転生チートが言語マスターだったので、通訳として生きて行きます
真理亜
第1話 通訳というより教育係
『一昨日きやがれ! このインポ野郎!』
私はこの言葉を脳が理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。それも当然だろう。これが場末のバーや娼館辺りで聞こえるならまだ分かる。
だがここは、我がアルファ王国の王宮。しかも隣国エイナ王国の大使を前にした外交の場である。こんな言葉が聞こえて来ていいはずがない。
ヘタをすれば、いやヘタをしなくても外交問題に発展してしまうだろう。
『一昨日きやがれ! このインポ野郎!』
しかもこんな暴言を吐いたのが、本日めでたく外交デビューとなる王太子アレックスの婚約者、ブレンダ公爵令嬢だから尚更だ。
エイナ王国の言葉をしっかり勉強して来たから、通訳の私の力を借りなくてもちゃんと挨拶できると言うから任せてみたらこの様である。私は頭を抱えてしまった。
『一昨日きやがれ! このインポ野郎!』
しかも大使が唖然として何も反応することが出来ないのを、自分のせいだとは露ほども思っていないブレンダ嬢は、アホみたいに何度も同じ言葉を繰り返している。
『一昨日きやがれ!...』
「だぁぁぁっ! もうっ! いい加減黙れぇ! お前は壊れたスピーカーか何かかっ! 何回暴言吐いたら気が済むんだ! このおバカ娘がぁ!」
切れた私は断じて悪くないと思う。
寧ろこれまで良く我慢したと誰かに誉めて欲しいくらいだ。
◇◇◇
私の名はアビー。孤児だったので只のアビーだったが、スキルが発現した10歳の時からクレイトン伯爵家の養子となり、アビー・クレイトンになった。
スキルが発現した者は、国の宝と見なされ手厚く保護される。この国では10歳になると、教会に行ってスキルの有無を鑑定することが義務付けられている。スキルが発現した私は、それまで住んでいた孤児院から王宮へと移り住むことになったのだ。
そう、この世界、魔法は無いが代わりにスキルが存在する。神からの贈り物、ギフトとも呼ばれる。スキルには様々な特殊効果を発揮するものがある。
一番メジャーなのが未来視。要は予知能力だ。次が千里眼。遠見の術とも呼ばれる。要は双眼鏡か望遠鏡だ。次が鑑定。これはそのものズバリ、どんなものでも鑑定してしまう能力だ。
そして私の能力は言語マスターという。これはこの世界に存在するありとあらゆる言語を完璧に使いこなす能力だ。この能力を買われて私は、通訳として王宮勤めをしている。
先程のような外交の場に10歳の頃から引っ張り出されて来た。最初は緊張して失敗したものの、年を重ねるごとに経験を積み重ねていき、8年も経った今では自信も実績も持ち合わせて来たと自負している。
だから今回、将来の王妃となる予定の少女の外交デビューに、通訳というよりは教育係として望んだはずなのだが、あの体たらくである。ブレンダの我が儘を認めた自分の甘さを呪ってやりたい。
「あなた、自分がなんて言ったか理解してる?」
ここは王太子アレックスの執務室。あの後、大使には平謝りで取り敢えず場を外させて貰ってここに来ている。私の目の前にはブレンダが正座している。いや、正座させている。なんで私に怒られているのか理解していないブレンダに、
「大使に向かって『一昨日きやがれ! このインポ野郎! 』って言ったのよ? あなた、この意味を分かって言ってたの? あなたの言葉1つでヘタすりゃ戦争になるかも知れないのよ? そのくらい、外交の場では1つ1つの言葉が重要なの。それをちゃんと理解してる?」
さすがに自分の仕出かしたことの重大さに気付いたのか、ブレンダの顔が真っ青になる。
「あんな汚い言葉、誰に教わったの?」
「あ、あの...アレックス様に...」
「プハハハッ! いやいや最高! プハハハッ! ヒィヒィ! く、苦しい...」
犯人はお前かっ!
私は笑い転げる王太子を睨み付けながら、この国の将来が心配になっていた。
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