第4話:魔力供給


 二人並んで村に着いた後。オリビアはノアと共にドラゴンの遺骸を村の入口に放り出し、改めて冒険者ギルドで報告を済ませると、ギルドに併設された酒場で夕飯を済ませた。

 それなりに美味く量も多い割に格安な食事だったが、ノアの作る絶品な手料理に慣れているオリビアにとっては若干物足りない。

 仕方なしに大好物の干したスイートベリーを口にし、不満を抑える事にした。


 無論、傍から見ればそんな素振そぶりは一切無く、清らかで柔らかな微笑みを浮かべているようにしか見えない。

 見る者に神々しさすら感じさせるオリビアの心中は、しかしこの後の事を思って薄桃色に染まっていた。


(うへへ……まずは体を清めて、そしていつも通り「魔力が足りないから」ってお願いしたら……きゃー!)


 一方で。


(オリビア、また何か思い悩んでるな……後で聞いてみるか)


 そんな彼女に違和感を覚えたノアだったが、純真な彼ではオリビアの欲にまみれた考えに至る事など出来ず、実に見当違いな事を思っていた。



 宿で取っている部屋は一つだけ。これもオリビアが節約の為と言い聞かせ、いつもそうしている。真の理由に関しては言うまでもない。

 更には床ではなく、同じベットで眠ること。それも彼女がノアに望んだ事の一つだった。

 そうでもしないとノアは床に座り込んだままの仮眠を取るだけで済ませてしまう。

 彼の体調を気遣いつつ、それ同レベルで、愛しい人とベッドを共にしたいという打算があったのも事実だが。


 簡素な部屋の中で体を拭き清めた後、銀髪紅眼の少女はいつもの部屋着に着替えた。

 大きめな男物の黒いシャツ。節約のためだと言ってノアから譲り受けた一品に身を通す度、彼に包まれている気がして心がたかぶる。

 神の奇跡たる魔法で常に清潔さを保ちながらも、敢えて残している彼の匂いだけは残してある。

 オリビアがシャツの襟を引き上げて深呼吸していらると、部屋のドアがコンコンとノックされた。

 着替えの間、外を見張ってくれていたノアだろう。そろそろ終わったかと思い、確認してきたのだ。


「もういいですよ」


 告げると、ゆっくりと扉が開かれた。

 部屋に入ってきたノアは、ジャケットを脱いでは居るものの、昼とほとんど同じ黒衣装。

 彼には眠る時に着替えるという習慣が無く、どんな時でもすぐに戦闘を行えるよう、武器も必ず近くに置いている。

 肌着越しでもわかる引き締まった体はまるで芸術品のように均整が取れており、薄く割れた腹筋や半袖から覗くたくましい腕に、オリビアの目は釘付けになっていた。

 そして不意に我に返ると、正に聖女のような微笑みを浮かべながら両手を前に開いて伸ばした。


「ノアさん。魔力供給をお願いします」


 慈愛に満ちた表情。しかしその実、首の裏まで真っ赤に染めた少女は、はやる鼓動が彼に聞こえなければ良いのに、と願う。


「ああ、分かった」


 ノアはオリビアの言葉に応え、ゆっくりと優しく彼女を抱きしめた。

 温かく、柔らかな抱き心地。ふわりと香る甘い匂い。彼女の慎ましい胸がやんわりと潰れるのを感じ、その感触に己が興奮していくのが分かった。

 本能的に強く掻き抱きそうになるのを必死で自制する。

 もしかしたら壊れてしまうかもしれない。そんな恐怖が頭を過ぎり、理性を保つ事が出来た。

 愛しいと言う感情。彼が未だに理解できないもの。

 しかしそれはノアの心の底から溢れ出してくる。

 この時間が永遠に続けば良いと、無垢な青年はそう思った。


 一方オリビアは、心の内で悶絶していた。


(ふおぉぉ! いい匂い! 優しい! 胸板厚い! 尊いぃぃ! あああぁぁっ!!)


