マシンマン

第1話 白い柱の横で

 白い柱の横で、


 彼女はそこにいた。


 初めて彼女を見たときの印象は、唯それだけだった。


 彼女は学食の食器返却口近く、白い柱の横に、唯座っていた。


 唯そこにいる彼女は、唯本を読んでいた。


「あの人きれいだな」


 僕の視線に気づいた陽樹の言葉に、僕はあっさりと頷く。


「とにかく何かサークル探そうぜ」


 陽樹はだけどそれだけ言って、気後れをしている僕をよそにサークル勧誘のお姉さんに付いて行った。


 頭の切り替えが遅い僕は、まだ彼女に目を残しながら、陽樹を追った。


 こうして僕は大学の入学して間もなくに彼女と出会った。


 彼女は花のようだった。


 いや、事実その数少ない動作はまるで風に揺らめくようだったし、その存在の自然さといえば、他の表現の仕様がなかった。


 人ごみの溢れる学食に咲く花。


 彼女は常に文庫本を読み、こちらを見ることは無かった。彼女の周りは特別だった。彼女の創りだしている空間というのは、どんなに周りが騒いでいようとも、揺るがない静寂を創りだしていた。


 誰にも、何にも飲みこまれずに存在するその空間は絶対的で、彼女、というよりも彼女が創り出す空間に存在感がある。そんな気がしていた。


 静寂は人を遠ざけるのだろうか。彼女が誰かと話す姿を見ることは無かった。


「彼女、めちゃくちゃ頭いいらしいぜ」


 いつもの僕の視線に気がついた陽樹がふとそうもらした。


「そうなんだ」


 僕がそう応えると陽樹は続けた。


「サークルの先輩が同じゼミで、先輩の代の主席は彼女で間違い無いってさ」


「そうか、彼女は頭がいいんだ」


 そう言いながら、彼女がゼミがある三年生なんだということだけを頭に叩き込んだ。


「もう行くのか?」


 食べ終わった狸蕎麦の丼を手に持ち立ち上がると陽気が聞いてきた。


「人ごみが嫌いだから先に教室へ行っているよ」


 そう言うと、俺は後で行くよ。と陽樹は答えてお茶を少し残したペットボトルにタバコの灰を器用に落とす。


 じゃあ、後で、と声をかけると陽樹もそれに手をひらひらさせてこたえた。タバコからは一筋の煙がうっすらと伸び、少し揺らめいて消えていく。


 丼を持っていく途中、彼女の空間を横切る。彼女は僕に気がつかないまま本のページを捲った。後ろを通り過ぎる瞬間、声をかけようか。というよりかけてみたい願望に囚われた。でもそれは一瞬で、迷っている間に通り過ぎ雑踏が戻った。


 僕はいつものように返却口に丼を戻し教室へと向かった。


 階段を上る度に食堂の雑踏が遠ざかっていき、授業へと気持ちを切り返っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る