order-06: 同類
リグの運転で向かう先は高級ホテルだ。それまでのドライブで追手を撒ければよし、そうでなくともスクーターが入れば悪目立ちする。レデイアは手の傷の消毒を済ませたら、後部座席に顔を出し、グロースとクルツに説明をした。
「今日の一件には三つの要素が関わっています。まずはクルツくんを噛んだ蛇。これは、同級生メッコが、兄の蛇を勝手に持ち出したものです」
「クルツを狙って?」
「いいえ。逃げ出したのは偶然のようです」
グロースは積極的な加害ではなかったと知り、以後の不安がひとつ除かれた。
「二番目が蛇の出所。どうやら闇バイトとの関わりで所持していたそうです。おそらくは他にも何匹か持ち込まれていて、蛇に狙い先を教える係がいるのでしょうね」
「蛇遣いが笛を吹くのですか」
「他の方法もあるかもね。私は詳しくないですが」
レデイアもリグも、あくまで家政婦であり、特殊部隊や衛生兵ではない。都市部から遠い存在に疎く、答えられる内容は限られる。
「最後に三つ目、これが未解決の問題。計画に先んじて蛇の存在が明かされてしまった。これでは本来の目的が進めにくくなり、闇バイトを雇った連中がお怒りでしょうね。そこで情報が広まる前にお二人を始末しようとした。病院にも潜入されていたようね」
「あのハート先生が、反社会勢力だと?」
「そこはこれから調査します。違う場合なら、ハート医師も始末する気でしょうね。リグ、行方の連絡は」
「来てないっす。雲隠れか行方不明かも含めてまだっすね」
四人はここまでの情報を共有した。次はこれからの行動だ。まずクルツとグロースは、向かっているホテルに一泊する。その間に蛇の情報を広める。始末して得られる利がなければ危険もない。二人とも、他の情報は何も握っていない。
「今更なんですけど」
クルツが疑問を投げかけた。
「お二人は何者? 家政婦さんと思ってたけど、本当は別の何かとして活動している気がする。連絡が来てないってことは、他のメンバーもいる。窓から飛び降りたのもそうだ。あんなの、アニメか映画でしかやらないと思ってた」
疑問に答えるのはレデイアが受け持った。
「いい観察をしてるわね。家政婦として身近に寄り添い、時には悪の組織と戦い、時には汚職の証拠を暴く。秩序の守り手、それが私たち『オーダー・メイド』よ」
言い終えた後で思ったより薄い反応に、レデイアは左耳の後ろを掻いた。本当は言葉の内容を噛み締めている時間だが、レデイアからは呆気に取られているように見える。渾身の決め台詞に、リグは上機嫌に、控えめに笑った。
「ルルさん、気に入ってくれたんすね。嬉しいなあ」
話の一区切りと同時に、ホテルの地下駐車場に入った。薄暗い空間では車が動けばすぐにわかる。怪しげなスクーターが来ていないと明らかにした。奥に進み、警備員に挨拶をした。運転席のリグが車両の手続きをする間に、助手席の窓を家政婦仲間が叩く。レデイアからの情報を共有した。重要な部分をコードネームで呼ぶ。後部座席の二人には、傍目には意味がわからない内容で自分たちを語っているとわかる。
客室に通した。フロア一つにある五部屋すべてを今回の件に関わった者で使っている。出入り口では警備員が丸刈りの頭とサングラスで威圧感を放っている。このホテルは提携しているので、窓から上下左右の確認をする手間が省ける。
ホテルの部屋二つで、それぞれソファに並んで座った。ようやく一息つける。緊張が強いほど解放された心地よさも大きい。それでもレデイアだけは、少しの休憩で再び立ち上がり、ドアの前から廊下の音に耳を澄ませた。
「ルルさん、またっすか」
