わたしと彼女の、可愛き日々

河藤十無

第1話・三度目の「初めて」

 「じゃあ麟子りんこセンパイ。いすか?」

 「……どっ、どんとこい」


 時はもうすぐ夏休みという、七月の土曜の昼下がり。

 場所は……まあ、わたしの部屋。

 ちょーどいい具合にエアコンも効き、カーテンも閉め切って室内もいー感じに薄暗く、表情は分かるけど顔色まではちょっとびみょー、という中で、一つ年下の恋人であるところの鵜方秋埜うがたあきのは、わたしと向かい合い鼻息のかかる距離で、実際に鼻息を荒くしてた。

 いきなりこんなコーフンした様子で迫られては百年の恋も冷めようかという勢いでどん引きする、とも思われるのだけれど、いかんせんわたしもそう指摘出来るほど冷静というわけじゃなかった。

 だって、ね…これからそーいうことになりますっ!…って二人で決めて、それでベッドの上に二人でぺたんと女の子座りして、それでやっぱりどうしよう、みたいな状況で困っているところに、続いてこんなことを聞かれてしまってどうしろっていうの。


 「……ところでセンパイ。先に脱がされるのがいーですか?それともいちゃいちゃしながら脱がされたほーがいーすか?」

 「…いや、ちょっと待って。それはいつかはそーいう段階に進まないと何も始まらないのは分かっているのだけれど、ひとつだけどうしても、これだけは言っておきたい」

 「なんです?うち、もーしんぼーたまらないので早くしてくださいね」

 「待ちなさい、っての。もー」


 わたしは身を乗り出すように…いや実際上半身全体を寄せてきて鼻先もくっつくんじゃなかろーか、って距離になっていた秋埜を両手で押し返しながら文句を言う。ちなみに手があたったのは秋埜の胸元だったから、彼女のふんわりした感触がじこしゅちょー激しくわたしの手のひらを押し返す。なんかムカつく。あいや、それはともかく。


 「…あのね、秋埜。どうしてわたしの方が脱がされるの前提なの。わたし、先輩。あなた、後輩。そりゃあなたの方が背も高いしとってもカッコイイし」


 女の子に対してカッコイイ、ってのもどーなんだろ、と思わないでもないけれど、実際制服姿の秋埜は、というと。

 まず、頭の左側にまとめた髪は軽くウェーブがかってて、パーマをかけてるわけでもないのに理想的な曲線のゆるふわだ。色は薄く、陽の光に通すと時々金髪のようにも見える、キレイな栗色。これで特に染めたり脱色してたりしないのだから、羨ましがる人はきっと多いにちがいない。

 ちょっと暗めの部屋の中ではよく分からないけれど、ややつり目がちの瞳はくりっとしてとてもキュート。

 きつめの表情が目立つ顔は小振りで、背の高さを考えてもややバランス悪いかな、って思う時もあるのだけれど、鼻も口も相応にバランス良く整い、ムカつく話だけれど男の子からも女の子からも騒がれる逸品だ。でもわたしとくっついている時に見せるほにゃっと蕩けた表情とはそれが好対照で、そんな時わたしはこの子のそんな表情を独り占め出来ることにとても幸せを覚えるのだ……って、そうじゃなくって。


 「ありがとーございます。でもセンパイも東京イチかわいい女の子すよ?」


 ひるがえってわたしの方は、秋埜はそう言ってくれるけれど…まあ見た目は確かに市内でも上位の可愛らしさを誇るという自負はある。肩の少し下まで伸ばした髪は手入れの甲斐あって我ながら見事な艶を誇り、日夜欠かさない目元の体操、そして笑顔の練習を繰り返したお陰で元々の造形の良さに磨きをかけた面立ちは、スマイル一つで同年代以下の男の子を赤くさせるのも容易な話だと思う。今さらそんなことするつもりは無いけれど。

 でも。残念ながら体つきの方は…へ、平均レベルなのだっ………くっ。

 その、両親を受け継いでスタイルそのものは悪くないんだ。腰の位置も高くてそのうえ人に威張れるくらいには細い。体重管理を欠かさないお陰でやや細めに均整の取れた肢体を、中学の頃からずっと維持はしている…しているんだけど。


 「秋埜に言われても自信に繋がらないわよ、そんなの」

 「もー、褒め甲斐のないひとですねー。うちが保証します、って。センパイは、うちにとってさいっこーの、かわいい彼女、っす」

 「……うっ、うん…ありがと……」

 「どーいたしまして」


 にへら、っと相好を崩す秋埜。きっとそんな風に蕩けてしまうくらいには、わたしもいー感じに茹で上がってるんだろーなー…年上の恋人としての威厳もなにもあったもんじゃないっての、もー。

