旅立ち

「甘いっ!!甘やかせすぎよっ!!」

 

「ふぁっ!!」

 

 晴れ渡る空の下、常盤色の絨毯を敷き詰めた様な草原。空には、数羽の小鳥達がぴぃひょろろと歌を歌いながら優雅に飛んでいる。


 ここは王都から少し離れた場所。

  

 そんな穏やかな晴天の昼下がり。大きな声が響いた。

 

 【聖母】サナである。

 

 そのサナの声に暖かな陽気に誘われ、襲いくる睡魔にうつらうつらとしていた【勇者】ミウがびくりとして、ママである【聖母】サナへと視線をむけた。ミウだけではない、サナと共に歩いていた【剣聖】カイト、【賢者】キラも何事かっとその大声に反応していた。

 

 何故、【勇者】ミウ、【聖母】サナ、【剣聖】カイト、【賢者】キラの四人が王都の外にいるかと言うのは、あれからなんだかんだあり、魔王退治の為に城を出た勇者御一行。結局、【賢者】キラも話しの流れで着いていくはめに。そして、赤ちゃんである【勇者】ミウを連れての旅は大変だろうと国王から、出立の品として、幾つかのプレゼントを貰ったのだ。

 

 一つは登山用パックメーカーが本気を出して作ったと言われるベビーキャリアー。耐久性の高いフレームと背面メッシュで通気性抜群。野営する時には赤ちゃん用の椅子としても使用できる優れもの。これで、両手も自由に使え、急に魔族や魔物達が現れても大丈夫。

 

 もう一つは、ベビーカーである。しかも、ただのベビーカーではない。正直なところ、道中は未舗装路がほとんどである。いくら悪路用四輪独立懸架式ショックアブソーバー方式のベビーカーでも乗り心地は良くないであろう事は目に見えて明らかである。そんな乗り心地の悪い思いをさせて、可愛い可愛い【勇者】ミウに旅をして欲しくない。それは【勇者】ミウに甘すぎる国王と女王の切なる思いであった。そんな国王と女王が事もあろうか【勇者】専用ベビーカーを立案し作製させた。伝説の宝具である【飛行石】を使って。

 

 その【飛行石】を使ったベビーカーが【聖母】達三人の目の前にある。あると言うか浮いている。

 

【飛行石】とは何か?

 

 それはかつて天空の〇ラ〇ュタを空中に浮かばせてる程の力がある石。しかし、その天〇の城ラピュ〇は、とある少年少女の唱える滅びの言葉バルスにより崩壊した。そして、滅びた〇空の城〇ピュタを浮かしていた、その【飛行石】の一部がこの王国に保存されていたとかなんだとか。

 

 そんな眉唾物……否、伝説の宝具である【飛行石】。しかし、【聖母】サナと【剣聖】カイト、【賢者】キラは、その眉唾物の【飛行石】が本物である事を知った。


「だぁだぁ」

 

 地上より一メートルほど浮かんでいるベビーカー。その周りを真っ白の蝶々がゆらゆらととんでいる。その蝶々を捕まえようとしているのか、興味津々に手を伸ばしているミウ。その姿を微笑ましく見ている【剣聖】カイト。

 

 皆の後ろからとぼとぼと着いてきている【賢者】キラは思っていた。

 

——これ、ベビーカーなん?宙に浮いてるやん?

 

 それをベビーカーと呼んで良いものか?【賢者】キラの素朴な疑問であった。良いのである。大きな街などの舗装路では普通にベビーカーとして使える様に車輪は残されているからだ。

 

「どれだけミウに楽させるつもりなのっ!!」

 

 最高級のベビーキャリー、【飛行石】を使った快適ベビーカー。

 

 それだけではなかったのだ。アイテムが無限に入り、いつでも取り出し可能な、これまた伝説級の【四〇元ポケット】と言う名の収納ポーチ。これはとある異世界の青いタヌキが使っていたと言われている代物であった。

 

 そして、問題はその中に収納されているアイテムである。

 

 これまた国王と女王からのプレゼントがわんさかと入れられている。

 

 例えば、野営時にミウが快適に眠れる様にと最高級のベビーベッド。しかも、蚊帳つき。そして、ベビーベッドを置いても苦にならない大きな大きなドーム型テント。野営では風呂に入れないだろうからと、バスタブセット(お湯は【賢者】キラの水魔法と火魔法でどうにかせよとの事。国王の厳命あり)。収納ポーチに入れとけば賞味期限切れの心配はないとの事で、最高級食材をふんだんに使った離乳食に道中、飽きない様にと知育玩具の数々……そして、極めつけはお世話型人形メイド型ドール。あのミウお気に入りのメイド達をモデルにした魔力で動く人形ドールである。お小遣いまでたんまりと。

 

 至れり尽くせり。

 

「駄目人間にするつもりかっ!!」

 

 確かにベビーキャリーやベビーカーは道中に必要なものである。だが……その他の物はどうだろうか。離乳食も有難い。だが、最高級食材を使用しなくても、普通の食材でいいではないか。こんな赤ちゃんの頃から舌を肥えさせていたら、将来、どうなるのか?ましてや世話型人形メイド型ドール

 

——ミウは少し我儘娘になってきたから、この旅に揉まれてしっかりとさせなくちゃ……

 

 なんて思っていた矢先がこれである。

 

 つい最近も泣けば我が通せると思っていたミウ。それは【聖母】サナのスキル【肝っ玉母ちゃん】により無駄だと教えた。

 

——それなのにっ!!

 

 そんな【聖母】サナの気持ちをよそに、ベビーカーの周りを飛んでいる蝶々に気を取られているミウ。

 

 それぞれの思惑とはべつのところで、今、まさに魔王達が動き出そうとしているのを、この勇者パーティーは知らなかったのである。これからその身に起こる事を。

 

——てかさ、あんなにいっぱいくれなくても、最高級キャンピング馬車を一台くれたら良かったんじゃね?

 

 【賢者】キラは、一人、そう思うのであった。

 

 

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魔王退治へ行こうっ!!~こうして私は【聖女】から【聖母】へとジョブチェンジしました。 ちい。 @koyomi-8574

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