リグは口ではそう言いながらも、タブレット端末を出して連絡を確認する。ワーカホリックなレデイアに付き合ううちに癖が移ってしまった。好意を持つ相手の仕草を模倣することはミラーリングと呼ばれる。レデイアは水を用意するついでだと言うが、リグには普段の仕事での癖として見ている。リグの仕事は連絡や補佐を中心にしているので、こっそり、一方的なミラーリングだ。自嘲しながらも心地よく続けている。
ちょうど連絡がひとつ届いていた。時間から見て、受信したのはエレベーターで昇っている頃だ。
「ルルさん、連絡っす。メッコくんと家族を無事に保護して、こっちに向かってる。終わりましたね」
「よかった。もしあれきりだったら、私がやったみたいに思われてしまうわ」
「何かやってたんすか。いや、ルルさんのことだから、やられた側っすね。きっと求愛か侮蔑あたりでしょう」
「忘れちゃったわ、何があったか」
「またそれっす。もっと自分を大事にしてくださいよ」
「覚えてたら貴女、カチコミに行くじゃない。駄目よ、目的外なんて」
「今は行かないっすよ。あと、今のルルさんを聴くのは好きっす」
「物好きね。いいわ、しばらく地をこのままにしてあげる」
二人は束の間の休息として、羽を伸ばしている。このフロアにいるのは今回の事件に関わったものだけで、余程でなければ再出動はない。レデイアはたまに外の音に耳を立てる他は、リグとのお喋りを楽しんでいる。
ちょうどリグが席を外しているときに、廊下側から扉を開閉する音と、その後でノックが続いた。レデイアだけで廊下に出て、メッコを担当した中から二人と言葉を交わす。
他の人員のうち一人は治療室で、残りは組織を追っている。相手はこのごろ頭角を表してきた連中で、大筋は合法の範疇だが、突発的に違法の手が混ざる。動きから推測する限り、ヤクザの傘下にいる暴力団だか反グレ集団あたりだ。ブレーンを担う者も承知の上らしく証拠を隠され続けてきたが、今回はようやく尻尾を掴んだ。この機を逃すわけにはいかない。
メッコが落ち着いた頃にクルツと話をつけさせるそうで、その時はレデイアも同席する。同意で話が済み、二人の片方が席を外した。残ったもう片方の、背が低いソプラノが、別件について短く伝える。
「察しの通り、じきにレデイアも送りこむ。そのつもりでいて」
レデイアが部屋に戻る頃、リグはソファで横になっていた。報告は後で読むだけだが、わざわざ口頭で伝えられた部分は無視できない。仮眠として適切な時間は寝顔を眺めるが、起きたらすぐに話しておく。
レデイアは結局、メッコについては態度とクルツの表情しか見ないままで決着がついた。想定と違う事態は珍しくもないが、全く別の内容に駆り出されたのは初めてだ。実質的な動きはスクランブルと同等だった。給料の交渉材料を得たが、それ以上の問題にも直面している。報告を持ち込んだ相手だ。レデイアでも一人で抱えるには重い。
リグがソファで寝てから十五分ほどだ。ローテーブルに二人分の水を置き、脚を揺すって起こしたら、レデイアは暖まった座面に腰を沈めた。
「ロゼ・ブラック。聞き覚えは」
「カントー地区に異動してきた名簿で見覚えがありますね。それ以上は、何者です」
「そこらでは闇組織の解体者、とか呼ばれてるそうよ。かつて乱立していたアウトローな連中のうち、鳴りを潜めたいくつかは、誰かがあいつを引いたから潰れた、ってね」
「逸話が出回るってことは、バレてるんすか」
「昔はどこかのお嬢様だったそうだから、きっと商談の合間にでも見られてたんでしょうね。そして、全てを失わせた奴への怒りで動いてる。だからよく、そういう案件を嗅ぎ回ってるのよ」
「いくつかはルルさんみたいっすね。共同作戦なんかも?」
「ずっと前に一度だけね。で、大事なのはここから。今回、あいつが動いてる」
レデイアは水を飲み干した。
「私たちも厄介なのに駆り出される、ってことよ」
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