第2話・子豚ちゃんの代わりに売られてゆきます


「姫さまにお鉢が回って来るとは思いませんでしたものね」


 同情するリリーに、アデルはがりりと固形のキャラメル菓子を頬張った。


「珍しく王城に呼び出すから何かあると思ってたけど、まさかこんな展開になるとは。子豚ちゃんの代わりにマクルナ国に嫁げだなんて。ひどいわ。なんでわたくしがあのトゥーラの偽者として嫁がなくちゃいけないわけ? ああ。むかつくわ。あのトンスラおやじ」

「トンスラおやじではありません。宰相さまですよ。それにあのお方は頭の頭頂部がお寂しいだけで、聖職者のように頭を剃ってる訳ではないのでトンスラではありませんよ。それに先ほどから気にしてらっしゃるのはそこですか? 姫さま?」


 生真面目に訂正するリリーに、アデルは二つ目の菓子に手を伸ばした。


「そうよ。いけない? トゥーラは十四。わたくしはもうじき二十歳なのよ。お母さまの介護でいき後れたこのわたくしに、むちむちの十四の娘になりきれと? 無理よ。どうみても年齢詐称じゃない。あちら側も、こんなオバさん押し付けてとしか思わないわよ」


 アデルの言うあちら側とは、マクルナ王国のことだ。


 敗戦したリスバーナにマクルナ国王が突きつけてきたのは王女との婚姻。本来ならリスバーナ王の娘、トゥーラがこの話を受けるのが筋だと思われたが、敗戦の知らせを受けた王は、王としての勤めを放棄していち早く妻と娘を連れて王城より抜け出した。

 敗戦の騒乱のなかで行方は知れず、後処理に追われる重鎮達は、マクルナ国王の要望にこたえる為、先王の娘、アデルを担ぎだしたのだ。


「あのトンスラおやじったらありがた迷惑なのよね。あのまま穏やかな古城で一生を終えると思っていたのに。今更十四? 十四? 十四だなんて無理よ。無理。むり。絶対にムリ~」

「姫さま。大丈夫です。姫さまなら口を開かなければ十四で通りますから。あ。そうです。自称で誤魔化せばいいですわ。それなら誰も騙した事にはなりませんし、殿方もわざわざ女性に年齢を訊ねることはなさいませんから」


「それでうまく行く?」

「大丈夫です。なんとかなります。実は母も父より七つほど年上なのに、それを隠して父よりも五つ年下だと嘘ついて結婚したんですよ。父が母の本当の年齢を知ったのは、結婚して二十年目のことだと聞きました」

「うわあ。アロアもなかなかやるわねぇ。それまで周囲にはばれなかったの? さすがにお母さまは知ってたわよね?」

「はい。前王妃さまはご存知でしたよ。母に合わせて自分も年齢詐称しちゃおうかしら? と、一緒になって盛り上がってたようでしたから」


 前王妃はアデルの母。アロマはアデルの乳母でリリーの母だ。ふたりは年が近いこともあって大層仲が良かったように思う。


「なんでばれちゃったの?」

「お医者さまですよ。受診する際についうっかり生年月日を聞かれて正直に答えちゃったんです。そしたら、父に聞かれてたというオチです」

「人生には思わぬ落とし穴があるものね。生年月日には気をつけなくちゃ。うっかり本当のこと言いそうよねぇ。それにしてもわたくしをさんざん、芋娘呼ばわりしていたあの子豚ちゃんにわたくしがなるのよ。向こうでトゥーラと呼ばれるかと思うとぞっとするわ」

「ご同情申し上げます。姫さま。でもそれはトゥーラさまは、幾ら食べてもほっそりしている姫さまを羨んでいたからだと思いますよ」

「そうお?」


 ふん。と、鼻息も荒くアデルは三つ目の菓子も口元へ運ぶ。六才年下の従妹のトゥーラは、両親に似てぽっちゃりした体型をしていた。愛想がよければそれでも可愛げがあるものを、アデルに会う度に「行かず後家」や、「芋娘」など悪意をぶつけてきて、小憎らしい少女だった。

 この国の女子は二十歳までには嫁ぐのが当たり前とされているので、幽閉されているといっても、時々王城に所用で顔を出さねばならないアデルを見かける度に、トゥーラは取り巻きの貴族の娘らと一緒になって、辺境に住んでいるアデルを結婚を逃した田舎娘と馬鹿にしていた。


 リリーは甘党ではないので、アデルが菓子を平らげて行く姿を痛ましい目つきをして見守る。


「よく食べれますよね。さすが姫さまと言うべきなんでしょうけど」


 こんな時に。と、言いたげな侍女をアデルは目で制した。


「マクルナ国王にお会いして偽者だとばれたら、どんな目に合わされるか分かったものじゃないもの。取り上げられない今のうちに食べておくわ」

「姫さま… どんだけ卑しいんですか。これからはきっと嫌というほど食べれると思いますよ」


 一介の侍女にしては辛辣な物言いをするリリーとは、幼い頃から姉妹のように育った間柄だ。気心も知れていた。アデルには手厳しい言葉を言いながらも一番、アデルの行く末を心配してくれているのも彼女なのだ。マクルナ国に嫁ぐことが決まると、すぐに同行を申し出てくれた。アデルにとっては心強い味方だ。

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