 …いや、それはいい。今はそういうことじゃなくて。


 「……と、とにかくね秋埜。なんでわたしが脱がされるだけなの。わたしだって秋埜を脱がせていっぱいいじめてあげたいわよ。いいでしょ?」

 「いや前ゆったじゃないすか。うちは、センパイをこお、困らせてちょっと嫌がってるトコを、とろっとろにしてあげるのがぁ……好きなんですぅ……ん」


 言うや否や、早くもわたしに覆い被さって、唇を重ねてくる秋埜。

 学校帰りで秋埜は制服。わたしだって部屋着に着替えたばかり。きっと汗くさいだろーに、わたしも秋埜もそんなこと気にしない。

 今日は家族は誰もいないから…と思うとちょっと申し訳なくなる。

 おばあちゃんは町内の集いで旅行に行って夜まで帰って来ないし、お父さんとお母さんはお母さんの実家に行って帰ってくるのは明日だし。

 ……学校でそんなことを話したら、秋埜が珍しく取り乱して一頻ひとしきりおもしろいところをわたしに見せた後、とっっっても可愛い顔と声で「………あの、今日…センパイの部屋にいっても………いすか?」……だって。

 そんなことを言われたらわたしだって、その先に何があるのか分かりきっていたって同じよーに真っ赤な顔で俯き、「……うん。いいよ」って言うしかないじゃない。

 だから、脳裏に浮かんだおばあちゃんたちの顔を見えない手で振り払って、侵入してきた秋埜の舌を迎え撃つしかないのだ。


 「………ん、ふっ……ふぇんふぁい、ふきれふぅ………」

 「!……う、ん………あふぃのぉ……」


 わたしの口の中で絡み合う、二つの熱い物体。

 秋埜にキスされながら、こーして名前を呼ばれて愛を囁かれるのがわたしは大好きだ。

 そうされていると、それだけで達してしまいそうになる。

 早くもわたしの胸の上にかかった秋埜の手は、わたしの…どちらかというと弄り甲斐の無い胸をまさぐり、やさしく揉みしだく。そこはいま、とても敏感になっている。秋埜の手が動くたびに、わたしは口を塞がれたまま「んっ、ん……」って呻きながら、体をくねらせてしまう。

 それがまた秋埜の…嗜虐心みたいなものを刺激するのか、もっと、もっととねだるわたしの本心を見透かしたように、いちばん気持ち良いところから微妙に外れたところに指先を移動させ、今度は気持ちよくなってしまう場所を広げるように、イケない動きをするのだ。


 「ん、ふぅ……ん………」


 体の表面にとどまっていた、なんだかしびれるような感覚が肌を貫いて体の奥までに達していく。

 初めて秋埜に体をいじられた時は、混乱してよくわからなかった。二度目は…イタズラみたいに互いに体を触りあって、それで終わった。

 三度目の、今日。わたしはきっと、秋埜と一つになる。こうして体が訴える歓喜のほんの兆しだって逃したくない。


 「……ん、じゃあ、センパイ……いーですか?」

 「……うん。好きにして、いーよ?」

 「……はい」


 形ばかり確かめ合う言葉を交わす、唇と唇を繋いでいた糸が、とてもいやらしく垂れていた。

 わたしは全てを受け入れることを決めて、秋埜がわたしにしてくれることを待った。いや、それだけじゃない。わたしだって、秋埜を悦ばせたい。一緒に、気持ち良くなりたい。

 だから、と逆襲するように秋埜の背中に回した手を、と思った時にそれは起こった。


 「りんこ。好き」

 「え……あの、あ、ンっ?!」


 わたしの名前を呼び捨てて、秋埜は再びわたしの唇を奪う。今度は優しく、触れるようなものじゃない。わたしの全部を奪ってしまおうか、って勢いの強いキスだった。


 「ま、まっふぇ!あひの、わふぁひ……あ、ひぃンっ!!」


 体が跳ね上がった。びくん、って。

 秋埜の左手はわたしの背中とベッドの間に差し挟まれ、右手は…その指二本で、すっかり感じやすくなってしまったわたしの胸の先っぽを、押し潰されるかと思うような勢いで強く責める。それだけで、わたしはどうしようもなくなった。「あ…あ……」とか呻くだけのわたしに構わず、わたしを苛んだ秋埜の指はそのまま動きを止め、息も絶え絶えみたいな状態のわたしから唇を離した秋埜は、こうささやく。


 「……ね、りんこ。脱がしても、いい?」

 「……きかないでよぉ、そんなこと………」


 いいに決まってる。ううん、そうじゃない。一刻も早く脱がして、わたしの全部を秋埜に見てもらいたい。

 それくらい、恋人なら分かって欲しい。

 そんな風に切なく彼女を見上げるわたしに、秋埜は容赦なかった。


 「…おねだり、してほしーな。りんこのかわいいこえで、お願いして。ね?」

 「……うう…いじわる………。じゃあ、えと……」


 ほとんど泣きそうになりながら、はしたないことを割とえげつない声で、わたしは希った。


 「……あきの、して?いっしょに、よくなろ?」

 「………うん」


 嬉しそうにそう頷いた秋埜はきっと今、世界で一番凜々しくて可愛い女の子だったことだろう。

 わたしはもう抵抗しない。覆い被さる秋埜の左手の指と自分の右手の指を絡め、少しでも触れる場所が広がるようにと、切なく蠢く。

 左手は…秋埜の腰に置いてあって、でもそれだけじゃあなんだか勿体ないような気がして、秋埜のお尻のカーブにそっと添わせる。制服のスカートの生地の向こうにあるスパッツがうらめし…あれ、秋埜今日はスパッツ穿いてないんだ……じゃあ、スカートの裾をめくってしまえば…。