 自らも彼の胸元手を伸ばし、ノアの抱擁ほうようを全身で余すことなく堪能たんのうしている。

 たおやかで弱々しく、しかしじっくりと胸元の筋肉を撫で回し、更に昂っていく。

 呼吸が荒く、鼓動が早鐘を打つ。腰の奥がきゅうん、とうずいた。

 身体が彼を受け入れる準備をして行くのが分かる。

 高まる期待を抑える事もせず、そっと顔を上げ、瞳を閉じた。


 ノアはそれだけで、オリビアが何を望んでいるか理解した。

 いつものように彼女のあごに無骨な手をやり、口付ける。

 ふに、と柔らかくも確かな感触。何とも言い難い心地良さ。

 彼女を想う気持ちが強まる。やはり自分には彼女が必要なのだと、改めて実感する。


 触れるだけのキスは、しかし深い心の繋がりを確かめ合う行為。

 魔力が自分からオリビアへ流れていくのを感じる。

 彼女が求めてくれる。彼女は魔力供給の為に必要な儀式だと言っているが、事務的なものだったとしてもノアの心が暖かなもので満たされていく。

 もっと彼女に触れたい。そう思う。

 だがもし、自分から求めてオリビアに拒まれてしまったら。

 そう考えると踏み出す勇気は霧散してしまい、やはりいつものように口付けを交わしたまま固まってしまった。


 しかし無論のこと、オリビアはノアを受け入れる気満々だった。

 いっその事押し倒してくれたら。獣のような欲を剥き出しかにしてくれたら。

 そうしたら、彼女は自身を喜んで差し出す準備ができているのに。

 オリビアはいつ事に及んでも良いように、宿の部屋にいる時に下着は付けていない。

 青年から貰った古着のシャツ。オリビアは今、それしか身に付けていないのだ。

 期待に濡れる体を遮るのは使い古された薄布一枚。彼が求めるのなら、すぐにでも応じることが出来る。

 だと言うのに。彼はいつもキスで止まってしまうのだ。

 大事にしてくれているのは理解している。

 それでも、キスだけでは物足りない。


(早く、早く! ほら、私は準備出来てるから! 食べ頃だから!!)


 既に限界ギリギリまで迫っている愛情と情欲が身体の奥で燃え盛っている。

 ジリジリと焦がすようにうずく若い性欲を持て余し、それでも、ノアの方から求めてほしいと思ってしまう。

 何度も誘惑した。ふしだらな女だと思われないようにさり気なく、自然に触れ、肌を見せ、彼の前でだけは無防備を装って。

 その健気な努力は一応効果を見せており、彼はその度に初々しい反応を返してくれた。

 その事がとても嬉しく、異性として見られている実感を得る事が出来た。

 他にも胸や脚など性的な部分に視線を感じることもある。確かに効果は出ているのだ。

 だが。


(今日も手を出してくれない……ぐぬぬ。ノアさんの理性は魔鉱石並か⁉)


 彼の胸元をさわりと撫で、抱きしめる力に吐息交じりの声を漏らし、潤んだ瞳で見上げる。

 しかし、決してキス以上のことはしてくれない。

 その事を無念に思いながらも、自分から告げてしまっては負けな気がして、キスを終えたオリビアは今日も悶々とした夜を過ごすことになった。



 ちなみに、ノアは子どもがどうやって成されるかを知らない。

 この青年は恐ろしいことに、性行為というものを全く理解していなかった。


 孤児であった彼は幼い頃から戦場を駆け巡っていた為、様々な常識が欠落していた。

 性知識に関しても同様である。

 傭兵仲間が下世話な話をしていた時も意味が分からず適当に話を流していたし、街の娼婦の誘いを受けても、そもそも意味が分かっていなかったのだ。

 昼にギルドの受付嬢に誘われた時も、何故夕飯に誘われたのかすら理解していなかった。


 オリビアに触れたい。さらにその先を求めたい。

 しかし、次とは何なのか。どのような事をするのか。

 それすら分からないほどに、ノアは純粋過ぎた。


 オリビアが望む、ノアの方から手を出してほしいという欲が満たされることは当分の間は無いのかもしれない。

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