばかりだったわ」


 確かに、良い勝負は出来てたと思うけど……。

 胸が大きくなってきたら、段々と勝てなくなっていった。


「何だ!? 私が貧乳だからか! ええい!」

「や、やめなさい! それに……それを言い訳にするつもりはないわ」


 胸が大きくても一流選手は山ほどいるし。

 結局、私はスポーツの世界ではあまちゃんだった。

 だって、男子の視線が気になってしまったから。


「まあ、男子がガン見してたからね〜。じゃあ、遊びなら付き合ってくれる? 今なら、少しは時間もあるでしょ?」

「そうね。有り難いことに、家のことも以前よりは全然楽だし」


 バイトをしてても、また余裕があるくらいに。

 これも、お父さん……それに、兄さんのおかげ。

 兄さんが、率先して家のことをやってくれるから……。

 洗濯物とかは、流石に断ってるけどね。


「篠崎君、偉いよね〜。掃除や洗濯もそうだし、自分のお小遣いだってバイトで稼いでるんでしょ?」

「うん、あと……この間知ったんだけど、お昼代も自分で払ってるみたいなの」


 昨日……お父さんがお母さんに話してるのを、たまたま聞いちゃった。

 お父さんが払うって言っても、全然聞かなかったって。

 兄さんって、意外と頑固なところがあるみたい。


「うわぁ〜偉いねぇ……でも、静香はお弁当だよね?」

「う、うん……最初、兄さんにも作ろうと思ったんだけど……なんか、恥ずかしくて言えなくて……」

「うんうん、乙女心ってやつだね!」


 そ、そういうことなのかな?

 でも、一度作って……渡せなかったことがあるから、そうなのかも。


「でも、その話を聞いちゃったから……」

「なるほどなるほど〜お弁当を作ってあげたいってわけね——好きな男に」

「ち、違うわよ! に、兄さんによ!」

「はいはい、そうですねー」


 も、もう! ……好きな男……。


「うぅ……」

「あらら、顔真っ赤……ごめんごめん、まだ早かったか。コホン……好きな兄さんに作ってあげたいわけだ?」

「う、うん……惣菜パンばかりで健康にも悪いし、お金も勿体ないし……」

「という言い訳をするのでした。もっと言えば、一緒にお昼を食べたいのでした」

「もう! そんなこと……」


 ……でも、そうなのかも。


 私から言うのは、なんだか恥ずかしいし……。


 兄さんから言ってくれれば楽なのに……。


「ふふふ……これは面白くなってきた。よし! この私に任せて!」

「り、理沙? 兄さんに迷惑を……」

「大丈夫! 私に任せて!」


 ……相談したのは、間違いだったかしら?






 ◇



 全く……理沙ったら。


 何も、あんな強引な手を使わなくても……。


 何を話したか教えてくれないし……。


「それにしても……好きかぁ」

「静香さん?」

「ふえっ!? に、兄さん!? いつ帰ってきたの!?」

「へっ? 今さっきだけど……ただいまって言ったし」

「ご、ごめんなさい!」


 き、聞かれてたかな!?


「い、いや、こっちこそ、驚かせてごめんね」

「う、ううん……あ、あの……」


 理沙と何話したのって聞いて良いのかな?

 なんか、ヤキモチを妬いてるみたいに思われないかな?


「静香さん」

「は、はい?」

「俺のお弁当って……作ってもらえるのかな?」

「へっ?」


 ど、どういうこと?

 兄さんが、私に何かを頼むなんて……。


「だ、だめかな?」

「う、ううん! 作る! 絶対作るから!」

「そ、そう……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」


 それだけ言うと、兄さんは部屋に入っていく。


「お、お弁当……!」


 な、何が良いかな!?

 兄さんの好きなもの……お肉は必須で……野菜もいるわ。

 バランスも良くて体に良くて……男の子だし、量もあった方がいいよね?


「ふふ……楽しい」


 なんだろ? この感じは……。


「やっぱり、私が兄さんのことが……」

「静香さん」

「ひゃい!?」

「うわっ!?」


 い、いつの間にか……兄さんが、ドアから顔を覗かせてます!


「ご、ごめん。あのさ、テストが終わってからで良いからね。そ、それだけ」


 そう言うと、再びドアが閉まる。


「も、もう……」


 そ、そうね、まずはテストに集中して……。


 それから、メニューを考えようっと。

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