24話:雑貨店アメリア


 翌朝には雨が止んでおり、窓の外には不思議な街光景が広がっていた。

 どの建物も奇妙な形で、滑らかな白色をしている。光沢のあるつるりとした見た目もあって、まるで角張った大きな真珠のようだ。

 その真珠は地上だけでは無く、空にもたくさん浮いている。

 ぷかりと海の泡のように並ぶそれらが居住用の家で、地上に並んでいるのは全て店舗なのだと、昔ノアは聞いたことがあった。

 街の各所に転移用の魔導具が設置されており、それを使用して家の出入りを行うらしい。

 そんな他の街とは大きく異なる街並みに、オリビアは宿の前で目を輝かせながら歓声を上げる。


「ノアさん! なんか浮いてますよ! ぷかぷかって!」

「あぁ、浮いているな」


 魔法の事に詳しくないノアからすれば、ふとした拍子に落下してくるような気がして落ち着かない光景だ。

 しかしオリビアが特に警戒して居ないことから、特に問題は無いのだろうと結論付けた。

 それに何より、オリビアが楽しんでいるならそれで良い。


「オリビア。今日は買い出しを行う予定だが、少し散策してみるか?」

「そうしましょう!」

「では手早く済ませるか。店はすぐ近くだ」

「はい!」


 テンションの高いオリビアを連れ、ノアは記憶の中の地図を頼りに歩き出した。

 店主は傭兵時代の仲間で、貴重な魔導具なども含め何でも取り扱っている店だ。

 色々な物があるからオリビアが喜ぶかもしれないな、と思いつつ、その光景を想像して若干顔が緩んでいた。


〇〇〇〇〇〇〇〇


 ノアの知り合いがやっていると店に着いた瞬間から、オリビアは不穏な空気を感じていた。

 入口には「雑貨店アメリア」と書かれた看板が下げられており、明らかに女性の好みそうな華やかな装飾が施されている。

 もしやと思い警戒しながら店内に入ると、そこには予想通りに少女が立っていた。


 空のように澄んだ青色の髪、ラピスラズリのような瞳。

 背は低く華奢な体つきで、まるで成功な人形のようだ。

 独特なデザインのモノクロなメイド服を着ているが、幼い顔とは不釣り合いに胸がかなり大きい。

 胸元が開いたデザインのせいでそれがより強調されていて、つい目線が向かってしまいそうになる。

 頭に飾られているのは愛らしいヘッドドレス。淡いピンクの花飾りが印象的だ。

 同性から見ても魅力的な彼女を前にして、少女としてのオリビアから聖女としてのオリビアに頭を切り替えた。

 これは強敵だ。気を引き締めなければならない。

 特に胸だ。彼女は自分には無い破壊力を持っている。


 少女はオリビア達の姿を見ると、イタズラめいた笑みを浮かべながらこちらに歩み寄って来た。

 

