好きな人
「行ってきまーす」
朝食の食べ終わった後、僕は制服を着て学校へ向かうために玄関を施錠した。
「あー! 玲くんがお姉ちゃんいるのに鍵閉めたー!」
玄関を施錠した。
「行ってらっしゃいのちゅーを求めようとする義姉はもう家から出てこなくてもいいと思う」
「そ、それは『この家で一生養ってやるぜ』っていうプロポーズ……?」
「凄い曲解だ」
はぁ、と。ため息をつきながらも、僕は渋々鍵を開けた。
といっても、普通に内側から開けられるから施錠しても意味ないんだけどね。ミラねぇも鍵、持ってるし。
「ん~、玲くんが最近すっごくいじわるだー」
愚痴を垂れながら、玄関からミラねぇが現れる。
現在、魅惑的なピンクの下着ではなく、僕と同じ学生服を身に纏っているミラねぇ――――凄い、ドイツ人だからか知らないけど……この圧倒的な異彩感。もちろん、いい意味で。
立っているだけで、クラスの女の子達と比べてしまう。そして、普通にミラねぇの美貌を自慢したくなる。
も、もちろんっ! 義弟としてだけどっ!
「僕としては、最近のミラねぇがおかしいからだと思う」
「おかしくはないよ……恋を自覚したんだよ!」
「義弟に?」
「玲くんにっ!」
己に言い聞かせろ……義弟に恋をしたと公共の面前で言い放つミラねぇには絶対に揺らいではいけない、と。
「そういえば、玲くん? 忘れ物してない?」
「え? 忘れ物なんかしてたっけ?」
僕は慌ててカバンの中を漁る。
うーん……弁当も持ったし、財布もちゃんとある。
不必要な教科書と筆記用具は家に置いてきたし……忘れ物なんかしてないはずなんだけどなぁ。
「お姉ちゃんとのちゅーを忘れてるよ!」
忘れ物なんてしてないんだけどなぁ。
「Lass uns küssen!」
「翻訳を」
「ちゅーしよ!」
忘れ物なんかしていない、そう……絶対にだ。
「どうしてそんなに嫌がるの玲くん!?」
「普通、マンションの共用部分で「ちゅーしよ」って言われたら断るよね!?」
「じゃあ、今から家に戻ってちゅーしよー!」
「ごめん! 僕が本当に訴えるべきは場所じゃなくてせがむ相手との関係性が間違ってるってことだった!」
いきなり僕の腕に抱きついてきたミラねぇを引き剝がそうとしながら必死に訴える。
こ、この抱きしめられただけで埋もれてしまう上腕二頭筋が大変素晴らしい……どうしよう、引き剥がすための力がどんどん抜けていく気が————だ、だめだ! ここで諦めてしまえばミラねぇと……それはもう濃厚で、ファンタスティックで、エキゾチックで、エクセレントなディープいキスをする羽目に!
そ、それに……ここで騒ぐのは絶対にまずい!
だ、だってこの部屋のお隣には————
「あら……玲さんと、ミラシスさんではありませんか」
「ッ!?」
ギギギ、と。思わず首だけが横に向いてしまう。
そこには、サラリとしたストレートな銀髪を靡かせながら……鍵を閉めようとしていた少女の姿があった。
「あ、桜ちゃんおはよ~!」
「えぇ、おはようございますミラシスさん」
日本よどこ行ったという印象が強くなってしまう銀髪(綺麗だ)に、凛々しくも淑やかな雰囲気(素晴らしい)。透き通った琥珀色の相貌(美しい)と整った顔立ちは胸を高鳴らせてしまう(ご馳走様でした)。
そんな少女が、僕とミラねぇの姿を見ていた。
「御坂さんも、おはようございます」
にっこりとした笑顔が向けられる。
それだけで鼓動が早くなってしまい、僕はぎこちない笑顔で挨拶を返した。
「お、おおおはようございます、神楽坂さんっ!」
「ふふっ、おはようございます」
柔らかい瞳がもっと柔らかくなって僕に向けられた。
あぁ……今日はなんてついている日なんだろう。
神楽坂さんと朝から顔を合わせ、挨拶ができた————今日の僕はきっと朝の星座占い1位に違いない。
「相変わらず、お二人は仲がよろしいですね」
違う、きっと12位に違いない。
「そ、そそそんなことないよっ!」
僕は柔らかい感触を無理やり剥がす。
先程とは雲泥と言ってもいいほど力が篭ってしまった。
「あー! どうしてお姉ちゃんを離すの~!?」
状況を理解していないのか、ミラねぇは頬を膨らませて不機嫌アピールをしてきた。
こやつめ……現状を理解しておらぬな? 可愛いけども。
「(いい、ミラねぇ!? もう23回目だけど、絶対に神楽坂さんの前ではくっつかないで!)」
「23回目だったら、もう諦めない?」
確かに。
「(諦めてたまるか、だよ! ぜぇぇぇぇぇぇったいに、神楽坂さんの前だけは絶対に引っ付かないで!!!)」
百歩譲って家の中であれば許す。ま、まぁ……神楽坂さんがいないお外でも……ギ、ギリギリ許そう……かな? 断るけども。
だけど、神楽坂さんの前でだけは引っ付かないでほしい!
「一応、口だけ『分かった!』って言っておくね!」
「改善する気が感じられない返事に涙だよ!」
せめて、本音を隠してよこのブラコン!
「ふふっ、相変わらずお二人は本当に仲がよろしいですね」
鍵を閉め終わった神楽坂さんが温かい目を僕達に向けてくる。
うぅ……っ、これって結構勘違いされてるからの言葉だよね? 神楽坂さんは僕達が『義理』の姉弟だって知ってるわけだし……。
あぁ、どうしよう――――普通に涙が出てきそう。
「玲くん、これ使う?」
「うん、ありがとうミラねぇ……」
ハンカチを渡してくれたミラねぇの優しい気遣いが嬉しい。
それでいて、涙の原因がミラねぇにあるのに、このマイペースっぷりが小憎たらしい。
「もしよろしければ、学校まで一緒に向かいませんか?」
「おっけ~!」
「ありがとうございます、ミラシスさん」
神楽坂さんがエレベーターの方へと向かうと、ミラねぇは僕の腕を抱きながら僕ごと神楽坂さんの後を追った。
僕はその間……一生懸命涙を拭っていました。
――――彼女の名前は
僕達と同じ高校に通う同級生で、運がいいのか悪いのか……我が家のお隣さんの娘さんだ。
そして—―――
(あぁ……今日も盛大に勘違いされちゃったじゃん……)
そして、僕の好きな人だ。
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