第3話:在り方


 その後、ノアは休むことなく帰路を行き、日が暮れる頃には出発地である開拓村に辿り着く事ができた。

 到着する頃にはオリビアも若干魔力が回復しており、二人で並んで村へと入る。


 そこは開拓民がきょを構える名も無き小さな村。

 この村から「冒険者ギルド」という組織にドラゴンの討伐依頼が出され、それをノア達が引き受けたのが今回の旅の始まりだった。


 冒険者。別名、お人好し。

 世界中のあらゆる場所から発注される様々な内容の依頼を引き受け、人々の困り事を解決する職種。

 なのだが。元々人助けを信条とする人種が就く職種である故に、過去に重大な問題が発生していた。

 まずしい者から報酬を受け取らず、そのまま立ち去る冒険者が続出したのだ。

 そのせいで自身の生活にきゅうした冒険者達を管理する為に設立されたのが「冒険者ギルド」である。

 尚、現在は仕事の斡旋あっせんや新人冒険者の育成など幅広く活動している。


 ノア達はその冒険者ギルドへ足を運び、受付カウンターに立つ女性に声を掛けた。

 女性らしい丸みを帯びた体付き、男受けしそうな顔立ちの彼女は、ノアを見て喜色を露わにする。


「おかえりなさい! ドラゴンの依頼は上手く行きましたか⁉」


 花の咲くような笑顔で尋ねる女性に、ノアは困り果てて首裏に手を当てた。

 彼女の言う通り、今回の依頼は本当にドラゴンが渓谷に居るかの確認だ。

 それが事実だと分かれば王都に連絡し、騎士団を派遣してもらう予定だった。


 そもそも、いくら戦闘慣れしているとは言えたった二人の冒険者がかなう相手では無いし、ましてや大した実績も無い「駆け出しの冒険者」に任せるなんて論外だ。

 通常ならば遠目に見て存在を確認し、報告しに戻るだけの簡単な斥候せっこう依頼である。

 通常ならば、だが。


「それなんだが……すまん、倒した」

「……はい?」


 心底申し訳なさそうに告げるノアに、受付嬢が間の抜けた言葉を返す。

 それもそうだろう。ドラゴンともなれば王立騎士団が総出で立ち向かうか、或いは御伽噺おとぎばなしにある異世界から召喚された英雄でないと討伐出来ないほどの強大な魔物だ。

 それを歳若い二人の冒険者が討伐したと聞かされても、常識を持つ人間ならばにわかに信じる事は出来ない。

 しかし、ノア達が滞在した数日で彼が虚偽の申し立てをする人柄でないのも理解している。

 故に、受付嬢は対処方法が分からず混乱していた。


「討伐証明が分からなかったから丸ごと持って来たんだが……解体場に出したら良いか?」

「いや待ってください! ドラゴンなんて出されても困ります! せめて村の門前にしてください!」

「ああ、確かに。そちらに出しておくから細かい解体は任せた。料金は買取額から引いておいてくれ」


 簡単に言う彼に、受付嬢の表情が変わった。

 彼の言葉からドラゴン討伐が真実であると判断したのだろう。

 ふんわりとした雰囲気から、獲物を狙う猛禽もうきん類のような雰囲気へ。


「ノアさん。この後ちょっと時間あります? 良かったら二人で飲みに行きませんか?」


 媚びるような甘え声でノアの胸元に手を置き、上目遣いで見つめる。

 あわよくばこの有望株の青年を射止めたい。

 そんな思惑が見え隠れしているが、ノアの反応はやはり淡白だった。


「すまないが、オリビアを宿に連れて行きたい」


 言われ、ノアの隣で穏やかに微笑むオリビアを見遣り、受付嬢は仕方がないと言わんばかりにため息を吐いた。


「分かりました。では解体の手配をしておくので、どうぞごゆっくり」

「助かる。オリビア、行こう」

「え、わわ、はいっ!」


 ノアに手を引かれ、オリビアは耳まで赤くなりながらも何とか返答を返し、彼の後に着いて行った。

 それを見送った受付嬢は一言漏らす。


「……リア充爆発しろ」


 異世界から伝わったスラング。流行り言葉を口にし、すぐに業務用の笑顔へと戻るのであった。



 宿に戻るとまず最初に、宿主に頼んで湯を沸かして貰った。

 浴槽よくそうなどは無いので、布をひたしてしぼり、オリビアに手渡す。

 彼女に背を向けてベッドに座り込むと、ノアは上半身の服を脱ぎ捨てた。

 引き締まった肉体。所々に古傷があり、汗と硝煙の混ざった香りがオリビアの欲望を刺激する。

 彼女は、つい、と背中を撫で、大きく息を吸い込んで彼の匂いを堪能たんのうし、頬を上気させ息を荒くした。

 その顔は弛みきっており、とても人様に見せられる状態ではない。

 だが幸いな事に、この場には背を向けているノアしかいなかった。


 これもまた、いつもの事だ。

 オリビアの頼みで、依頼達成後は彼女に体を拭いて貰っている。

 最初は抵抗があったが、今では既に慣れきった行為である。

 勿論、ノアからは背後に居る聖女の有様には全く気付いておらず、青年の顔は安心しきった弛みが見えた。


 元傭兵であるノアが背中を預けるのは深い信頼の証だ。

 彼はオリビアが己に害を為さない存在だと確信仕切っている。

 あるいは、彼女になら命を取られても良いと思えるほどに、彼は自覚も無しにオリビアを愛していた。


「ノアさん。今日もお疲れ様でした」

「ああ、オリビアもな」


 体を拭かれ、心地良さに息を吐く。

 この瞬間を迎える度に、旅をしていて良かったとすら思える程だ。

 彼女と触れ合う事が出来る、それがノアに取っての幸せだった。

 それはオリビアにとっても同じだ。但し、理由はだいぶ異なるが。


 筋肉質ながらも細身な肉体。ほのかに香る彼の匂い。そっと手を置くと感じる火照り。

 それらを思う存分堪能しながら、ゆっくり時間をかけてノアの体を清めていく。

 無駄に体に触れ、指先でなぞりながら、それでもギリギリの所で自制する。

 まだ夕飯前だ。「お願い」したらもっと濃厚なスキンシップに応えてくれるだろうが、その場合は高確率で腰が抜けて立てなくなってしまう。

 まずは夕飯を済ませ、次に自身の体を拭き清めてから。そうでないと流石に恥ずかしいし。


 清洒可憐せいしゃかれんな聖女は、口から垂れたよだれを拭い、愛しい彼の体を余すことなく堪能していった。

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