23話:宿の夕飯


 宿の夕食は、旅の途中とは比べるまでもない程に豪勢だった。

 かと言って決して高価な物ではない。

 生野菜を盛り付けドレッシングをかけたサラダに、具材がゴロリと入ったクリームシチュー、それにオーク肉の入った肉野菜炒めと、白パンが二つ。

 あとは、別途で注文した麦酒エール蜂蜜酒ミード

 一般的な夕食のようなメニューだが、基本的に保存食しか食べられない旅路中には望むべくも無いメニューだった。

 ノア達のような旅人からすると、特に生野菜は人の生活圏に入らなければ食べることが出来ない貴重な物だ。

 有難みを感じながら、ノアはまずサラダに手を付ける事にした。


 彩りは鮮やかで、葉野菜やトマト、それに黒人参が生のまま盛り付けられている。

 金属製のフォークを突き刺すと固めな手応えを返してくれた。

 そのまま、口に運ぶ。

 シャキっとした葉野菜の軽やかさと瑞々しさに、黒人参のカリコリとした食感。

 次いでトマトとドレッシングの甘酸っぱさが口の中に広がる。

 胡椒と酢の香りが鼻を抜け、口の中がサッパリとした。


 次に選んだのは薄らと湯気の立つクリームシチュー。

 冷えきった体には嬉しい一品だ。

 ホワイトソース特有の甘い香りを嗅ぎながら木製のスプーンで中身を掻き混ぜ、まずは具無しで一口。

 甘い。それでいて深く、多数の具材の味が絡まりあった複雑な味だった。

 見たところジャガイモと人参と一口大の塊肉が入っているが、タマネギの風味も感じる。

 時間をかけて煮込んだのであろう、手間を感じるシチューだ。


 更に食べ進め、シチューで温まった体が次に求めたのは、肉。

 豪快に盛られた肉野菜炒めからは、異世界から伝来したショウユの香りがする。

 わざと焦がして風味を増した肉に、フォークを突き立てる。

 じゅわり、と肉汁が溢れたことに、ノアは小さく驚いた。

 ステーキならまだしも、このサイズで肉汁が出るなんて尋常ではない。

 期待を孕んで口に入れると、肉の脂と旨みが欲求を満たしてくれた。

 下処理を的確に行っているのだろう。

 臭みは無く、とても食べやすい。

 他の野菜と同時に突き刺し、咀嚼そしゃくして飲み込んでは次を求めた。


(ああ、美味いな。この店は当たりだったか)


 気持ち穏やかな顔付きになったノアを見て、オリビアは微笑みながら白パンをちぎって食べる。

 ふわりとした柔らかな感触。

 仄かに甘く、暖かく、香ばしい麦の香りがする。

 買い置きした物ではなく、この店で焼いているのだろう。

 保存性に特化した黒パンとは違い、味を重視した白パンをモグモグと食べ進めると、蜂蜜酒ミードの入った小さなジョッキを傾ける。


 濃厚な蜂蜜の香り。甘く蕩ける口当たりで、甘党なオリビアにとって堪らない一口だった。

 飲みやすく、アルコール度数が低いそれは女性に人気があるようで、店の大半の女性客は同じミードを頼んでいるようだ。

 オリビアは楚々とした仕草でジョッキをテーブルに戻すと、自分の前にあったシチューと肉野菜炒めの皿をノアに寄せる。

 彼は一度オリビアを見た後、黙々とそれを食べ進めた。


 彼女は小食な為、パンとサラダだけですぐに満腹になってしまう。

 なので食べきれない分はいつもノアに渡し、彼が食べるのを見守るのが習慣化していた。

 無言無表情ながらも、オリビアから見ると彼が喜んで居るのが分かる。

 犬系亜人のように尻尾があれば、それをブンブンと横に振っているだろう。


 その様がとても愛おしくて、不気味な笑い声が漏れそうになるのを硬い意志の力で押し殺した。


(ノアさんが! 一生懸命食べてるぅ! 可愛い! ナデナデしてペロペロしたい!!)


 若干、息が荒い。

 衝動を完全には抑え切れておらず、何度か腕がピクリと動いていた。


 その様子にノアは気が付いていたが、やはり彼女は体調が優れないのだろうと思い、夕食を早く終わらせて休ませてやろうと食べる速度を上げていた。

 その様子が必死に食べているように見え、オリビアは心の内で密かにエキサイトしている。

 やがて全ての料理を食べ終えると、ノアは麦酒エールを一気に飲み干す。

 喉越しが最高に美味く、ふぅ、と思わず一息ついた。


「すまない、待たせた。行こうか」


 心の中でハートマークを乱舞させていたオリビアはその一言で正気を取り戻すと、優しげな微笑みを浮かべながら布巾で彼の口元を拭う。

 大して汚れていた訳でもない。ただノアに触れたいが為の行動だ。

 しかしそれがノアに伝わるはずも無く、何となく気まずそうな顔でされるがままになっていた。


 やがてオリビアは布巾を戻すと、テーブルに置かれたノアの大きな手に自分の手を重ねた。

 その一瞬でするすると指触りを楽しみ、何を言うでもなく立ち上がる。


 こういったセクハラめいたやり取りも日常的に行われているが、ノアは彼女の行動には何らかの意味があるのだろうと、その行為を受け入れていた。


「では戻りましょうか。体を清めなければいけませんし」

「ああ、頼んだ」


 ノアが笑顔で答えると、オリビアは感情の昂りにピクリと震えた後、彼の手を取って軽い足取りで二階の自室へと戻って行った。


 そしてスーパーお楽しみタイムを堪能した後、満足したオリビアは部屋着に着替えて就寝。

 ノアはいつも通り壁に背を預け、ガンブレイドを懐に抱いたまま眠りに着いた。

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