再び雪原へ
レッドさんとプリエが帰ってこない。
迷うはずがない。
いくらここへ来て日にちが浅いとしても、狼たちがいるから迷うはずがないのだ。
お昼ご飯食べ終わってから一時間は経ったのに、一向に帰ってくる気がしない。
心当たりのある場所、家、畑、川、修行場所、別れた場所を巡っても、新しい足跡がない。
どうしよう……。
「ブラン、鼻で匂い辿れる?」
「無理です。ノルン様ほど、関わっているわけではありませんし、なにより、シアンさんの匂いが強すぎます」
『なによ、わたしのせいって言いたいの?』
「香水や石鹸の匂いが強くて……、いったい、普段からなにで洗ってるんです?」
『自家製の石鹸と香水だけど? あ、でも長く保つように改良しているのよ』
確かに、いい匂いはするなぁ。
「それって、防腐剤が混じっているものでは……」
『生者に防腐剤なんてかけないでしょ、馬鹿じゃないの?』
「いえ、それを生きてる、という認識でいいのか、わからないのですが……」
確かに、デュラハンと間違えそうなほど、生首だけだが。
どこへ行ったんだろ?
でも、遠くに行ったとは考えにくいし……。
そういや、プリエと一緒に行ったんだろうし……。
案外、わたしの影に隠れていたりして。
「ファイアボール」
自身の影に向けて火の球を抛り込んだ。
「「危ないッ!」」
影から二人の姿が出てきた。
プリエとレッドさんだ。
シアンさんが長い舌を唇で濡らした。
その目は獲物を捉えた蛇のようだった。
『ねえ、レッド♡』
「は、はい……?」
レッドさんが蛇に睨まれた蛙になっていた。
『ねぇ、ノルン』
「なんでしょう?」
『わたしをあいつにキスさせて』
「はいはい」
わたしはシアンさんの頭を持った。
シアンさんの顔はお化け屋敷の生首人形より怖かった。
顔が怖いんじゃなく、男を喰う女の顔をしていた。
具体的に述べると、細く鋭い目つきと大きく口を開けて舌を垂らした顔は獲物を狩る蛇のようでいて、それが人の女の顔として保っているから、前世だったらこの恐ろしくも美しいその顔で興奮していたのだろう。まるで妖怪だ。
わたしはそのシアンさんをレッドさんの顔に押し付けた。
二人の唇が重なった時、
『もういいわ。離していいわよ』
わたしはシアンさんから手を離した。
すると、シアンさんはキスした状態から離れなかった。
レッドさんと重なった唇だけで、持たなくてもいいようになっていた。
まるで、瞬間接着剤。
いや、二人の唇から舌が見えたので、舌で支えてんのか。
多分、シアンさんのだろう……。
組み立て式の建築物みたいな繋がり方だな……。
なんか、二人のキスを見ていることに背徳感が出てきたので、
「行こっか」
「うん」
「「はい」」
顔を赤くしたマルナ、ブラン、プリエと共にこの場を離れることにした。
ジタバタして倒れているレッドさんが助けを求めているが、それはこの際、見なかったフリをした。
一応、わたしとプリエにも責任はあるけど、ごめんなさい。
わたしたちは雪原への転移魔方陣を前にして、今後の方針をまとめることにした。
「どうする? 他国にも暗殺者がいるってなると、マルナを連れての移動が厳しくなるかも……」
「そうだな……。わたしは今一度身を潜めるとしよう」
「なら、ワタシとノルン様で探索の方を続けます」
「となると、我はマルナを護衛せねばなるまい」
「うん、それで行こう」
わたしたちの意見がまとまったところで明日どこへ行くのかをブランと話し合う。
正直、ブランとプリエで揉めるのではないかと思ったけど、いらない心配だったね。
それに、プリエが留守側に回ってくれると助かる。
なにかあれば、マルナを影に潜められるからだ。
それに――、
「お昼ご飯、まだー?」
ペファーがいけしゃあしゃあと降りてきた。
「あ、いりましたか?」
「えッ、ないの?」
「はい、ノルン様の分までしか……」
ぎゅるる~。
「お腹空いたーッ!」
ペファーが子供のように駄々をこねる。
「なら、我が料理を――」
「いや、いいわよ。もう」
そう言うと、ペファーがジッとした。
そういやさっき、逃げてたよね。もういいけどさ。
「ペファー、今後だけどさ。わたしとブランで雪原へ行こうと思うんだ」
「うんうん」
「だからさ、ペファーにはその間、ダイゴロウたちと子熊たちの留守を任せていいかな?」
「いいわよ、安いわ」
「ありがとう、助かるよ」
これで後顧の憂いはないな。
明日にでも出発しよう。
「そういえば、気になったことがあるのですが……」
「うん、どしたの、ブラン?」
「レッドさんとシアンさんはどこに泊まっているのでしょう?」
「あ、そっか。道案内してもらえばいいかも」
「それでは頼み込んでください」
「えぇ……わたしが?」
「どうも、ワタシはあの方たちが苦手で……」
「言いたいことはわかるけどさ、少なくともわたしたちの味方なんだよ?」
「それは……わかっているのですが……」
「まあ、追々慣れていけばいいから」
「……はい」
ブランにそう諭すと、足音が向かってくるのが聞こえた。
レッドさんとシアンさんだ。もう終わったのか。
「はぁ、はぁ、はぁ……。小さい頃、溺れかけたのを思い出した……」
『言っとくけど、今のはほんのジャブよ』
「ジャ、ジャブッ!?」
『続きは帰ってからじっっっっっくりと味合わせてあげるからね♡』
「えぇ……マジすか」
『やんないと――』
「わかったッ! わかったッ! わかりました……」
レッドさん、尻に敷かれているなぁ。
シアンさんに身体はないけど。
でも、まぁ、ちょうどいいや。
「レッドさんたち、突然ですけど、いいですか?」
「うん、なんだ?」
「二人はどこで泊まっているのですか?」
「いや、家に帰っているけど……」
「えッ?」
初めて聞いた。
異大陸から帰ってきたなんて。
「でも待ってください。バルバロ大陸から来たんですよね?」
「そうだ」
「どうやって……」
『わたしをお忘れ?』
「えッ? 心象術で?」
『そっちの魔法陣も大概じゃない?』
「言われてみれば……」
流石にレッドさんたちには言えないしなぁ。
「互いに干渉しないでおこう」
「わ、わかりました」
レッドさんに丸め込まれた。
「だが、雪原の街には、一晩泊ったことがある」
『道も覚えてるわよ。目印も秘かに付けたし』
落胆したわたしを見かねて希望を見出してくれた。
「じゃあ、明日。そこまでの道案内お願いできますか?」
「ああ、かまわんぞ」
明日、雪原へと足を踏み入れることが決定した。
雪原の街か、いったいどうなってんだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます