僕とミラねぇ

『Sehr erfreut~! 初めまして、ミラシス・デフォーです~! 君が玲くんでよかったかな? 不慣れなところがあって迷惑かけちゃうかもだけど、これからよろしくね~!』


 ミラねぇとの出会いはこの言葉だっただろうか?

 中学3年の時に突然我が家へとキャリーケース片手にやって来て、お父さんから事情を聴いた後、一緒に暮らすようになった。


 僕————御坂玲みさか れいは、夕食の準備をしながら懐かしむように思い出してしまった。

 どうして、ミラねぇとの出会いを思い出してしまったのかな……?


 もしかして、前のミラねぇと今のミラねぇとの差に辟易としていたから?

 ……うーん、いくら味噌汁の入ったお鍋を見ていてもその理由が分からないや。


「~~~♪」


 ミラねぇは、現在ソファーで週刊女性誌を読んでいる。

 日本に来たばかりだというのによくもまぁ、日本語だらけの本を読めるものだと感心してしまう。

 それと同時に、可愛らしく鼻歌を歌いながら笑みを浮かべて読んでいる姿は、やはり目が惹かれてしまうなーって思ってしまう。

 美少女って、何やっても注目しちゃうよね。ズルい、僕もイケメンだったら……っ!


(でも、ミラねぇには困ったものだよ……)


 いつだったかな? ミラねぇが僕を異性として好きって言い始めたのは?

 確か、数か月前だったような気がする……だけど、どうにも明確なきっかけがあったようには思えない。

 何か、ミラねぇを惚れさせるようなことしたっけ? あんな美人な女の子に。全然思い出せないや。


(どうして僕なのかな……)


 ミラねぇは贔屓目に見なくてもとても美しい。

 夜空に浮かび上がる月のように美しい金髪、明るいブロンド色の瞳は日本では見かけないもの。目立つのは仕方ないけど、それ以上に整いすぎた顔立ちが他者の視線を吸い寄せる。


 あれだけ整っていればドイツにいた時も男の子に困ってなかったんじゃないかって思う。

 僕なんか……ってあんまり言ったらミラねぇに失礼だけど、男の子に困っているような容姿じゃない。


 それに、最近はあんな感じでグイグイ来てるけど、ミラねぇは優しくて温厚で、誰よりも思いやるような性格をしている。

 容姿抜群、中身よし—―――非の打ちどころって捏造しなきゃ見当たらないくらい。


 もちろん、好いてくれるのは嬉しい。

 でも、僕達は血は繋がってはいないとはいえ『姉弟』関係だ。恋人何て世間体的にも常識的にもあり得ない。


 それに、前に述べた通り僕には好きな人がいる。

 中学の時からずっと好きだった女の子————申し訳ないとは思うけど、そんな子がいるのにミラねぇに靡くわけにはいかない。


 だから……あーやってグイグイ迫られるのは勘弁してほしい。

 僕だって男の鏡じゃないんだ。年相応なんだ。ミラねぇの魅力にいつ屈してしまうか分からない。

 そもそも、僕はミラねぇのことは家族としてしか見てないからね————嘘です、普通にいかがわしい目で見ています。


  だって、仕方ないじゃん。今のミラねぇの格好を見てみなよ?

 胸元が大きく開いたTシャツに、ぴっちりとしたハーフパンツ。そのせいで、明らかにブラをしていない双丘が産まれたままの形を浮かび上がらせ、むっちりしすぎた太股は白い肌と合わせて僕に主張しまくっている。


 ラフにラフでラフの極みだ。

 いくら僕のことを好いているって言っても無防備が甚だしい。

 味噌汁を掻き混ぜていても、自然と視線が吸い寄せられてしまうじゃないか。


(まぁ、いつかはミラねぇも諦めてくれるかな)