 「ンっ!」


 スカートの中に手を入れ、下着と肌の間に指が入った、って思った瞬間、秋埜の舌がわたしの口の中で固くなった。興奮してるんだ、って思ったらちょっと余裕を取り戻せたみたいで、わたしは離れかけた唇を離すまいと顔を浮かせ、今度は自分のを秋埜の口にねじこんだ。


 「ひゅ、ふ…ん……せんぱぁい……」


 呼び捨てじゃなくて「せんぱい」って呼ばれてしまう。強くなったり弱くなったり。わたしの体と意思でいろんな顔を見せてくれる秋埜。それがとても愛しくて、わたしは……ひんっ?!


 「………むー…ぬがせる、っていったっす」

 「あ、ちょっと……もー……あん……」


 一度受けになってしまったのが面白くないのか、秋埜は少し口を尖らせながら次の手をうってきた。

 それはつい今し方、わたしの胸をやさしく触れていた右手。その指を、ブラウスのボタンとボタンの間の隙間、ちょうどブラのすぐ下辺りに、入れてくる。

 けどそこから先に及ぼうとはせず、指先はわたしの素肌を柔く撫ぜて、それが往き来する度にもどかしくなるわたしは、秋埜の人差し指がゆっくり往復しているところを中心にして、体全体が熱をもっていくのを感じた。


 「りんこ、どう?」

 「……………うー…も、…っと、ぉ……ね」

 「うんっ…」


 それがきっかけだった。

 待っていました、とばかりにもどかしそうにブラウスのボタンを一つ外し、二つ外し、三つ…の前に、顕わになったブラを持ち上げるよーにめくり上げ、とうとう秋埜の目に触れてしまったことで急に恥ずかしくなって顔を覆うように慌ててわたしは両手を持ち上げようとしたのだけれど、「かくさないで、ね?」と秋埜はわたしの両手首をつかみ、しっかりした太ももをわたしの両足の間にねじ込んでくる。

 腕が拘束され、下半身は自由を奪われ、怖いくらいに荒い息と共にわたしの口を貪り、もうすっかり丸見えになってしまっているわたしの胸に、制服のブラウスと下着越しに押しつけられる秋埜の、やらかいもの。

 そして、そんな姿勢のままわたしは「むー、むー」と抵抗し、秋埜は逃すまいとのし掛かってくるのだから、わたしの胸の先にある敏感なところはその度にイロイロと翻弄ほんろうされ、それがわたしを余計にたかぶらせてもうたまらなくなってしまって……。


 「……はっ、はあ、はあ………」

 「…うぅ……もう、うち、とまらない、ですぅ……せんぱい、も、いいですよ、ね?」

 「……うっ、うん……がまん、できないよぉ……」

 「あ、ん……りんこぉ…いっしょ、がいい……」

 「あきのぅ……いこ?いっしょに、きもちよく……なろ?」

 「!!」


 もう、秋埜の顔はけだものみたいだった。そしてわたしも多分同じよーな顔なんだろうなって。でもそれが奇妙に嬉しくて、あとはもーイケるとこまでイってしまえ、って思った、その時だった。

 学習机の上に並べておいてあった、二人分のスマホ。そのうち一つが鳴らす、間の抜けたメロディーが、わたしたちの動きをピタリと止めて、体と心の火照りを急速に奪っていく。


 「…………ちょっとー」

 「…………またですかー」


 まただ。これで三回目。

 わたしと秋埜がいー感じになろうとしていると…コーコーセーの身としてはこんな機会はそうそう無いというのにっ、その度にこうして邪魔が入る。


 「……あ~き~の~?また電源切ってなかったワケぇ?」

 「ちょ、せ、センパイ?うちのせいじゃないっす!センパイがこお…なんかとっても可愛くてすぐさまヤりたくなったもんだからそんな余裕無かったといいますかー…」

 「前二回とも電話で邪魔されたんだから、今度こそはって思うじゃない!いい加減にしろぉっ!!」

 「わぁっ?!センパイ見えてますってばっ!」

 「今し方好き勝手しよーとしてたくせに今さらかぁっ!!」


 ……もう気分は吹っ飛んでしまって、わたしは上になっていた秋埜を押しのけると、体を起こして着衣の乱れを直して秋埜を思いっきり藪睨みの目付きで睨め上げた。ええい、このモヤモヤした残り火みたいなアレをどーしろってのっ!!


 「……うー、あ、もしもし。父さん?どーしたのー……」


 わたしのそんな剣幕に怯えたように、秋埜はこちらをチラチラ見ながらお父さんからの電話に出ていた。

 あの人の好いお父さんに文句を言うわけにもいかなかったから、私の鬱憤とゆーか憤りとゆーか、なんだか八つ当たりじみた諸々は、雨に濡れた捨て犬みたいにしょぼくれる秋埜にぶつけるしかなかったのだった。


 うん、なんだか悪いとは思うけど、こればかりは仕方がない。

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