「あら、久しぶりねご主人様。今日はどうしたのかしら」

「アメリア。いつものやつを頼む」

「喜んで。少し待っていてね」


 アメリアと呼ばれた少女は笑顔のまま一旦店の奥に入ると、何やら大きな箱を持って戻ってきた。

 カウンターに置かれたその箱の中には、ノアが使っている金属の筒や黒色火薬がぎっしり詰められている。

 しかしオリビアが気になったのはそちらでは無い。


「ご主人様? ノアさん、こちらの方とはどのようなご関係なんですか?」

「あぁ、彼女はアメリアだ。元傭兵仲間で……何だったか。アメリア、俺たちの関係を前に何か言ってたろ」

「ご主人様と肉奴隷よ」


 アメリアがクスクスと笑いながらそう言った。

 ピシリと。オリビアの表情が凍り付く。

 いま何かおかしな単語が聞こえた気がする。

 再びアメリアの全身を見る。

 華奢で顔立ちは幼いが、メイド服を押し上げる胸は大きく、アンバランスながらも非常に魅力的な少女だ。

 確かに男性はこういう女の子が好きだと聞いたことがある。

 だが、さすがに聞き間違いだろう。そう願いながらオリビアが口を開く。


「えぇと、どういう意味なのでしょうか」

「すまないが意味は分からない。誰かにアメリアを紹介する時はこう言えと頼まれている」


 ノアのその言葉に、オリビアは女神のような微笑みを浮かべたままアメリアに向き直る。


「アメリアさん。そのような事を吹聴するのはあまり良くないですよ?」

「将来的にはご主人様専用のぷにあなになるから大丈夫よ」

「ぷにっ……⁉」


 いきなりの爆弾発言にオリビアが言い淀む。

 知識としてそういう嗜好があるのは知っていたが、自ら呼称するとは思いもしなかった。

 

「アメリア。いい加減その言葉の意味を教えてくれないか?」

「あら。じゃあ今晩私の部屋に来てくれる? 全部教えてあげるわよ」

「今晩か。オリビアも一緒なら構わないが」

「ノアさん⁉」

「ご主人様の初体験が三人でっていうのも楽しそうね。私は構わないわ」

「アメリアさん⁉」


 予想の斜め上を行く会話にオリビアが声を荒らげる。

 彼女としては非常に珍しく、と言うよりは物心が着いてから初めて、聖女の皮が外れかけていた。


「あら、冗談よ。ご主人様は何も理解していないでしょうし。それに貴女も未開封でしょう?」

「みっ⁉」


 両手を口元に当ててくすくす笑うアメリアに、咄嗟に言い返そうとするが上手く言葉が出て来ない。

 オリビアはこのような話を他人とした事がない為、勝手が分からないでいた。

 混乱する頭の中で必死に考え、とにかく自分の想いを主張しなければと口を開く。


「ノアさんは私のパートナーです!」


 咄嗟に放たれたその言葉に、ノアの胸に暖かなものが宿る。

 オリビアからパートナーと呼ばれた。それがとても嬉しい。

 何の話をしているかは全く分からないが、二人が楽しそうにしているから問題は無いのだろう。

 無垢な青年はそのように考え、負けられない戦いに挑むオリビアに柔らかな笑みを向けていた。


 アメリアはその事に気が付いて居たが、オリビアは位置的に見えないようだ。

 敢えて言及せず、まるで小悪魔のように笑う。


「パートナー。素敵な言葉だけれど、夜の相手を出来ないのならダメじゃないかしら」

「私たちはプラトニックな関係なんです!」

「若い男女が二人きりなのよ? オリビアさんが頑張らないといけないわ」

「私だって頑張っています! 色々と!」

「あら、そうなのね。ふぅん……ねぇオリビアさん?」


 くすくすと笑いながら、アメリアが一つの提案をする。


「良かったらご主人様の事を色々と教えてあげましょうか? 昔の話とか、聞きたくない?」

「是非よろしくお願いします!」


 オリビアが勢いよく頭を下げる。

 それはもう清々しい程の手のひら返しだった。


「でしたら、主人様は店番をお願いできる? 女の子だけの秘密のお茶会をしたいの」

「俺は構わないが……オリビア、大丈夫か? よく分からないが、無理をする必要はないからな?」

「えぇ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 一瞬で聖女らしさを身にまとったオリビアが微笑む。

 そのいつもの表情に安心したノアはカウンターの奥に座ると、オリビアの前でしか見せないあどけない笑みを浮かべた。


「俺の事は気にするな。何かあったら読んでくれ」


 オリビアは彼の子犬のような表情を見て、思わず抱きしめそうになるのを堪える。

 すると次いで、彼はアメリアに真剣な顔を向けた。


「アメリア、オリビアの事を頼む」

「あら、良いの? 私がオリビアさんを襲うかも知れないわよ?」

「からかわないでくれ。アメリアがオリビアを傷付ける訳が無いだろう」

「そういう意味ではないのだけれど……まぁ良いわ。さぁ聖女サマ、こちらへどうぞ」


 幼い姿に似合わない妖艶な笑みを浮かべ、アメリアはオリビアの手を引いて店の奥へと姿を消して行った。

 それを見届けた後、ノアはカウンターに置かれた荷物を手に取り、真剣な顔で中身の確認を始めた。

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