第23話 始めてのバイト~前編~

 あれから数日が過ぎ……。


 あんなハプニングもあったが……。


 ようやく二人とも、ぎこちない感じが収まった。


 そして土曜日になり、いよいよ初の出勤日を迎える。






「へ、平気!? 持ち物は!?」

「お母さん、平気だよ。兄さんもいるから」

「そ、そうよね! 春馬君! 静香よろしくお願いね!」

「え、ええ、頑張ります」

「由美さんが慌ててどうするんだい?」

「智さん……そうよね、もう高校生なのよね」

「お母さん、もう平気だから。私も、色々一人でも出来るようになるから」

「ふふ……少しさみしいけど、嬉しいわ。ええ、わかったわ」

「じゃあ、行ってきます」

「ええ、 いってらっしゃい」

「春馬、しっかり面倒を見るんだぞ? 一応、お兄さんなんだからな?」

「ああ、わかってるよ。じゃあ、行ってくる」




 二人で家を出て、エレベーターに乗る。


「も、もう……ごめんなさい」

「ううん、気にしないで。心配なのは無理もないし」

「お母さん、少し過保護なところがあるから……」

「まあ、可愛いから仕方ないよね」

「……へっ? な、何言ってるの!?」

「うん? ……あっ——い、一般論だから! 深い意味はないから!」

「そ、そう……こっちこそ、過剰に反応してごめんなさい」

「い、いや!こち」


 その時、チーンという音が鳴り……扉が開く。


「い、行こうか」

「い、行きましょう」


 二人して変な感じで、マンションを出て行くのだった。







 二人で別々の自転車乗って、バイト先に到着する。


 そして、店の裏口から中に入る。


「おう、来たか」

「おはようございます」

「お、おはようございます」

「ああ、おはよう。そんなに緊張しなくていい。今日はお試しだし、研修バッチをつけてもらうからな。うちの店は繁盛店ってわけでもないから、落ち着いてやれば平気だ」

「は、はい!」


(だめだ、こりゃ。完全にガチガチになってる。そういや、俺もそうだったなぁ)


「大丈夫だよ、静香さん。ここのお客さん、優しい人が多いから」

「おっ、偉そうに。お前なんか、もっと緊張してたが?」

「ちょっ!? それ言います!?」

「兄さん、本当?」

「……まあ、本当です。ガチガチになって、コップを割りましたね」

「クク、面白かったよ。すみません! すみません! てな。別に安物のコップだっていうのに……まあ、真面目な奴だなとは思ったから良いけどな」

「ふふ、兄さんったら……あっ、ごめんなさい」

「いや、いいよ」


(少し肩の力を抜いてくれたみたいだし……俺の恥ずかしい過去が彼女の役にたつなら安いものさ……実は、かなり恥ずかしいけど)





 先に更衣室に入り、制服に着替えてタイムカードを押す。


「さて……今は四時四十分か。悪いな、少し早めに来てもらって」

「いえ、大した時間でもないので」


 バイトは、基本的には十分前くらいに入っていれば良い。

 それが、まず最初に教えられたことだ。

 でも更衣室は一つだし、今日は新人さんなので準備に手間がかかる。

 なので、俺も早めに来たということだ。


(親父にいったら、それが大人への第一歩だとか言われたっけ。今なら、何となく意味はわかるけどね。仕事を始める準備の時間ってことだと思う)


 五分ほど待っていると……。


「こ、これでいいのかな……?」


(……凶器だ)


 従業員専用の黒Tシャツは、彼女の大きな胸を強調している。

 さらに、前掛けと言われる腰に巻くタイプのエプロンを着ているが……。

 そのウエストはキュッと締まっているのがよくわかる。

 それがさらに、大きな胸を強調する。

 まさしく……目に毒である。


「兄さん……見過ぎです」

「ご、ごめん!」

「クク、お前も男だったんだな? あいつらには興味も示さないのに」

「いやだって、あの人達は酷いですし。俺をおもちゃ扱いですし」

「まあ、それもそうだな」


(この人は相変わらず余裕があるよなぁ〜。確か年齢は三十過ぎだけど、可愛い女の子いるのにそういう視線を向けることもないし。いわゆる、しっかりした大人って感じだよな)





 その後、静香さんもタイムカードを押して……。


 いよいよ、バイトの始まりである。


「まずは、うちは客席が少ないよね?」

「うん、そうね。二十人くらいしか入れないものね」

「だから、オーダーもレジも割と古いタイプのシステムなんだ。お客様に注文を受けたら、オーダー表に書く。ラーメンだったら、その際に麺の固さと味の濃さを聞いて、それを横に書き込む」


 試しに紙に書きつつ、説明する。


「なるほど……大盛りとかはどうするの?」

「ラーメンの横に(大)って書けばいいよ。(半)なら半麺の量とかね」

「ふんふん……何か注意点はあるかな?」

「そうだね……たまにお客様がメニューを指差すことがあるんだ——これくださいって」


 俺は実際にメニューを指差してみる。


「そういう人、たまに見るわ。何が……あっ——そういうこと」

「うん、たまにどっちかわからない人がいるんだ。味噌を指差しているのか、醤油を指差しているのかね。その時にオーダーミスが起きやすいかな。こっちも間違えたつもりもないし、あっちもないから一番困るよね」

「そうね……でも、謝るのはこちらよね?」

「まあ、一応ね。ただ、そこまで気にしなくても良いよ。店長もその辺はわかってるし、それで怒鳴るようなお客様はすぐに出禁になるから」

「わ、わかったわ」

「もし言われたら、すぐに呼んでくれて良いからさ」

「ふふ、ありがとう、兄さん。その……頼りにするね」


(うん、変な客が居たら頑張ろ……どんな厳つい奴でもね)



 その後、俺が客となってシミュレーションをする。


「えっと、お客様は一名様ですか?」

「はい」

「では、カウンター席にお座りください」


 俺は言われた通りに、指定の席に座る。


「……お客様、お冷を失礼いたします。ご注文がお決まりになられたらお呼びください」

「じゃあ、味噌ラーメンで」

「固さや味の濃さはどうなさいますか?」

「じゃあ、濃いめ、やらかめで」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


(……うん、問題なさそうだね)


「店長、どうですか?」

「まあ、良いんじゃないか。そんなに馬鹿丁寧にやることはないから、慣れてきたらもっとフランクで良いくらいだ」

「わ、わかりました」

「ひとまず、今日はお冷を出すこと。あとは、お一人様だったらオーダーを取ることだな。あとは、春馬やこれからくる麻里奈を見ているといい」

「は、はい」


 こうして、バイトの準備は整った。


(よし! 頑張ってフォローするぞ!)


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