 味噌汁を掻き混ぜながら、そんな楽観した気持ちが湧いてくる。

 僕だって、そんなやわな気持ちで彼女を好きになったわけじゃない。

 どう頑張っても僕が靡いてしまうこともないだろうし、僕が拒絶し続けていればミラねぇも諦めてくれるだろう。


「ねぇ~、玲くん? お姉ちゃんもお手伝いしよっか?」


「うん、じゃあ食器を並べてくれないかな?」


「りょうか~い!」


 ミラねぇはソファー起き上がり、僕のいるキッチンの方へと向かってくる。

 基本的、我が家では料理は当番制————朝、昼、夕食を僕が作って、平日、土日も僕が作る。ミラねぇは……ミラねぇ、何してるの? ねぇ? 僕しか作ってないじゃん。


「いっつも玲くんばっかりに作ってもらってるからこれぐらいしないとね~」


「本当だよ」


 ミラねぇ、料理できる側の人間だよね?

 僕は、ミラねぇがやって来た当日に振舞ってくれた料理の味を……決して忘れやしない。


「お姉ちゃん、玲くんには感謝してるんだよ」


 食器を棚から取り出し、テーブルへと持っていくミラねぇがボソりと呟く。


「こうしてお料理を作ってくれて、日本に来た赤の他人だった私を嫌な顔一つせずに迎えてくれて、いっつも私と一緒にいてくれる……」


 、と。

 ミラねぇは頬を染めながら僕に向かって疑いようもない感謝を向けてきた。


 それを受けて、僕は一気に照れくさくなった。

 全く記憶にないけど……そうやって正面から言われてしまうと気恥ずかしい。


「だからね、私は玲くんに少しづつ恩を返していきたいなぁ……」


「ミラねぇ……」


「具体的には、玲くん専用の欲求のはけ口になって」


 何てありがた迷惑な恩返しなんだろう。

 しんみりとした空気が嘘のようだ。


「でも、それも時間の問題だと思うんだぁ~」


「何を言ってるのミラねぇ? この僕が義姉相手に男の欲望を開放するわけが—―――」


「だって、いつもお姉ちゃんのおっぱいばっかり見てるもんね~」


「…………」


「最近は太股も見てくるようになったかな?」


「…………」


 バレてら。


「まぁ、お姉ちゃんもそうやって見てほしいためにこんな格好してるんだけどねぇ~」


 そう、僕がミラねぇの体を見てしまうのはミラねぇがそんな姿をしているからだ。

 断じて僕が欲求を隠し切れない変態男だからというわけではない――――現在進行形で豊満な胸部を凝視してしまっているのも、谷間を露出させているミラねぇが悪いんだ。


「はぁ……ミラねぇ、そろそろその恰好やめてくれない? 女の子でしょ? 立派なレディーでしょ? お義母さん泣いちゃうよ?」


 そして、同棲している弟も一緒に泣いてしまうよ?

 誘惑に負けたらどうしてくれるのさ。


「何言ってるの、玲くん? お姉ちゃんはえっちぃ女の子じゃないよ~!」


「僕はそうとしか思えない」


「お姉ちゃんは玲くんにしかこんな姿見せないよ!」


「やっぱり僕はそうとしか思えない」


 義弟相手だからこそ見せちゃいけないと思う。


「ん~……やっぱり、みたいなんだよぉ……お母さん、先は長い気がする……」


 少しだけ悲しそうな表情を浮かべたミラねぇが食器を二人分並べていく。

 その陰りは、頑なに否定している僕に少しばかりの痛みを与えた。


(ミラねぇって、本当によく分からないや……)


 どうして、僕のことを好きだと言っているのか?

 どうして、何度もめげずにアプローチを続けてくるのだろうか?

 どうして————僕を誘惑するんだろうか?


 最後一つは本当に謎である。

 もうちょっと、アプローチするにしても方法があるよね?

 ────やっぱり、ミラねぇは一緒に暮らしているけどよく分からないなぁ。


「……ich liebe es(大好きなんだけどなぁ)」


 そう、呟いたミラねぇの言葉は聞こえたものの……理解ができなかった。

 でも、その時だけはドイツ語をまじめに勉強しておけば————なんて、不思議とそう思ってしまった。



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