リアルインポートであなたの裏垢が実体化

ちびまるフォイ

心のこもった書き込み

『学校だるいーー』

『マジ眠い。死ねる』

『1限から数学とか地獄』


「おい、数学の佐藤来たぞ!」


クラスメートの声で慌ててスマホをしまった。

つい数秒前までSNSに書き込んでいた不平不満を感じさせないように襟を正す。


「起立、礼! 着席!」


授業が終わったその日の昼休み。

日頃のストレス発散もかねて裏垢で文句や悪口を書きまくっていた。


『ほんとああいうやつは死ねばいいと思う』

『このシリーズもうオワコンだよ』

『低能どもはいつもこういうリプしかしないよなwwwww』


すると、その中にセクシーな女性の写真をプロフにしたアカウントからメッセージが入った。


『はじめまして。あなたのことが好きです。会えませんか?』


「ああ、はいはい。ほんとこういうスパムは死んで……あやべっ」


ブロックしようとしたとき、操作を間違えてしまった。

『リアルインポート』というボタンを押してしまう。


スマホからは光が発生し、ついさっきまで画像で見ていたセクシーな女性が目の前に現れた。


「え!? ええ!? 実体化した!?」


「私は寂しい団地妻、あなたのような人と会いたかった」


「団地妻って言葉しゃべってるのはじめて聞いたわ!」


学校に出没した下着姿の団地妻(仮)はさっさと追い出された。

もちろん自分のスマホから生み出されたものだとは誰も気づかなかった。


もう一度スマホを見ると、現実に現れた団地妻の元アカウントは消えていた。


「リアルインポートって……まさか現実にアカウントを持ってくるのか?」


家に帰ってから誰もいないのを確認し、自分の裏垢に対してリアルインポートを行った。

自分とうりふたつのアカウントが実体化する。


「よお」


裏垢はどこか小生意気な感じで接してきた。


「すごい……本当に実体化するんだ」


「なに? 自分でリアルインポートしたくせにお試しだったの?

 ホント勝手だな。死ねよ」


「……な、なんだよ」


普段、自分は他人や世間や目に映るものに死ねとか消えろとか

心に感じた不平不満をオブラートなしで裏垢からつぶやいていた。


その剣先が自分に向くとこんなにもイラつくのか。

自分の裏垢だから仲良くできると思って実体化させたのに。


「てかさ、同じ家に同じ人間が二人もいるなんてありえねぇだろ。出てけよ」


「はぁぁ!? 出ていくのは、アカウントのお前のほうだろ!?」


「俺にはフォロワーが1万人もいるんだ。お前友達何人よ?」


「3人……ってそんなこと別に関係ないだろ!」


「世間に求められている人物がどっちかって話だ。

 お前よりも、自分の気持ちをさらけだす俺のほうが社会に求められてるんだよ」


「うるせーー! アカウントのくせに!!

 フォロワーなんて数に含めるか! 出てけよ!! このーー!!」


めちゃくちゃに暴れまわると、実体化した裏垢は家から外に追い出された。

それからもう戻ってくることはなかった。


「はぁ……はぁ……アカウントのくせに、人間のすみかを奪うんじゃねぇよ……!」


それからしばらく経った。

町はすでに前の面影を失っていた。


「なんだこの人の数……!?」


面食らっていると、沢山の人がなにやら話している。


「すばらしい商品でした! 私よく使います!」

「これを使うと明日が健康になります」

「最高の作品です、」


「この微妙に間違っている怪しい日本語……サクラアカウントだ!」


どこもかしこもサクラ用に作られたアカウントが実体化していた。

こんなことできるのはリアルインポートを知っているものだけ。


思い当たるのはひとりだった。


「裏垢のやつ、あてつけに片っ端からリアルインポートしてやがる!」


この世界をアカウントに乗っ取らせるつもりなのか。

大量に実体化したアカウントたちが買い占めたことでコンビニの商品はからっぽ。

どこも道は混んでいて、トイレは常に行列。


地球に住む総人口よりも圧倒的に多いアカウントをリアルインポートし続けたらどうなるか。

人口爆発なんて言葉が笑えるほどの状態になる。


この状況を国の相談センターに伝えると、すぐに動いてくれた。


「ええ、我々も世界中でアカウントが大量にインポートされていることに気づいています」


「本当ですか!」


「安心してください。この世界からアカウントを消します。

 今、世界中の軍がそのために動いています。さあ、家に戻ってください」


俺が動くまでもなく世界の軍はインポートされたアカウント達を削除するために動き出した。



『人間のみなさん、家に隠れていてください。

 我々はこれからアカウント掃討作戦を開始します。

 けして外には出ないでください』



町内には繰り返しアナウンスが轟いだ。

家のドアを閉めていても、外から聞こえる銃撃音が聞こえる。


「アカウントを削除って……、本当に殺してるんじゃないか」


窓から外を覗く気にはなれなかった。

すると、ドアの向こうからドンドンと叩く音がする。


「開けてくれ!! おい!! いるんだろ!?」


聞き馴染みのある自分の声。

自分がリアルインポートした裏垢だった。


ドアを開けると息を切らして裏垢が入ってきた。


「なにしに来たんだよ、お前」


「俺を……俺をもとのSNSに戻してくれ! 死にたくない!」


「そんなこと……できるわけない」


「できるんだよ! お前が"バーチャルエクスポート"を実行すれば

 俺はもとのSNSに戻ることができる!!

 お前だって、自分のうちに秘めていた不満を漏らす場がほしいだろ!?」


「それは……」


「俺が殺されたら、あんたはどこで自分の気持ちを明かせるんだ!

 このままじゃあんたはずっと心を吐き出せないロボットだぞ!?」


裏垢は必死に訴えていた。

でも俺の答えは決まっている。


「……ダメだ」


「はぁ!? なんで!?」


「お前は実体化して他のアカウントを実体化させただろ。報いを受けるべきだ」


「確かに最初は俺が実体化させたけど、あんなゾンビアカウントはやってない! 俺じゃない!」


「そういう問題じゃない。お前らアカウントは滅ぶべきなんだ。

 この世界は心のある人間が住む場所で、お前らアカウントの世界じゃない」


「俺はお前の心の一部なんだぞ!? お前に人の心はないのか!?」


そのとき、銃を持った特殊部隊が家になだれこんできた。


「アカウント反応が近い! 全員うごくな!!」


銃口は迷いなく俺と裏垢に突きつけられている。

裏垢は図々しくもまっさきに命乞いをした。


「撃たないでくれ!! お願いだ!!」


「なっ……俺が人間だ! そいつがアカウントだ!」


うりふたつの二人が並んでいることで特殊部隊に迷いが生じた。


「隊長! アカウント反応が近すぎて区別できません!」


「心モニターを使え! 心や感情があるほうが人間だ!」


特殊部隊は専用のゴーグルをつけて感情の有無を判別した。


「アカウント発見!! 撃てーー!!」


鋭い鉛の弾丸が体を貫いた。


「隊長、任務完了です。感情のない方は死にました」




今の痛みの感情をSNSで伝えたかったが、血が流れすぎて腕は動かせなかった。

それに。


「あ……もうアカウントないんだ……」

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